06



 県警の方々からのお説教を盛大に受けて、改善部分が全く持って見えないレポートを書いて(もちろん先生の添削済み)、やっと夜勤が終わると思った矢先のことだった。
 「源さん、今日なんだけどね、遅番出れる? 人足らなくってさ」
 遅番、つまりは五時間後にまた働いてくれるか、ということ。
 「はい、大丈夫です!」
 「夜勤なのに悪いねえ?」
 「いえ、大丈夫ですよ」
 鬼婦長からのお願いとあっては、さすがに断れない。
 そんなわけで、八時間以上の睡眠とのお約束が破れて、眠たい目をこすりながら車で運転しようと思った矢先のことだった。
 「あれ?」
 カバンの中から車のカギを探そうと思い、けれど見つからなかった。
 「…………うっそ」
 こんなところで変に時間を無駄に過ごしたくないと焦り、病院の駐車場で人目を気にすることなく慌てて鞄の中から車のカギを探す。
 やめてくれ、せめて睡眠時間を三時間はくれ。無理なのはわかってるから、三時間、三時間だけで良いんだ。せめてもの三時間は欲しいと思いながらも、慌てて探すも見つからず。
 体内の血の気が引いていくのが分かる。こうなればと思い、多少見た目が悪いけれど、仕方がない。アスファルトに座り込みながらカバンの中身すべてを出す。化粧ポーチに中学校時代から使っている筆箱。さらにはノートを数冊出すも、見当たらない。カバンの中のポケットであればどうかと思い、探るもなかなか見つからない。
 どうして、どうして! 確かに私の車は目の前にあるはずなのに、一向に鍵だけが見つからない。これでは私は家に帰ることが出来ないではないか。否、帰れないということはないけれど、時間がかかりすぎる。
 ここら辺は交通網がとても悪く、バスも一本逃せば次は脅威の四時間後。電車も、最寄駅まで行くのにバスを使わなければならないという不便さ。こんな時間にバスがあるはずもなく、けれど車のカギを見つけなければどうしようもなかった私は、人目なんてどうでもよかった。診療に来ていた小さな子供が指をさしながら「あの人どうしたんだろ」とか言っているのが聴こえるけれど、私からしてみれば、今は車のカギを探し、一刻も早くお風呂に入って数時間の睡眠をとることが大切。
 「源さん、どうしたんですか?」
 不意だった。勢いよく振り返れば、そこに例の先生がいた。
 「車のカギならカバンについてるやつじゃないんですか?」
 「…………へっ?」
 まさかと思う。おそるおそるカバンを半回転させて、絶望した。
 「………なんで私が車のカギを探しているとお気づきになられたんですか?」
 「車の前で何かを必死になって探しているので、もしかして鍵がないのかと思いました」
 楽しそうに笑う先生の姿。この先生は私たちが「敬語をやめてください」と言っても、全くやめず、それどころか「本命が出来たら敬語をやめますよ」と笑いながら言う人。誰に対しても、患者さんはもちろん、患者さんのご家族、さらには看護師の私たちに対しても優しい先生だから、結構な人気がある。
 三十代後半、医師の免許をストレートで獲得したエリート先生。こんな先生が、なんで、こんなよくわからない病院にいるのかが謎なぐらい、腕のいい先生。顔は、悪くはない。むしろ中間ぐらいなんだけれど、その顔がいいと言う看護師さんは大勢いる。ソースのように濃くなくて、けれど薄すぎることもない。決して遊びきった顔ではないから、いわゆる「誰とでもうまくなじめる顔」なんだ。これで彼女がいない歴イコール自分の年齢なのだから、さらに驚愕。決して女性が怖いとか苦手だとかではない、らしいのだけれど。源さん、と優しい声で呼ばれた。
 「もしもよろしければなんですが、明日はお休みでしたよね?」
 「明日、ですか? ええ、一応」
 頭の中に叩き込まれた明日のスケジュールは、空白。つまりは久しぶりに八時間睡眠を堪能できる日。
 「もしもよろしければ、僕の相談役にのってくれはしませんか? もちろんお食事等の費用は僕が出しますよ」
 僕の相談役? しかもお食事等の費用は先生が持つ? つまりは、私は先生の相談役をすれば、ただでご飯を食べれるということか? 
 しかも先生は、顔はいたって普通。けれどハイパーエリート軍団の一人。
 「わたしでよろしければご一緒させてください!」
 気がつけば私は先生の手をしっかりと握り、目を輝かせながら言っていた。
 「ありがとう、これは僕の携帯の電話番号とメールアドレスだから。源さんがゆっくりと落ち着いてからでいい。どうせ今日は遅番だろ? 終わってからでいいから連絡してくれ」
 「はいっ! 終わったら必ず連絡します!」
 顔面偏差値は平均並み。けれど偏差値はずば抜けた平均以上。国立大学の医学部を現役で合格し、試験もストレートで合格。そんなエリート軍団の一人でもある先生とお食事をすることよりも、私は完全に、明日の食費が浮くことに、浮き足がたっていた。







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