拝啓、ミョウジ先輩


返事が遅くなってすみません。

その間に地区予選が開催されて、危なげなく優勝することができました。今は6月に行われる都大会に向けて、練習は勿論、データ収集をしているところです。

あのお守りは今も大事に持っていますよ。今年も新しく作ってくれたんですね、ありがとうございます。
そちらへ帰る日が楽しみです。…縫い物が上達したかどうかも、楽しみにしています。

にしても、新人戦のレギュラーに入れなかった時、いきなり泣き出した先輩には驚かされました。でも…あなたが代わりに泣いてくれたから、僕は冷静でいられたようにも思うんです。

それにあの時の3年生達には、今は感謝しているんですよ。
去年の新人戦があったからこそ、僕のプレイスタイルが確立したんですからね。







コートの外でもできる戦い方がある。そう告げると、先輩はポカンとした表情でこちらを見ていた。

コート外での戦いというのはつまり、戦略だ。幸い僕にはデータ収集力と、それを活かす為の頭脳がある。
レギュラーに選ばれた部員に策を授けて、その通りに勝たせればいい。幸いレギュラーには、3年のやり方に反発していた2年が何人か選ばれていた。その2年生達は他の部員より使える腕を持っているし、好都合だ。

データだけでは勝てない試合もあるだろうが、毎回3回戦までに消える男子部がそれ以上の結果を残せれば上等だ。そして彼等が"勝てたのは観月のデータがあったからだ"、そう公言すれば僕の力も認められるだろう。

「…はじめくん、なんか…笑顔が怖いんだけど」
「んふっ、それは失礼しました」

声を掛けられてハッと我に返ると、さっきまで泣いていた先輩が怯えた表情でこちらを見ていた。黒い感情が表に出ていたんだろうか。

「ねえ、危ないことはしないよね?」
「勿論ですよ。ちょっと試合を操作するだけですからね」
「それって十分危なく聞こえるんだけど!気のせいかな!?」
「んふふっ、気のせいですよ、きっと」

さて、何から始めようか。

新人戦まであと2週間、時間は限られている。ウチの部員のデータは揃っていることだし、初戦で当たる学校の調査でもしてみようか。これから忙しくなりそうだ。



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そして迎えた新人戦当日。初日は準々決勝までの試合が行われ、明日の2日目にそれ以降の試合が組まれている。
この2週間のうちに大会で当たる可能性のある学校のデータを集め、対抗する為の最上のオーダーと戦略を考え、レギュラー一人ひとりに接触を試みた。

"僕の言う通りの試合運びをすれば、3回戦突破は確実です"、そう言い含めることも忘れなかった。後は彼等が賭けに伸るか反るか、それだけのことだ。


『ゲームセット!ウォンバイ蔵王北中!!』


そしてどうやら僕は、賭けに勝利したらしい。

試合終了のコールで呼ばれたのは、ウチの学校名だった。彼等は僕の考えた通りのオーダーで試合に臨み、僕の戦略通りの試合運びで勝ちあがり、そしていつもは負けてしまう筈の3回戦を勝ち抜いたのだ。


「んふっ、やれば出来るんじゃないか」

スコアも僕の予想通りのもので、満足の行く結果に笑みが浮かぶ。次の準々決勝についてアドバイスでもしてこようか、そう思って後ろを振り返ると、そこには怪訝な表情で僕を見つめるミョウジ先輩がいた。

「う、わ!?…先輩、いつからいたんですか」
「はじめくんがあくどい笑顔で試合見てた時からかな」
「あくどいって…そんな顔してましたか?」
「してたよ!ねえ、はじめくん何やったの?男テニが3回戦突破とか、10年振りだってコーチが言ってたよ」

何度も聞いたのに結局教えてくれなかったし!とごねる先輩に、今度は苦笑いを浮かべることになった。

この2週間の間のミョウジ先輩は、それはもうしつこかった。顔を合わせれば何をするつもりなのか問い質してくるし、データ収集のために自主練を休めば何の用事なのか聞いてくるしで。だけど教えてしまったらこの人のことだ、手伝うよ、なんて嬉々として言い出しかねない。だからどんなに聞かれても沈黙を貫いていたのだ。

