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 「これでよかったのか?」
 横にいる男性は、私に向かって言う。
 「何をいまさらなことを言うの? 私は願ったはずよ、お姉ちゃんがもともとの夢を成就させて幸せになりますようにって」
 私は幼くして両親をひどい交通事故で亡くした。親戚は自分の兄弟や姉妹が亡くなったというのに、頭の中で算盤をはじいたり、あるいは電卓をたたいては自分の手元にいくらのお金が入ってくるのかを計算したりしているような人間ばかりだった。だから姉さんは、梓姉さんは看護師になった。私と姉さん自身が、今後、ちゃんと食べていくことが出来るように。
 けれど、これは同時に姉さんが幼い頃から叶えたかった夢でもある料理人の道を閉ざしてしまうのと、何ら意味は変わらなかった。
 だから彼に願った。もしも姉さんが私のせいでほんの少しでも自分の夢をあきらめていたのであれば、取り戻してほしい。時間を巻き戻してでもいい、姉さんが叶えたかった夢を、もう一度取り戻して、幸せになってほしいと。ぱたぱたと慌てて家を飛び出しては学校へ向かう姉さんを見て、私はどうしてか、一安心をしてしまった。
 「じゃあ、ここで、お前さんとおねえさんの縁を切ってもいいんだよな?」
 横にいる男性は言う。
 「そうね…………もう」
 これで十分満足のはずなんだ。姉さんが、私のせいで姉さんの目指したかった道を、遠慮なく歩むことが出来るのであれば。
 けれど、と思ってしまう自分がいた。
 「もう少しだけでいいの、待ってちょうだい?」
 どうしても、もう少しだけで良いから姉さんの姿を見ていたかった。

 「今日のテストはグラタンをつくります。自分好みにアレンジを加えても構いません。余力のある人はスープなどを作っても構いません。ただし、制限時間内に作れなかった人は、単位なしとなりますのでご注意ください。それでは、始めてください」
 何とか試験時間に間に合った私は、ノートを見返す時間もなく、壇上に立ちあがって言う教員に、戸惑いしか感じられなかった。
 グラタンなんて、家で作れるのか?
 というか基となるべきホワイトソースってどうやって作るのよ?
 あれってスーパーとかコンビニでインスタントのモノを買って、レンジでチンじゃないの、なんて思っていると、同じ教室内にいた人たちは、自分が何をすべきなのかを十分に分かっているのか、さっと動き出した。
 運が悪いことに、この試験は個人戦。つまりは教室には一五人いるから、予定では授業終了後には、一五個のグラタンが完成となる。こういう時数人の人グループが個人的に助かるのだけれど、そういかないのがこの学校なのだろう。特に料理関係ともなれば、個人の腕をみなければならないのだから、団体戦のグループで決める、ともなれば確実に出てくる「ちょっとサボって楽をしよう」という輩。この輩と真面目にしている人間との分別をつけさせるべく、試験では個人戦ということなのだろう。
 けれど、だ。ちらりと周囲を見渡してみると、誰もがてきぱきと動いていた。
 「………………まじか」
 自然と、口角が上がっていくのが分かる。グラタンなんて作ったことが無い。ましてや普段の料理なんて野菜を切って焼いて終了したり、あるいは煮たり焼いたりするだけの簡単なものだ。精々手の込んだ料理と言っても煮物料理しかしてこなかった私からしてみれば、グラタンを作れと言われても、限界がある。
 とりあえずやるべきことだけでもやろう。ホワイトソースをどう作るかというのはそれから考えればいいことだと思い、食器を手にして、洗っていく。
 ふと、思ってしまった。グラタンには、何が入っていたのだろうかと。

 「珍しいね、梓ちゃんが作れなかったなんて」
 試験終了後、一番の評価をもっていったクラスメイトが言った。彼女の出来はどこからどう見ても、あの中では一番の優秀だった。マカロニグラタンという、とてもシンプルな作品だったけれど、決め手はなんと言っても「審査員の先生の好みをよく理解している」ことだった。あの先生はオニオンスープがとてもお好きなようで。
 『私は自分がグラタンだけをご飯として出されたとき、とてもモノ寂しく感じてしまいます。グラタンを食べる時期というのは、独断と偏見があるかもしれませんが、寒い真冬の時季ではないでしょうか? そこで私はこんなものも作ってみました。ご賞味くださいませ』
 すっと差し出されたティーカップの中に入ったチーズ入りのオニオンスープは、なんとも言えないほどの美味しさだった。グラタンだけの味、オニオンスープだけの味、なんてことにはならずに、双方をより上手に引き出し、最後には「美味しかった、この二つを出されて本当に満足だった」と言わせるような味。
 「ホワイトソースって、どうやって作るのよ」
 机に突っ伏した私に、彼女はしばらく何も言わなかった。
 「だいたいグラタンって何よ。普通グラタンって家で作るもんじゃないし、レストランで食べるか、インスタントのモノを買ってきてそれでレンジでチンでしょ。ホワイトソースの作り方なんて知らないわよ」
 一方の私の出来はというと、一言でいうなれば「悲惨」だった。まずホワイトソースの作り方が分からない。
 けれど牛乳を使用するということは、なんとなくだけれど理解はできる。そこで私の取った行動は、鍋の中に牛乳を入れて、あらかじめ一口大に切っておいた野菜を沸騰した鍋の中に入れ、ふと、わたしはここで気がついた。
 グラタンには、お米が必要なのではないのか、と。
 けれど、この調理学校の調理室に炊飯器たるものはない。あるのは土鍋やヤカン、あるいは鍋やフライパンぐらいだ。あろうことか私は「適量の水と米を入れれば炊飯器の様にご飯を炊くことが出来るのではないのか」との思考にたどり着いた。沸騰した水に洗った米を入れ、沸騰させること一五分。さらに茹で上げた野菜と沸騰させただけの牛乳を容器に入れ、ここでタイムアップ。
 先生からの評価は言わずもがなのモノだった。
 「ホワイトソースは牛乳と小麦を使えば作れるんだよ、習ったじゃん」
 平然と言う彼女に、私は勢いよく顔を上げた。
 「………………本当に?」
 「本当だよ、あの先生一週間ぐらい前に授業で言ってたよ、ホワイトソースは手作りですることが出来ますって。そりゃあ料亭とか三ツ星ホテルとかはもっと本格的にやるんだろうけれど、牛乳や小麦粉があれば簡単にできるんだよ」
 あたかも常識のように言う彼女に、私は空いた口が塞がらず、なんと言えばいいのかが分からなかった。






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