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「それで、私にどうしろと?」
勤務時間終了後とほぼ同時に立花先生を捕まえる。
「お願いがあります、先生だってご自分が源さんと男女交際をしていると嘘を言われ、心底迷惑をしているはずです。ですから、ここはご本人でもある立花先生ご自身の口から、この噂は嘘だと、はっきりとおっしゃって欲しいんです」
私にできることは本当に限られている。確証のないうわさで聞いたことがある、立花先生は大の子供好きで、ご自身の子供にべたべただと。
「先生だって迷惑じゃないですか? おおよそこの病院内の誰かが言ったであろう確証もない、ましてや事実はでない虚実を、あたかも事実であるように言われて。だったら違うんだってはっきりと言ったほうが、よろしいのではないのですか?」
私は、あの時「陸上選手の宮本麻友子」ではなく「普通の女子高校生の宮本麻友子」として扱ってくれたこと、本当に感謝している。
だからこそ、事実確認をはっきりとさせたいと思ったし、何よりもうわさで流れているような人が、源パイセンと同一人物とは思えない。
「おおよそですが、知ってますよ、看護師の源さんが躰を使って私を口説き落としている、先日、仕事帰りの私を捕まえてホテルに入り、私をモノにしようとした、と」
ゆっくりと頷く。案外、先生もこの噂のことを知っていたのだと思った。なるほど、と考える先生。これは行けるんじゃないのかと思った。
「ですが、今回の事件に関しては、ご協力全般、お断りさせていただきます」
はっきりと言った先生に、私はどうしてとしか思えなかった。
「たしかに確証もないうわさを立てられるのは心底むかつきますし、何とかしなければなりません。けれど僕が出たところで何か解決が出来るとは思いません。むしろ彼女らが喜んで次の一手を打ってくるだけでしょう。ならば、いっそのこと、この件の処理は大変でしょうが、源さんご自身でやってもらわなくてはいけません」
わかりましたか、といつも指導をしてもらう時の顔をする立花先生に、どうしようもなかったし、あんまりだと思った。
けれど、立花先生の言うことは、筋がしっかりと通っている。立花先生が何かを言えば、何かしらの手段を取れば、源パイセンは確実に今よりももっとひどいこととなる。
分かってはいるけれど、それでも、これでは源パイセンが、
「一つだけ、忠告です」
自分の人差し指を立て、笑いながら言った立花先生。やがてゆっっくりと私の耳元で言った。
「犯人はわかっています、第五班と第六班の班長には決して連絡先を教えてはいけません」
第五班と第六班の班長。第六班は源パイセンがいる班で、班長は桜庭さん。流行のモノが好きだと言って、あの人が使っているスマートフォンには、いつもかわいいキャラクターが揺れている。
第五班と言えば、やっと名前を思い出せた。城紀沙織(しろのきさおり)さん。こちらはアイドル大好きで、たしか桜庭さんと同じ大学出身。英語が少しできるだけで、正直、あまり腕がいいとは思えない人。
たしかに噂話は大好きな二人ではあるけれど、どうして彼女たちが、なんて思ってもう一度あの写真がどんなふうに取られていたのかを思い出す。上空から撮られたものであって、とまで分かった時には、もう立花先生はいなかった。
「お前さんはどうしたいよ?」
姉が働いているところなんて、始めてみた。看護師は大変だとは知っていたけれど、どうして私の姉が、姉さんがあんな目に合わなくてはいけないのだろうかと思う。
リーダーならリーダーらしく、しっかりと仕事に努めるべきだ。
ここは病院なんだ、人様の命がかかっているんだ。
なのになんなんだ、まるで連携が取れていないじゃないか。
個々の感情がなんだ、自分はあの人が嫌だから連絡を回したくない、なんておかしいだろう?
「わたしは」
声なんて出るか不安だった。姉さんはいつだって「私は鈴のおねえさんなんだから大丈夫」だと言っていた。
なのに、なんだ。
「わたしは、姉さんが『私のことを気にしなくたっていいんだよ、鈴のやりたいことをすればいいよ』って、いつだって言ってくれていた。だから姉さんは自分がやりたいことをできているんだって、私は勘違いをしていて」
私は、何を浮かれていたのだろうか?
当たり前じゃないか、両親が早くに死んでしまったから姉さんが本当は料理人になりたかったのを、あえて看護師になった理由を、私は知っていたはずだったんだ。
なのに、何を勘違いをしていたのだろうか?
「ねえ、あなたなんだって出来るのよね?」
こんなこと、あってはいけないと思った。ぐっと食いしばる歯が、割れそうだった。
「ああ、ちょっとやそっとの無茶じゃなきゃできるけどな」
「だったらお願いがあるの」
こんなことあってはいけないんだ。
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