拝啓、はじめくん


この間は手紙の返事をありがとう。
メールで返事が来ると思っていたので意外でした。はじめくんの字ってすごくきれいだから、手紙を貰えて嬉しいな。

帰り道のことは私もちゃんと覚えてるよ。たまに寄り道したり、楽しかったよね。
だけどね、いくら私だって自転車漕ぎながら寝たりしないよ!…はじめくんは私のことを一体なんだと思ってるのかな?

そういえば秋の新人戦の前に、近くの神社へ必勝祈願に行ったよね。神頼みなんて無意味だ、って言ったはじめくんが熱心にお祈りしてたから、なんだか笑っちゃったよ。

…それに次の日には悲しいことがあったから、今でも昨日のことみたいに思い出せるよ。









それは日課となった、はじめくんとの自主練の後の出来事だった。

「はじめくん、お参りに行こう!」
「は?何ですかいきなり」
「だってもうすぐ新人戦だよ?神様にお願いしておかないと!」

夏休みはあっという間に過ぎ去り、9月の終わりに開催された文化祭も無事終わって季節は10月。

夏の大会はもう1勝で東北大会出場というところまで勝ち進んだものの、結局あと一歩のところで敗退した。個人戦でも県大会へ出場できたし、私としては満足の行く結果に終われたと思う。

そして3年生が引退して1・2年生でチーム作りが始まり、あっと言う間に今度は新人戦だ。

私は引き続きレギュラーに納まり、おまけに副部長という役目ももらってしまった。やっぱり単純な私はより一層やる気に溢れ、よーしやるぞー!、という気持ちでいっぱいである。そんな気持ちから必勝祈願のお参りを提案してみたけれど、やっぱりと言うかなんと言うか…

「んふっ、神頼みなんて無意味ですよ。必勝祈願なんてしたところで、結局最後に笑うのは強者ですからね」

という、なんとも可愛げのない言い草で断られてしまった。そんなこと言ってたら罰が当たるんじゃないかなあ。

「ほら早く帰りますよ、最近は日も短くなったし急がないと…」
「まぁまぁ、そう言わずにさ!たまにしかお願いしない人だったら、神様も聞いてくれるかもよ?」
「そんなわけないでしょう、相変わらず頭の中身がおめでたい人だな」

帰り支度をして、さっさと自転車に乗ってしまったはじめくん。やれやれ、とでも言いたげだ。それでも諦めきれない私は、仕度をすると見せかけてチャンスを窺うことにした。

片足をペダルに掛けたところを見計らって自転車に駆け寄り、いつもの帰り道とは逆方向へ勢いをつけて押し出してみる。するといきなりの振動に驚いたのか、もう片方の足も地面から離れてペダルの上へ。邪魔するものがなくなったので、自転車は軽快に動き出した。

「ちょっと!?危ないじゃないですか!」
「だって神社はすぐそこだよー、行ってみようよー」
「わかった、わかりました!だから無理に押すのはやめてください!!」
「はーい」

ちょっと無理やりだったけど、やっとはじめくんの口から了承の言葉が出てきた。それを合図に荷台に飛び乗ると、やれやれと言わんばかりの溜め息が聞こえてくる。文句言いながらも何だかんだで付き合ってくれるから、はじめくんと一緒は居心地がいいんだろうなあ。


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「へえ…こんなところに神社があったんですね」
「知らなかったでしょ?私も先輩に教えてもらったの」

ハンドルを握るはじめくんに道案内して辿りついたのは、住宅街にひっそりと佇む小さな神社だった。私も1年生の頃に先輩に教わるまでは、こんなところに神社があるなんて知らなかった。

「去年の新人戦の前に、部の先輩と一緒にここへ来たんだ」
「へえ…そういえばミョウジ先輩、昨年の新人戦でなかなか良い成績でしたよね」
「うん!だから験担ぎみたいなもんかな」

自転車を降りて、一礼してから鳥居をくぐる。先輩でも参拝の作法は知ってるんですね、と言う失礼な言葉が聞こえてきたけれど、ここは無視だ。境内で騒がしくしたら、それこそ神様に怒られてしまう。それを察してくれたのか、はじめくんもそれ以上は絡んでこなかった。

小さい神社だからお社はすぐそこだ。またひとつ深いお辞儀をしてから、がらんがらん、と鈴を鳴らす。ぱんぱん、と柏手を打つとゆっくり目を閉じて、"ひとつでも多く勝てますように"と心の中で何度も繰り返した。神様に届くように、心からの祈りをこめて。

