晴矢は昔から女嫌いで、今まで晴矢に好きな子がいた事なんて一度もなかった。彼女ももちろんいなかった。生まれた頃から一緒のわたしが言うのだから、間違いない。けれど、幼馴染であるわたしとは仲がよかった。登下校も一緒で、朝学校に遅れそうなときは晴矢の自転車に乗せてもらって、二人乗りをした。帰るときは、わたしが委員会の仕事でどんなに遅くなろうとも、必ず待っていてくれた。暗い中を女ひとりで歩かせるわけにいかないだろ、なんて言う晴矢がわたしは大好きだった。

でも、近頃様子がおかしい。
朝はいつも迎えに来てくれるはずなのに、いつからかぱったりと来なくなった。学校が終わり、わたしが委員会の仕事をしていて遅くなったとき、晴矢はいなかった。

「なんで?」
晴矢に聞いた。わたしの事嫌いになったの?べつに、好きでもないだろうけど。すると晴矢は、そんな事ない、ただ・・・と言いかけ、俯いた。教えてほしい。このままじゃ避けられてるみたいで嫌だ。そう言うと晴矢は「彼女が出来た」と一言、言った。


○●


あれから晴矢とほとんど話をしていない。わたしのほうから晴矢を避けるようになってしまったし、晴矢の彼女だという女と廊下ですれ違うたびに吐き気がする。理由はわからない。でも、あの晴矢が女にデレデレしてる姿とか、表情とかを想像したくない。気持ち悪い。

「なあなまえ」
一週間くらい晴矢を避けていたら、晴矢に話しかけられた。無視しようとしたけど駄目だった。腕を掴まれたから。でも、その手であの女と手を繋いでるなんて考えたら頭が痛くなってきて、晴矢の手をふりはらった。そのまま晴矢に背を向けて走って教室から出た。晴矢の顔を一瞬だけ見た。晴矢は、とても悲しそうな顔をしていた。

次の日は学校を休んだ。ズル休みじゃない。ほんとうに熱があった。38度も。体はだるくて、寒気がして、吐き気がして、辛かったけど、でも、晴矢の顔を見たくなかったから。熱が出てよかった。


○●


夜、7時ぐらい。熱はいっこうに下がる気配を見せず、今日一日寝たきりだった。この様子じゃあ明日も休むことになるだろう。友達に会えないという残念さと、晴矢に会わなくて済むという安心さで、いろいろ複雑な心境になった。そんな心境を邪魔するかのように、部屋の扉が勝手に開いた。お母さん?・・・違う。

「・・・出てって」
「なんだよ、折角見舞いに来たっつうのに」

入ってきたのは、晴矢だった。お母さんに入れてもらったらしい。見舞いに来いなんて誰も頼んでないし、それに今晴矢の顔を見たらもっと吐き気が増しそうで、もっと熱が上がりそうだ。晴矢はそんなわたしの目の前の椅子に腰を下ろした。

「熱、あんのか」
「・・・」

晴矢にくるりと背を向けた。今はなにも話したくない。それに晴矢、彼女いるくせに、わたしなんかの部屋に入り込んでいいの?こいつはほんとうに馬鹿だ。

「なまえー」
「・・・なに」
「なんで怒ってんだ、俺なんかしたかよ」

べつに、してない。わたしが勝手に怒ってるだけ。だから早く帰って。冷たくそう言うと、晴矢は短いため息をひとつだけついた。瞬間、ひんやりとした晴矢の手がわたしの額に触れた。触らないで、と晴矢の手をふりはらおうとした、その手を、晴矢に握られた。

「っやめ・・・」
「なまえ」
「・・・っ」
「俺は、なまえのことが好きだ」
「・・・ッはあ、?!」

急に晴矢の声が低くなって、何を言い出すのかと思うといきなり告白をされた。驚いて思わず体を起こし、晴矢の顔を見た。とても冗談だとは思えない、真面目な表情だ。意味がわからない。だって晴矢には彼女がいる。可愛い彼女がいる。ふわふわとしたショートカットの髪に、女の子らしい笑顔、低い背。まるで、守ってあげたくなるような、絵に描いたような女の子だ。

「だから、俺から離れていくなよ」
「でも、彼女がいる・・・」
「あいつは関係ない」
「何言って、」
「あいつは彼女だ、でも、なまえはそれ以上に大切な友達だ」

ほんとうに意味がわからない。彼女以上に大事な友達なんているはずがない。こんな事を言っておいて、どうせ晴矢はあのこをわたし以上に愛するんだろう、女として。

・・・?
だったらわたしは晴矢にどう思われたいのだろう。今までどおりの幼馴染でわたしは満足できたはずじゃないのか。彼女以上に大切な友達だったらそれで、いい。んじゃないの?違う?

「なまえ」
「・・・」
「今までみたいに、友達でいてくれ」


・・・ああそうか。
わたしははじめから、友達なんかでは満足していなかったんだ。きっと、わたしは、友達じゃなくて。

あのこみたいに、なりたかったんだ。


あのこにはなれない
20120306
×