この話の続き

「何かあっただろう」
わざとぶっきらぼうにそう言い、横目でなまえの顔をちらりと見る。小さな肩が小さくふるりと震えた。何も無いよ。無理に目尻を上げ、にっこりと笑ってみせるその顔は、まるで泣いているかのようにも見えた。

本当はわかっている。なまえが晴矢を好きなこと。晴矢に彼女が出来た瞬間、同時に2人の間に出来た溝。昔からよく2人と一緒にいる私からすると、そんなものはまるで目に見えるようだ。それに最近晴矢の様子もおかしい。あれはなまえが高熱を出して学校を休んだ日からだろうか。そのときに何があったのか、それは私にもわからない。
だからといって、私とこうして昼飯を食べているときにまでそんな顔をされれば気になるのは当然だ。

「・・・晴矢のことか?」
パンを口に運ぶその手がぴたりと止まったかと思うと、流れ出てくる涙。動揺するのは想定内だが、泣いてしまうとは思っていなかった。女を泣かせた経験などなかった私だから、こんなときどうしていいかわからず、とっさに抱きしめた。・・・やっぱり細い。私の腕の中にすっぽりとおさまってしまうその肩を震わせ、声を押し殺して涙を流し続けるなまえ。あんな男一人がどうしてここまでなまえの感情を掻き乱せるのか。

「おい、何やってんだよ」
タイミングが良いのか悪いのか、そこには南雲晴矢が居た。そりゃあこんな場面を見ると何をやっているのかと問いたくなるだろうが、それは私の台詞だ。なまえは晴矢の声を聞いた途端に走り去ってしまった。それを見た晴矢が私のほうへ早歩きで近づいてくる。

「ッ風介、おまえ、!」
「はっ、そんなに怖い顔をするな」
「・・・泣いてた、っじゃねえか・・・!」

怒りを抑えられないというような表情で私に詰め寄る晴矢。
お前はなまえの何なんだ。保護者でも彼氏でもない、ただの男友達。ましてなまえが泣いていたのは誰のせいだ。それを知っているのか?私がなまえを慰めているだけだという可能性は考えなかったのか?
嫌味ったらしくそう言ってやると、この単細胞野郎は何を考えたのかなまえのあとを追って走り去った。

馬鹿な奴め。晴矢には彼女がいるだろう。そんなひとつの幸せを手にしていながら、なぜなまえの後を追う。ほんとうに貪欲な奴だ。
もしも私が晴矢ならば、自分の気持ちに気づかないふりなどしないだろう。ただ私が私であるかぎり、この気持ちを殺してでもあの2人の幸せを願う。それが私の、脇役の役目なのだ。


舞台袖の名脇役
20130119

後味悪いけど続かない
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