13
昔、というよりかは、高校入学時に祖父母から言われていたことがあった。
「異国の女性と結婚しようがかまわない。出来たら日本人女性と交際をし、結婚してほしいけれど、時代が時代だ。国際結婚をしようが全く構わないけれど、そういったことはしっかりと、綾さんと辰則だけでもいいから、事前にちゃんと言っておきなさい」
中学校時代は成績が底辺をかすっていた数値しか出せず、けれど体育だけはいつだってよかった劉黄だったが、高校入学時に祖父母から言われた言葉が、高校入学おめでとうでもなく、高校生活は思う存分楽しんできなさい、でもなく、これだった。
「どうしてかって? そりゃあ………お前は二人のは話を聞いたことが無いのか? 綾は東京の外国語学部に行こうとしていたところを辰則さんと出会って、こっちの了承を一切得ずに交際を始めて、じいさんたちが辰則と会った時にはお前さんがもう五つの時だったんだよ。しかも条件が『自分はこれから長期で入院をしなければならないから、劉黄のことをよろしく頼んだ。辰則さんは孤児だし、これから単身赴任で、仕事でアメリカに行かないといけないから』だ…………お前さんは間違ってもこうなるな」
まさしく開いた口が塞がらない話だった劉輝は、あの時の祖父母の顔をよく覚えている。
あの時の祖父母の話は今でもよく覚えているし、あの後に「出来たら結婚式はじいさんやばあさんも呼んでほしいねえ」と言ったのも、決して忘れてはいない。
だからこそ、今頃、病室では綾が楼に昔話をしているのだろう。自分が聞いていてもどうしようもない。だったら病室を出て、何か買いに行った方がよほど利口ではないだろうか?
籠の中には綾の烏龍茶と、劉黄の飲料水。そして飲み物のコーナーの前で唸ること数秒。いつもであればこれだけで終わる。少なくとも楼がいなければこれで終わっていた。
自分としたことが、ついうっかりしていた。
「楼君、何がいいんだろ?」
小さくつぶやいた言葉は、運がよかったのか、横で焼き肉弁当を手にした、白衣を着た男性には聞こえなかったようだ。
適当や直感でいいだろうか? あるいはこれがいい、と定まったものがあるだろうか? だとしたらその定まったものは、一体何なのだろうか?
事前にしっかりと聞いていればよかったのだが、うっかりで聞くのを忘れた劉黄は、ため息をこぼし、すっと目の前にある緑茶を手にしようとし、
「あっ………」
「………すみません」
自分と同じぐらいの女の子が、自分と全く同じものを買おうとしていたことに気がつき、手を引っ込めた。真っ黒な髪を高い位置で一つに結い上げたポニーテールは、胸元まで伸びている。真っ白な肌にほっそりとした体つきは、彼女がセーラー服の上から暗い色のカーディガンを着ていても分かるほどだ。紺色のセーラー服は、ほんの一瞬だけ女子中学生だろうかとも思わせたが、あんまりにも大人びた顔立ちが、彼女は女子中学生ではないと思わせるのには十分すぎた。
劉黄はこの制服を一度も見たことが無かった。少なくとも、襟元には赤色、さらにはスカートの裾部分に白の線が入っているセーラー服は、劉黄が卒業した中学校の制服ではないし、近辺の中学校のセーラー服は、ほとんどが上は白とスカートは紺色となっている。全身が紺色のセーラー服は、劉黄が知る限りではわからない。
礼儀正しくしっかりと頭を下げた彼女は、横に陳列していた別の緑茶を手にして、レジへと並んだ。
見た目は自分と変わらない。けれど一度も見たことが無い、少なくともここら近辺ではないセーラー服と灰色のカーディガンを見てしまったからなのだろう。劉黄は、ほんの少しだけ胸が熱かった。
「ああ、たぶんその子、隣の市の子よ? 紺色のベースで、スカートは白、襟は赤のボーダー線でしょ? 加えて暗い色のカーディガン。それね、隣の市の女子校生さんよ? 知ってるでしょ、隣の市にすごいお嬢様中高大短大と一貫校があるの。あそこの学校の子よ」
にっこり笑いながら言った綾。
「なんでそんなことわかるのさ?」
「なんでって………言ったじゃない、すごいお嬢様学校だって。その子もきっとお嬢なんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくてさ、なんでそんな具体的なことがわかるの? 普通制服だけでどこどこの学校だってわかる?」
「女子生徒はわかるわ。似たところもあるけど」
「……………左様でございますか」
ため息をこぼした劉黄は、ふと部屋に楼がいないことを思い出した。トイレ、はないだろう。
「母さ………綾さん、楼君は?」
「次、母さんって言ったら本気で美樹ちゃんに劉黄の恥ずかし写真全部ばらすからな」
「すみませんでした、それだけは勘弁してください」
素早くその場で土下座をした劉黄を見た綾は、少しだけ笑い、やがて口を開き、
「甲野さん、今大丈夫ですか? あ、お子さんいらしてたんですね?」
笑顔が張り付いた若いナース服を着た女性が部屋に入ってきた。
「今からちょっとした検査しますので、あの、」
「ああ、出ますよ? すみませんね?」
一礼して部屋を出た劉黄。部屋の奥で小さく「でなくても大丈夫だったのにな」との声が響いた。
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