「ちょっとデータと戦略を提供しただけですよ」
「えっ、それだけ?」
「んふっ、それだけですよ」
「じゃあ自主練に来なかったのは?」
「相手校の調査をしていました。もう時間がなかったから、自主練の時間を削らないと間に合わなかったんです」
「それなら私も手伝ったのに!」
「…だから言わなかったんです」

やっぱり予想した通りだ。レギュラーなんだから自分の練習が第一だろうに、お人好しなこの人は僕の手伝いを優先しようとするに決まってる。それがわかっているから言わずにいたんだ。
しかし、だから言わなかったと告げると何か誤解しているのか、今度は剥れてしまった。…なんて面倒な人だ。

「言わなかったのは先輩を邪魔にしたとか、そういうことじゃないですよ」
「じゃあ何で?どうして?」
「あなたはレギュラーなんですから、やるべき事があるでしょう?」
「やるべき事って?」
「苦手なボレーの練習とか、ね」
「うっ…そりゃあ確かにボレーは苦手だけど〜…」

しつこい追及に正論で返すと、反論の言葉が見つからないのか黙ってしまった。機嫌を損ねてしまったんだろうか。どんな言葉でご機嫌を取ろうか考えていると、観月、と名前を呼ばれた気がした。先輩のそれとは違う、低い声だ。

声のした方へ目をやると、そこには男子部レギュラーであり、先程の試合にも出場した上田先輩が立っていた。バツが悪いのか、地面を見つめて首筋を掻いている。

「おや、どうかしましたか?」

とは言ったものの、こちらから行かなければそろそろやって来る頃合いだと思っていた。3回戦突破でしかもスコアも僕の予想通り、そうなれば向こうからアドバイスを求めて来るのが普通だろう。
事情をよく呑み込めていないミョウジ先輩は、僕と上田先輩の顔を交互に見比べている。そんな中、言いにくそうにしつつも話を切り出したのは上田先輩からだった。

「観月、あのさ…虫のいい話だとは思うんだけど…」
「何でしょうか?試合についてのアドバイスでしたら、いくらでも応じますが」
「いや、ベンチコーチに入ってもらいたいんだ。そこで状況に応じて指示を出して欲しい」
「へえ…意外とわかってるじゃないか」
「え?」
「僕をベンチコーチに入れなければ、次の試合で確実に負けるでしょうからね。正しい選択だと思いますよ、んふっ」
「…そこまで読んでたのかよ」

そう、戦況は刻一刻と変化するものだ。戦略通りに動けば勝てるとは言ったものの、先輩達の地力が低いのは変わらない。実力者が揃うこれ以降をデータのみで戦うのは難しいだろう、それは本人たちもよくわかっている筈だ。そして、勝つために必要なのは何かと考える。

考えた上で辿り着く結論は、僕のデータと頭脳に頼る、それしか残されていない筈だ。

「では行きましょうか、時間が惜しいですから」
「ああ、頼む」

そうして歩き出した上田先輩に付いて行こうとすると、待って、と腕を掴まれた。心配そうな目をしたミョウジ先輩が、僕を見つめている。

「えーと…頑張って、って言えばいいのかな?」
「ええ、"コートの外での戦い"に勝ってきますから。心配しないで待っていてください」
「…うん、わかった。私も必ず勝つから、はじめくんも頑張ってね!」

僕の言葉に安心したのか、笑顔になったミョウジ先輩は大きく手を振ると、女子の試合が行われているコートへと走って行った。その後ろ姿を見送ってからやれやれ、と前を向くと、今度は何だか上田先輩がニヤニヤしている。

「何か?」
「いや、観月ってミョウジには甘いのなーと思って。なあ、もしかして付き合ってんの?」
「…は!?いきなり何を言い出すんですか、馬鹿なこと言ってないでさっさと行きますよ!」
「馬鹿って…お前、俺のこと先輩だと思ってないだろ!?」

後ろでぎゃあぎゃあ喚いている上田先輩は放っておいて、次の準々決勝が行われるコートへ向かって歩き出した。絶対に勝たせてみせる、そして今まで嘲笑ってきた奴等に嫌でも認めさせてやるんだ。


"観月はじめは強い"、と。



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そして意気揚々と試合に臨んだ翌日の帰り道、昨日とは打って変わって僕は憤慨していた。


「準決勝、残念だったね」
「ええ、本当に…くそっ、余計な邪魔さえ入らなければ勝てたものを!」

忌々しげに毒づいて舌打ちすると、ミョウジ先輩はまあまあ、と僕を宥めにかかる。

「仕方ないよ、今日ははじめくんがベンチコーチじゃなかったんだし」
「そうですね。全く、どこまで人の邪魔をすれば気が済むんでしょうか」

そう、大会二日目の今日はフェンスの外へ追い出されてしまったのだ。

昨日の準々決勝まではよかった。ベンチコーチとしてその都度指示を出せたし、その甲斐もあって準決勝へ駒を進めることができた。
しかし観戦に来ていた元男子部の3年が目ざとく僕を見つけたらしく、観月はベンチコーチも禁止だ!、というお達しが出されてしまったらしい。

そうなったらウチの部に対抗策は残されていない。一応アドバイスはしたものの実力差が埋まるわけもなく、大差をつけられてあっさり敗退となった。

「でもさ、この結果だと準々決勝ははじめくんがいたから勝てた…とも言えるよね?」
「まあ、そうとも言えますが…」
「それに他の部員とも和解できたんでしょ?結果オーライじゃん」

確かにそうかもしれない。

2年生達はベンチコーチから外すことを謝ってきたし、3年が卒業したら必ずレギュラーにすると約束してくれた。これからは練習メニュー作りに協力して欲しいとも言われている。先輩達の目を気にしてか、これまでは話しかけてこなかった同級生たちともポツポツと話をしたし…いい方向に向かっているのは確かだろう。

「…そうですね。先輩の能天気な顔を見ていたら、あれこれ悩むのが馬鹿らしくなってきました」
「ねえ、今のってさり気なくバカにしてるでしょ?」
「いいえ、ちっとも?」
「嘘つけ!目が馬鹿にしてる!気がする!!」
「そんなことないですよ」

誰も味方になってくれない中で、この人だけは最初から僕を認めてくれていた。それがどれだけの励みになっていたか、先輩はわかっていないんだろう。
こんな後輩ちっとも可愛くない!、とぶつくさ言っている先輩の腕を掴んでこちらを向かせ、まっすぐに目を見つめる。…少しだけ目線が上にあるのが、何だか癪に障るな。

「はじめくん、どうかしたの?」
「その、先輩には本当に感謝しているんです」
「そ、そんな改まって言われると…なんか照れるね」
「じゃあもっと照れさせてあげましょうか」
「え?」
「…いつも僕を信じてくれて、ありがとう、先輩」

流石に目を見て言うのは僕の方も恥ずかしくて、見つめていた視線を外して小さく呟いた。少しの間、先輩も僕も無言で沈黙が訪れる。

「そ、そんなの」

先に口を開いたのは、ミョウジ先輩の方だった。言葉の端に嬉しさが滲んでいるのがわかる。そっと先輩の顔に視線を戻すと、そこには満面の笑顔があった。

「そんなの当たり前でしょ、仲間なんだから!」







そして今、あの時は手にできなかった優勝旗が部室に飾ってあります。
あなたに見せに行きたい…と言いたいところですが、流石に勝手には持ち出せませんね。

いつかこちらへ遊びに来てください。初めて手にした優勝旗を、ミョウジ先輩にも是非見てもらいたいんです。

それでは、色よい返事をお待ちしています。



観月はじめより




((2014.5.25))
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