神様へのお願いを終えて目を開けると、隣ではまだはじめくんが両手を合せてブツブツ言っていた。…神頼みなんか馬鹿らしいって言ってたのに、素直じゃないなあ本当に。

そして目を開けたはじめくんと一緒にもう一度深々とお辞儀をして、鳥居の傍に止めた自転車のところへ戻っていく。

「はじめくん、随分と熱心にお願いしてたね」
「…先輩の方こそ。僕はつられただけですよ」

さっきの様子をからかってみると、機嫌を悪くしたのかそっぽを向かれてしまった。そういう反応がからかいたくなる原因なんだけど、きっとわかってないんだろうなあ。

「ほら、今度こそ帰りますよ。さっさと乗らないと置いて行きますからね」
「はーい…って、これ私の自転車なんだけど」
「んふっ、主導権は漕ぐ方にあるんですよ?さあ早くしてください」
「はいはい。本当にちっとも後輩らしくないんだから」

モタモタしてると本気で置いて行かれそうだから、早くしなさいと急かす声に慌てて荷台に跨る。今まで二人乗りをしたことがなかったというはじめくんの運転は、最初の頃はそれはそれは危なっかしかった。だけど今はもう慣れたもので、私がしっかり肩に掴まったのを確認すると、自転車は滑らかに走り出した。

「だけど僕は試合に出られるかもわからないのに…少し気が早くありませんか?」
「何言ってるの、はじめくんならきっと大丈夫だって!」
「そうだといいんですけどね」

そう、この時はまだ男子部のレギュラーは発表になっていなかった。だけどはじめくんなら大丈夫、3年生を負かしちゃうほど強いんだもん。そのせいで3年生からいびられていたけれど、その先輩たちもとっくに引退しているからもう何の問題もない。

「レギュラーの発表、明日だっけ?」
「はい。朝練の後に発表するそうですよ」
「明日かあ…なんかワクワクするね!」
「んふっ、僕より先輩の方が楽しそうですね」

そりゃそうだ、はじめくんの実力は私自身が一番よく知っている。新人戦に出ればきっといい結果を残すだろう。そうすれば、もう誰もはじめくんの実力を無視できない。今まで黙々と練習を積んできた努力が報われるんだ、そう思うとまるで自分のことみたいに嬉しかった。

「そうだ!ねえはじめくん、これあげる!!」
「ちょっ…何ですか急に!?前が見えません!」
「うわっ、危ない!」

軽快に自転車を漕ぐはじめくんの顔の前にある物を差し出したら、危ないでしょう!、と怒られてしまった。視界が塞がったせいでバランスを崩したのか、一瞬自転車がぐらりと揺れる。慌てて手を引込めると、すぐにさっきまでの危なげない運転に戻っていった。だってポケットの中に入ってたこれに気が付いたから、ついつい今すぐ渡したくなっちゃったんだよね。

「危ないはこっちの台詞ですよ…それで?何なんですか、今の」
「手作りのお守り!女テニ全員でお揃いの持ってるんだけど、はじめくんの分も作っておいたんだ」
「…女子部のみなさんとお揃い、ですか」

落ち着きを取り戻したはじめくんにそう説明すると、女テニ全員とお揃いになるのが余程嫌だったのか、声のトーンが少し落ちてしまった。しかし嫌がることは予想していた私はバッチリ対策済みだ。

「そう言うと思ったから色も変えたし、デザインも少し違うんだよー」

女テニ部員はピンク色の生地だけど、はじめくんのは濃いブルーにしておいた。それから刺繍してあるイニシャルの字体も、この1個だけは筆記体になっていてなかなかの自信作だったりする。

…まあね、お裁縫苦手だから縫い目は曲がってるし、他の子が作ったのに比べたらあんまりきれいじゃないんだけど。

「あっ、ちょっと!勝手にポケットに入れないでください!!」
「だって渡す時に見られるの、なんか恥ずかしいからさ。それとも貰ってくれないの?」
「…まあ、そこまで言うなら受け取ってあげないこともないですけど」
「素直に欲しいって言えばいいのに」
「うるさいですよ」

きっと照れ笑いしてるんだろうな。

顔を見なくてもこんな時、はじめくんがどんな顔をするのかわかるようになっていた。それはつまり二人の間の距離が縮まっている証拠な気がして、それが何だか堪らなく嬉しい。

だけど結局このお守りも、必勝祈願も無駄になっちゃうなんて…この時は考えもしなかった。次の日、私は思いもよらない事実を知ることになる。


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そんなの嘘でしょ?、そう言いたくなる情報が耳に入ったのは、翌日の昼休みのことだった。

