三.
「――あの」
浩太が小さな声で問い掛けると、男はそれに気がついたようだ。笑うのを止めた。
「その、僕も……そうやって斧で殺されるの?……みんなみたいに」
浩太が尋ねると、男は急ブレーキを踏んだ。ブレーキ音が静寂の中を切り裂くように響き渡る。その音に驚いたように、背後でカラスの群れが一斉に飛び立つのが分かった。
男はハンドルを握り締めたまま肩を震わせて顔を伏せている。よく見たら背中も震えている。
「しっ、仕方ないじゃないかぁあっ!!」
「……」
「あ、あいつらみんなして、俺の事馬鹿にしやがってよぉ! 今日だって、俺を誘った理由は何だと思う? 笑いのネタが欲しいからだとよ? ふざけんじゃねえぞ」
男は泣きながら笑っていた。浩太は目を見開いてその横顔を眺めていた。
「畜生……馬鹿にしやがって――、俺が何したって言うんだよ! 俺は別に静かに高校生活を送りたかっただけなのに。あいつら、あいつら」
浩太は後ろ手にドアを探り当てると気付かれないように扉を開けた。瞬間、男が目を見開いてそれを見た。叫んだ。
「浩太ぁ! お前まで俺を置いて行くのか! お前は俺の親友じゃなかったのかよ!」
男の絶叫が轟く。浩太はほとんど転げ落ちるように車から滑り落ちた。背後でカラスがぎゃあぎゃあとやかましい。
「うそつき……うそつきだ、お前はうそつきだ! ずっと俺の親友だって言ったじゃないか」
心底憎らしそうな男の声がした。構わずに浩太は走り出した。振り向かないように、走った道とは逆の方向へと。光が差していた。そうだ、あそこへ行けば僕は助かる。ここから抜け出せる。
「行かないでくれ……」
切望する様な声がした。振り向いちゃ駄目だ、と思いながらも、浩太は振り返ってしまった。車からよろよろと出て来る男の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。端正な顔を鼻水と涙で歪めながら、男は悲しそうな声で言った。
「俺を一人にしないでくれ……怖いんだよ……どうかお願いだよ、浩太ぁ」
縋り付く様な声から逃れるようにして浩太は走った。駆け抜けた、ひたすらに光の方向へ。死に物狂いだった。
「浩太……浩太!」
浩太が目覚めたの場所は、病院のベッドだった。
「ああ……浩太! 浩太なのね!」
「良かったですね、お母さん」
「か……あさん? ここは」
げほっ、と一つ咳き込みながら浩太が辺りを見渡す。
「きっとすぐには思い出せないと思うから、安静にしてた方がいいよ」
中年の優しそうな医者がそう呟いた。
「? お、俺は一体……」
「三日も意識が無かったのよ……、本当に良かったわ」
――三日も?
ふと、先程まで見ていた夢を思い出して浩太は自分自身の姿を見た。
――ああ。そうだ。俺は小学生なんかじゃなかった
自分の、チューブに繋がれた腕を見て思った。
「すぐには何も思い出せないと思うから……。少しずつ、思い出してゆこうね」
そう言ってポン、と肩を叩かれた。
「奇跡的です、三日前に起きた高校生のグループの乗った貸し切りバスが崖底に転落した事件……全員の生存が絶望的かと思われた中で奇跡の生還者が現れました。ええ……意識を取り戻したんです!」
遺体の状況は惨憺たる有様であったと言う。バスには細工が施してあり、運転手に過失は無かったと見られる……浩太はそこまでを記事で読んで頭痛がしてくるのを覚えた。
「ねえ、浩太くん」
中年の医師が突然のように尋ねて来る。
「――この子には覚えあるかな?」
そう言って医師が見せて来たのは、一枚の写真。楽しそうな顔でピースサインをしている自分と、その横には……。
「……」
「どう?」
「いいえ。ちょっと……思い出せません」
浩太は静かに首を横に振った。
「そうか……」
医師がふうっとため息を吐いて写真を片付ける。
「じゃあ、続きはまた今度にしよう」
「はい」
医師は立ち上がると刑事のような格好の連中と何か話しながら消えて行った。
「……細工したのは……だと思われます……」
「やはりそうか……しかしあの子が思い出せないと……確証が――」
そんな話が途切れ途切れに耳に届いたが、気にならなかった。立ち替わるように扉のノックがした。小さく返事しておいて、浩太は窓の外を眺めていた。
「……浩太くん入るね」
「……」
「脈測りますからねー」
「あの……」
浩太が尋ねると、検査にやってきた看護師が忙しなさそうに返事する。
「――。俺、ほんとによく分からないんです。覚えてるのは……」
「? 何ですか」
「親友だったアイツが、転落したバスの中で……バスの、中で」
ごくり、と唾を飲んだ。
「恐ろしい形相をして、斧で、俺達の友達をみんな――う、う」
思い出そうとすると、吐き気がした。
「それで返り血を浴びた顔で振り返って俺に言ったんです。お前は親友だよな、って。だから傷つけない、生かしてやるって……そう言って。俺には分かりません、何でアイツがあんな事したのか、俺には」
叫びながら看護師の手を掴んだ。顔を見た。その顔には覚えがあった。
「俺には……何?」
看護師の手に斧が握られているように見えたが、錯覚だった。よく見たら顔も似ても似つかなかった。
「――すいません、ちょっと……混乱してるんで」
「大丈夫かい? 先生に言っておこうか?」
一体どこからどこまでが夢で、どこからどこまでが現実のものなのか。……浩太には分からなかったし、知る必要も無いと思った。たった一人の親友は今もまだ、あの霧の中に取り残されているのだろう。
ふがいない自分をどうか許してくれ――浩太は永遠に終わらないかくれんぼの結末を知る時こそが自分の死ぬ時なのであろうと宙を仰いだ。
・
・
色んな解釈ができるように
書いたつもりだったんだけど
書きながら分からなくなってきて
結局半端なものに仕上がったギギギ
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