08



 結局セールに間に合うことができなかった。。
 正しく言えば、「スーパーの閉店時間前にはたどり着くことが出来た」が、「スーパーにつけば目的の商品はすべて売り切れていた」のだ。がっかりと肩を落とし、とりあえず明日の朝ごはんとお弁当の足しになればと思い、適当に買い物を済ませ、鈴はスーパーを出たと途端に、大きなため息をこぼした。
 これではスーパーに来た意味がなかったではないか。
 しかも結局教室で見つかったタバコの犯人は、一体誰なのかすらわからなかった。これではただの時間の無駄使いだ。スーパーを出た鈴は二度目のため息をこぼし、今日の晩御飯をどうするかで悩んでいた。冷蔵庫の中には何が入っていたかを頭の中で探り、けれど出てきたのは担当教諭に対する苛立ちばかりだった。
 「あれがもうすこしすぱっと終わってくれたら」
 もしも、もう少し早く終わっていたのであれば、もしかしたら特売セールにも間に合っていたかもしれない。格段に安くなっているセール品を購入することが出来たかもしれない。未成年者が喫煙をしていたかもしれないという事実よりも、むしろ帰りのホームルームに、異常なまでに時間を取られ、鈴はすこぶるむしゃくしゃしていた。心の中がもやもやする。吐き出せるものであれば、すべてを吐き出したい。
 だからこそ、目の前に自分の姉がいるとわかった時、すべての思考回路がぴたりと止まったのを感じた。思わず変な声を出すかと思ったぐらいだ。
 鈴が今いるのは、姉が働いている病院から決して近いところではない。
 姉がたった一人でいるのであれば、鈴も「ちょうど仕事が終わったのか」と、安心できる。今の壁にかけられた小さなホワイトボードには「姉、夜勤。夕飯いらぬ」とだけ書かれていたので、午前中頃には一度家に帰って、それから寝ている姉をたたき起こして晩御飯を食べるのだと思っていた鈴は、家から歩いて十分もかからない距離にある公園の近くで、姉が一人、腕時計を見ながらそわそわしていた。
 しかも余所行きのワンピースを着ている。小奇麗に、普段よりかは手の入った化粧。普段は面倒だからと言って一つのお団子にしかしないのに、この時に限ってハーフテール。家にはヘアーアイロンなんてないのに、緩やかなカーブを描いている。一体どういうことだと思い、
 「源さん、お待たせいたしました。少し時間オーバーして申し訳ございません」
 鈴は遠方から走ってきた若い男性に、頭が追い付かなかった。
 「良いんですよ、先生………どうせまたチーフに怒られてたんでしょ?」
 先生とは、一体誰だろうか? まさか姉が高校時代にお世話になっていた先生だろうか? 否、姉が「チーフ」と言っていたから、きっと先生イコール医者なのだと鈴は判断し、なぜか近くの草むらの中に逃げんこんでしまった。
 「ああ、変なシフトを作るなってね……………だったら佐伯(さえき)チーフが作ればいいんですけどね。佐伯チーフだと、へたくそすぎて時間がかかりすぎちゃいますし。なにより新人を『使えない馬鹿者』呼ばわりですからね、佐伯チーフは」
 「チーフが、ですか? 私にはそんな扱いしませんけど?」
 「源さんはまだ若いのに腕がいいからですよ。他の同期の方々は佐伯チーフの方が嫌がって、全く入れなかったり、あるいはわざと別の病院へ行かせよう、だなんて考えてますし」
 「そうなんですか? 佐伯チーフがですか?」
 草むらから少しだけ顔を出した鈴は、もしかしたら自分の通り越し苦労ではないのか、今、姉と一緒にいる男性は恋人ではなく、仕事でお世話になっている人なのでは、と思い、
 「それでは行きましょうか?」
 姉の前にいる男性が、自然な流れで姉の手をつないだ。指と指を絡めるような手のつなぎ方は、普通の男女が手をつなぐようなものではないと判断した鈴は、今日の晩御飯が頭の中で出来上がった。
 そしてほぼ同時に、姉にとうとう恋人が出来たのかと思うと、鈴はどこか悲しかった。






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