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どんだけ美樹は寝坊したんだと思いながらも、頬杖を突きながら、担任の話を聞いていた。
「えー、これから皆さんは二学期を迎えるわけですが」
旭ちゃん、今年で四十歳の現代文の先生であり、俺らのクラスの担任。
「なあ、劉黄、旭ちゃん、なんであんなにピンクの服なわけ?」
「……知るか」
旭ちゃんは毎日毎日違う服を着てくる。今日は裾にストーンがちりばめられたピンクのスーツ。一体どこで購入したのかすらもわからない。オーダーメイド、だろうか? どうせ今晩は、街に行っては合コンでもするんだろ、なんて思っていた。ガラガラと開いた扉に、すこしだけ期待していた。もしかしたら、美樹がくるんじゃないのかって。ざわざわと煩くなる教室に、目を丸めた。
「時季外れだけど、転校生を紹介します。自分の名前は書けるかな?」
顔を少しだけ赤くして言う旭ちゃん。無理もない。公立学校の芸術高校一年で、日頃は薄い本が足らないや、最近の乙女ゲームって狙いがわかりすぎて痛い、とか言ってる連中ら、つまり二次元にしか興味のない連中が頬を赤くしているのだ。それぐらい今教室に入ってきた彼は顔が良い。おまけに身長だって高いし、意図して伸ばしているのかもわからない髪は、マイナスイメージがまったくない。最近はパソコンとか読書とかで猫背になる人が多いらしいけど、彼はそんなことがなく、背筋もしっかりと凛としていた。いわば見た目だけだと完璧。
カツカツと黒板に名前を書いて(これまた字が上手い!)、くるりと振り返って、しっかりと頭を下げる。
「中国からの留学生で、香蓮楼(こうれんろう)といいます。日本に来て一週間程度で、まだまだ日本語も流暢でないところが多々あり、不慣れなところがあると思われますが、皆さん、どうぞよろしくお願いたします」
訛ることのない日本語で言いきった楼くんに、頬を赤く染める女子生徒達。ああ、これは明日ぐらいから告白ラッシュが来そう、なんて思っていた。横に座っていた綾芽が「彼、こりゃあ、明日からモテるね」と小さく言った。思うことは同じか、なんて呑気なことを思っていたのも束の間。
「あ、楼君の机といすを持ってくるの忘れたわ。悪いんだけど、五階の理科室からとってきてくれる?」
ポケットの中から鍵を取り出した旭ちゃん。あれ、こういうのは普通、学級委員持ってくるんじゃなかったっけ? 漫画とかでよくある、あの「あらかじめ用意されてる」のパターンなんじゃないの? なんて考えは、旭ちゃんの爪を見て気がついた。旭ちゃん、仮にも教員で、今日は仕事だろう? きらきらのつけ爪なんて、よくばれなかったな。仮にも教員だろうに、良いのか、あれは? ああ、だから自分で机を持ってくるのが嫌だったのか、なんて考えが頭の中にぐるぐるとまわる。
「分かりました、五階の理科室ですね」
にっこりと笑う楼君に、何人かの生徒達が頬を真っ赤にして「自分も行きます」と言いかけた時だった、扉がぴしゃりと閉まった。小さく、「中国人の転校生なんて、うんざりね」と言ったのを、誰が聞いただろうか?
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