「ミョウジー、観月のこと残念だったな」
「残念って?」

一学期の間は隣の席でそこそこ仲良くしていた男テニ部員・上田が、貴重な昼休みにわざわざ私の席までやってきてこんな事を言い出した。
はじめくんが残念って、一体どういうことだろう。不思議に思って首を傾げる私に、話を振ってきた上田も同じく不思議そうな顔をしている。

「あれっ、まだ本人から聞いてないのか?観月、レギュラー入れなかったんだよ」
「…は?」
「なんかさー、引退した3年が観月は試合に出すな!とか言ってるらしくてさー」
「な、なにそれ!?」
「何って…先輩たちからの圧力、みたいな?男テニは顧問もあてになんないし、今までも先輩たちでレギュラー決めてたしな」
「そんな!だってはじめくん、きっと男テニの誰よりも強いよ。なのにどうして試合に出さないの?勝ちたくないの?」
「俺だってそれはわかるよ、だけどさ…いくら引退してても、やっぱ先輩には逆らえねーよ」

上田は諦めたような表情でそう言った。確かに男テニは顧問の先生もやる気なさげで、女テニと違ってコーチもいない。今までも最上級生がレギュラーを決めてた、という話は聞いたことがある。

だからって、引退してまでこんなことするなんて。

3年生にだって勝てちゃうはじめくんは、新チームの中では一番の実力者に違いない。なのに先輩が言うから試合に出さないって…

「上田、私ちょっと行ってくるね」
「観月のとこか?」
「ううん、男テニの元部長のところ。直談判してくる」
「はあ!?おい、やめとけよ。お前まで目ェ付けられるぞ」
「だっておかしいもん、抗議してくる!!」

上田の制止も聞かずにガタン、と勢いよく立ち上がる。私の剣幕に驚いているのか、上田はそれ以上止めては来なかった。

そのままの勢いで教室を飛び出し、3年のフロアへ続く階段を上ろうとしたところで後ろから誰かに腕を掴まれた。今更我に返った上田が止めにきたんだろうか。しかし振り返った視線の先にいたのは、今一番会いたくない人の姿だった。

「は、じめ、くん」
「ミョウジ先輩、そんなに急いで…一体どちらへ?上の階は3年のフロアですよ」
「…ちょっと3年生に用事が、あって…」
「聞いたんですね、レギュラーにはなれなかったこと」

そこまで言葉を交わしたところで、目頭から熱いものがぼろぼろと零れてきた。泣き顔なんて見られたくないのに、どうしたって止まらない。

「どうしてあなたが泣くんですか」
「だ、だって、はじめくんが頑張ってたの、知ってるから」

部活の後に自主練して、休みの日だって暇さえあれば一緒にテニスをした。多分、男テニの中で一番ラケットを振ってきたのははじめくんだろう。そんな人が試合に出られないなんて、絶対に間違ってる。

ぐちゃぐちゃの顔で子どもみたいに泣きじゃくる私を見て、はじめくんはひとつ溜め息を吐いた。

「泣かないでくれませんか。…これじゃあ傍から見たら僕のせいみたいだ」
「こっ、こんな時まで、そんな言い方…」
「それにね、コートの外でもできる戦い方があるんですよ」

レギュラーになれなかったというのに、はじめくんはどこか嬉しそうにしている。試合に出られないのに一体何がそんなに嬉しいのか。私にはさっぱりだ。

「上手くやれば、僕の力を認めさせる絶好の機会になる。だから泣かないでいいんです」

代わりにしっかり見ていてくださいね、そう言うはじめくんの表情は自信満々だ。だから私も慌てて涙を拭いて、コクリと頷いて見せる。

きっとはじめくんには何か上等な策があるんだ、そう信じられる言葉だったから。







"コートの外でもできる戦い方"って最初に聞いたときはよくわからなかったけど、新人戦が終わる頃にははじめくんを認める人が増えてたよね。
それがちょっと誇らしかったな。私は最初からわかってたのに、みんな今頃気づいたの?って。

そうだ、今年もあのお守りを作ったんだよ。手紙と一緒に送ろうかと思ったんだけど、それだと効果がなくなりそうな気がしない?

やっぱりいつか会えた時に渡したいから、それまで大事に持っておくね。

それでは、今回はここまでにします。地区予選は確か来週からだったよね!
忙しかったら返事は無理に書かなくても大丈夫だから、予選突破を目指して頑張ってね。



ミョウジナマエより




((2014.05.24))
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