39



 私は運がよかったと思う。リツ似合わなければ、私はきっと、あのまま死んでいたのだから。
 「さて、私はいつになったらここのお偉いさんとの面会を許されるのかしら?」
 仰向けになりながらのぼせ、顔色を真っ青にしながら気を失っている軍人さんたちを壁に寄せて、ふと、一息つく。
 リツに会ったから、私は文字の読み書きができた。
 彼に会うことが出来たから、魔法だって使うことが出来た。
 毎日の食事だって、彼が用意してくれる。
 このことに一切の不満があるわけではないけれど、それでもこのままでは「私が恵まれる」だけであって、他の天使たちは救えないと思えた。
 私だって天使だから、生きている以上は誰かを救いたいと思う。
 「お前、そんな魔法、一体どこで覚えたんだ」
 後ずさりをしながら言ったのは、奥の宿舎から出てきた悪魔だった。金髪の悪魔なんて珍しくはない。腕についている星のマークが多いので、なんとなく、この悪魔は階級が上の方なんだとわかった。珍しい、まだ若いのに、と思うのと同時に、この悪魔も出自はいいのだろう、なんて考えてしまった。
 「これぐらい基礎の基礎でしょう? あなたは軍隊の学校を出ているはずなのに、基礎の魔法も扱えないの?」
 ため息が出ることを言ってしまったと、あとから後悔をしてしまった。
 魔法には長々と詠唱をする魔法と、魔法陣と呼ばれるモノを描きながら短い言葉で魔法を発動させる方法。さらに札を使う魔法と三種類存在する。私にぴったりなのは札を使う方法だった。もちろん前者二つも試しては見たけれど、最終手段として用いる時だけであって、普段であれば札を使う魔法が、私には一番だと思った。
 もちろん、それぞれのデメリットは存在する。詠唱をしながらの魔法であれば、詠唱中破無防備となる。魔法陣を書きながら短い言葉で魔法を発動させる方法も、描いている間は無防備で、攻撃をされやすくなる。札を使う魔法は、札がなくなってしまえば、攻撃は出来ない。
 これらのデメリットをしっかりとわかったうえでないと、「しっかりと魔法を使える」とは言えないし、逆にこれが分かっていれば、多少の逆境ぐらいどうということはなくなる。
 早い話が、彼らはこれらのことがしっかりと頭の中に入っていなかったということ。
 十を過ぎてから文字の読み書きが出来るようになった私が、一二を過ぎてから魔法を使えるようになった私が、たった一人で軍部に所属する者たちを、ぱたぱたと気絶させたり、あるいはのぼせたりすることが出来るということは、これだけこの魔界の軍部が、「弱体化している」ということ。
 「願いはなんだ」と、彼は言った。
 「金が欲しいのか? だったらこんな軍部じゃなしに、城の方がいいに決まってる。あそこは魔王陛下がいらっしゃる。皇后さまもいらっしゃる。なによりもあそこであれば金品なんて腐るほどある。こんな軍部なんか襲ったって」
 ここまで言うと、彼はあっさりと気絶してくれた。私の左手には青い魔法陣に、右手には何枚もの呪符。
 「馬鹿かよ、こいつは」
 きっと彼の言いたいことは『こんな軍部を襲ったところで何も出ない』なのだろう。
 けれど、この言葉を言ってもいいのは、本当に限られた者のみ。ましてや軍部に所属する彼が言ってもいいことではないのは、明白なのだから。
 「さて、と」
 ぐるりと周囲を見渡すと、警戒心とピリピリとした空気をあふれんばかりに出している、おおよそ「エリート」と呼ばれる彼ら。
 「私の要求はここの責任者か一番偉い人を出してちょうだい。直接会って話したいことがあるの」
 たったこれだけなのに、どうして私は札を使って、わざわざ魔力を消費しなければならないのだろうか? 否、これからのことを考えれば、きっとこれだけの消費だけでは収まらないのだろう。
 「何事かね」
 遠くで、誰かの声がした。

 十余名にぐるりと囲まれた中心にいた女の子に、私は目を丸めてしまった。年齢は一五か六。真っ黒な髪は腰まで伸びていて、一目見て判断できた。
 「黒髪天使が、一体なんの用かね?」
 左手には青色の魔法陣。右手には何枚もの札。どれも見覚えがあるものだ。
 「…………私はここの責任者か一番のお偉いさんを出してちょうだいとお願いしたの。准将さんには用はないわ」
 バッサリと言いきった彼女の瞳は、とてもまっすぐとしていた。後ろで腰に手を当てる部下たちに「やめなさい」と一声かければ、彼らは渋々と言った形で手を下した。
 「私がここの責任者だと言えば、君は納得してくれるのか?」
 円をかき分けながら歩けば、彼女は少しだけ考えながら言った。
 「そうね、教養もままなっていない黒髪天使に、本来であればエリートと思わしき軍部の方々が悲惨な負け方をした。あるいは軍部の弱体化が表に出てるってことで、納得してあげる」
 「このっ」
 後ろにいた、年齢が若く、魔法の才能に長けた少尉は堪えられなかったのだろう。言われ方が悲惨ではあるけれど、彼女が言ったことは、何ら変わりはない事実なのだ。
 腰にある刀を手にし、素早く攻撃魔法を展開させる。まずい、このままでは建物が吹き飛ぶと思ったのと同時だった。
 「えっ?」
 他の付きの連中らも驚きを隠せなかったのか、声が出ていて、当然私だって驚いてしまった。
 まだ年齢が若く、学校の成績も極めて優秀で、魔法の才能に長けた少尉は、黒髪天使の女の子から散々なことを言われ、若さゆえに腹を立ててしまった。我慢が出来ずに刀に手を伸ばし、攻撃魔法を展開する途中だった。
 彼は、気を失ったように倒れこんでしまった。
 「馬鹿ですね」と、黒髪天使の彼女は、嘲笑うように言った。
 「こっちだって攻撃魔法を展開してるんですよ?」
 にこにこと笑うように言った彼女。このままでは軍が、魔王陛下お墨付きの軍隊が、黒髪天使の彼女たった一人の力で壊滅しかねないと思った。
 「要望をお聞きしてもいいだろうか?」
 おおよそ、スピード勝負であれば、私の後ろにいる部下たちは全滅する。これは確信に近いことだ。ならば、ここは彼女の要望を聞いておいた方がいいと思えた。
 「私の願いはただ一つ。この魔界に存在する天使と悪魔を皆平等にしてほしいの」
 真っ直ぐな瞳で彼女は言い続けた。
 「悪魔だけが勉学に励める、悪魔だけが助かる命がある。悪魔だけが、なんてもの、平等じゃないし、魔界には天使だっているの。だから天使と悪魔を平等にして頂戴」
 しん、とほんの一瞬だけ静まりかえった。













[ 39/47 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -