13


「僕を謀りましたね」
「……おい、黒、白」

 しどろもどろする彼女は決して悪くはない表情をしている。演技であったとバレてしまっている今、リトとて今更と思っているに違いない。ギッと睨みつけるその顔はまるで鬼女であったがとうの2人は知らん顔である。
 全てが分かった今、何を話せばいいのだろうか。自分が何故妄念を見る事が出来たのか。それはただ骸に力があったからではない。何故リトの肌は常に熱く感じられていたのか。それは彼女が実際熱かったからではない。

 骸自身が、幽体であったのだ。

 決してこの世界はあの世ではない。しかしそれに非常に近しい世界であった。
 そして、骸は今この瞬間にでも肉体との繋ぎ目が、その存在を危ぶまれるような、細いものであったのだ。確かにイタリアにおいて骸は重傷を負った。自分でも死んでしまうのだと思ったが故に最期と思われる力を振り絞り他者に助けを求めることもなく自身の死体が見つからぬよう、誰かにとどめを刺される事のないよう持っている霧のリング全てに炎を灯し遠く離れた場所で姿を隠したのだ。

 そこから、移動できる訳がなかった。そこから誰かが見つけ、運べる訳がなかった。肉体はそのまま、精神のみがこの世界にやって来たのだ。死にかけ、消えかけさ迷っている彼の精神はリトによって救われ、そして今身体はクロームが言っていたが現実世界のボンゴレの救命棟により生命が繋ぎとめられている。
 突然怪我が治った訳ではない。本体と呼べるその身体が治療を受け入れ始めたが故に、精神であるこちらもそうなったのだ。骸が眠っている際にかけていたあの時の電話は自分の携帯を使い、瀕死の骸の体の所在をボンゴレに伝えたのだと今更ながらにして知る。

 警戒心が徐々に消えていくのは、この世界が肉体を伴わない魂の世界だったから。
 リトを信じられたのは、彼女が一心に自分の身を案じてくれているのがわかったから。魂だけの存在になれば、その直感力は最早沢田綱吉の持つ超直感と然程変わるまい。

「…何故、僕を助けたのですか」
「私は骸に生きて欲しかった、それだけさ。本当に死にかけてたから若干ルール違反なんだろうけど知ったこっちゃない」

 ケタケタと楽しげに笑う彼女は、その傲慢さを許される力を持っていた。それが妄念を見つける力。浄化する力。探し出し、保護する力。
 彼女は別にボンゴレに依頼されていた訳ではなかった。骸の動向を探っていた訳ではなかった。ただただ偶然だった。偶然にも見つけ、自分が誰だか分かったからこそ保護した。ただ、それだけなのだ。

 だからまあ、最初は焦ったこともあるのだろう。何も説明せず骸が大人しくしている訳ではないと分かっているが故に。
 そう聞いて一番分かりやすかったのは骸が此処へ来た当初、たくさんの人間に囲まれていた時だったのだという。白と黒の作ったもの以外を口にすれば最後、記憶が、身体がこの世界から離れなくなってしまうという厄介なルールがあったらしい。だからこそリトは全力疾走で食い止めた。その時の骸には特に不思議ではなかったが、彼女にとっては一大事であったのだ。
 街の人間たちはそのルールを当然知っていた。知ってて尚、骸に飲ませようとしたのだ。リトが気に入った人間を連れてきたとして。リトにとって恐らく特別な人間になるだろうと見越して。あれらの全ては骸に対しての嫌がらせではなかった。リトに対し、彼女の為にとった行動だったのだ。それほどまでに彼女は慕われている。優しい、優しい女なのである。もっともそれで危なくなるのは骸の身だった訳なのだが。

「――…でもね、思い出してくれない時は本当に困ったんだよ。自分で思い出してもらわなきゃ意味がないからね」

 気が付かなければ、帰り道すら見えなくなる。帰る方法とは即ち帰って、会いたくなる人間を思い浮かべること。思い出すこと。そのルールはもちろんリトだって知っている。それに幸運な事に、骸に対しての知識を少し持っていた。だからこそ色彩だけを変えることにした。

 クローム髑髏。

 リトが思い浮かんだ人間は彼女だった。だからこそ色合いは、彼女に似せた。顔ばかりはどうもいけない。逆に自分に引きずられてしまえば戻れなくなってしまうのだから。骸に寄り添う女性は少しだけ彼の魂に似ていたけどやはり他人のもので、血縁関係もなさそうだとあれば恋人に違いないと踏んで。
 ああ、折角求めてくれたし一夜ぐらい、なあんて。ね。 なんて笑われてしまえばその素直さに白も黒も苦く笑うばかりだった。

「…減らず口を。あれは恋人ではありません」
「あらそうだったの。じゃあ彼女を戸惑わせて悪かったねと謝っておいて」
「会いに来たらどうですか」

 10年前を知っているということは彼女は骸と同じ世界にいるのだ。ここに居るのは既に死んでいる者か、彷徨っているのか、物好きか。恐らくリトは生きている。生きて、同じ世界で生きている。それは勘にも近かったが間違いないだろう。そうでなければこの世界から骸のいる世界で沢田に電話したり、生きているクロームに干渉することも出来なかったに違いない。彼女は、自分と同じ世界に居るのだ。ならば離別ではない。もっとも、この世界にいるリトと同じ容姿かと聞かれればそれはまた微妙なところなのだったが。
 骸の申し出は意外だったらしい。3人揃ってポカンとした顔を浮かべたが誰も口を開くことはしなかった。骸の求めている答えを導こうとはしなかった。「だめ」拒否の言葉を紡いだのはリトだった。しかしそれは会いたくないと言っているように感じられたのは決して気の所為ではない。

「…では僕が訪ねましょう。君はどこに居る」
「そんな事言って私のこと殺しに来るんじゃないの。教えないわよ、怖いひと」
「そうですか、それは残念だ。折角手土産に美味しい酒を用意しようと思ったのに」

 ぴくりと動いたのは果たして誰だったのか。酒豪であるのはリトだけではなかったらしい。白も黒も興味を抱いているのはありありと見て取れ、先程までのリトを擁護しようという勢いはどこへやらグイグイと彼女の裾を引っ張っている。
 ――…どうやら今回においては彼らは自分の味方をするつもりらしい。

「リト、俺もお前の世界の酒飲みたいんだけど」
「花より団子はお前もだろ、釣られようぜ」
「お前たちどっちの味方してんだ!」

 あと一息か。彼女の手を握り、駄目ですかと一言。彼女はこれに弱い事を、骸は知っていた。

「…分かった。わかったから皆、離れなさい」

 ええい忌々しい。酒につられているのはきっとリトもであったがそれ以上に周りの連中ががやがやと煩いのも確かなわけで。悔し紛れに言われた地域の名前を骸は忘れずに記憶する。
 そして、

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