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――――ピッ、ピッ。
目を開くと同時に何かの機械音が騒がしく煩わしい。身体を起こし自分の身体に取り付けられているコードをすべて手で引っこ抜いていく。当然のことながら負っていた怪我は全て癒えていた。
 今度こそ、この世界は本来自分の居るところだろう。視界に見える医療器具といい、ドアといい、…それから、

「…あっ、骸起きたんだね!」

 やってくる男と言い、この世界にしか居るはずのない男だった。
 沢田綱吉、そして後ろからついてきているのは獄寺隼人か。暫くの間使い物にならなかった自分が起きたぐらいでボス自らやってくるほどにボンゴレとは余程金も時間も有り余らせた機関であるらしい。近くの棚にはリングとご丁寧に洗濯された自身の服がかけられている。

「僕の事を通告した女の情報はわかりますか、沢田綱吉」

 最早用事はない。遣るべきことがある。行くべきところがある。最初の約束上、暫く休暇をと聞いてはいるし今からそれを行使したところで問題はないだろう。立ち上がり服に袖を通し、それからリングを嵌める。幽体状態である時と大して変わりない自身の身体は、しかし少しの間この肉体で運動をしていなかった影響か少しフラつくが支障はない。
 リトと話したのは間違いなくこの男だろう。問えばそれを聞かれることも知っていたらしく調べておいたよ、と沢田は笑った。…相変わらず、嫌いな笑みである。

「黒曜中学校の近くにある神社の子だね。もう引退してるはずだけど。報酬は酒を送れと言われているから今の転覆先も聞いてるよ」
「十分です」

 その情報が詰め込まれた紙を受け取るとざっと目を通し放り投げる。ここまで聞いてしまえば長居は無用だ。後は…直ぐに、今すぐに土産を用意しなければならない。それぐらいか。
 気が急いていく。術士たるもの、ボンゴレの霧の守護者たるもの冷静さを欠いてはならぬなどとよく言われていたものが今はそんな事に気を遣る場合ではない。早くしなければ。早く、会いに行かなければ。その欲望は当然自分の中にあるものだ。

「ジェットも用意してあるけど使うかな」
「…それではお言葉に甘えましょう」
「!骸、てめえ10代目に他に何か「そうそう」」

 ギャンギャンと相変わらず煩い獄寺の言葉に被せるよう骸は歩きながら言葉を投げかける。普段から彼らと碌に会話もしない男の事に、獄寺も思わず動きを止めた。

「言い忘れていましたが感謝はしていますよ。彼女と、縁を繋いでくれた事ぐらいはね」

 楽しげに笑っている沢田と、訝しげな表情を浮かべる獄寺を尻目にそのまま医務室を後にする。


 ジェットに乗り込み1時間。知らされ、降り立ったのは夢と同じような場所だった。こんな所がまだ日本にあったことが驚きであったがやはりあそこは彼女の力の及んだ場所であったらしい。まさにこの街をそのままあちらの世界に反映させたのか、それとも向こうであったようにここに建物を建てたのかは定かではなかったが。
 記憶を頼りに見覚えのある真っ白な建物へと歩みをすすめる。もちろん手には土産の酒を3瓶抱え。当然ながら彼らに1瓶ずつ渡す予定ではあるが彼らもこちらの世界に来ているのだろうか。…まあ、居なければ居ないで彼女に受け渡しを頼めばいいだろう。

「ここで、間違いないようですね」

 まさかあの建物に鬼女は居ないだろうがそれでも中に入る時はきっと気を使うだろう。そして沢田綱吉から教わった場所こそ、彼女のいる本当の場所だったということが何よりも腹立たしい。
 扉を開けようと手を伸ばすがそれよりも早く開く。そこに居たのは一人の女だった。

「や、やーねえ、ほんとに来ちゃったの。って骸に教えた場所とはここ違うはずなんだけど」
「……」

 何で。
 どうして。

 そう言いたい様子がありありと見て取れる。やはり彼女が骸に教えた場所は嘘だったのか。自分に会いたくなかったのか。そう思ったものの僅かに緩まった表情。それが例え腕に抱えている酒の入った箱を見たあとだとしてもそれには気がつかない振りをすることにして。

「……リト、ですよね」
「しわくちゃばばあかと思った?」
「…いえ、そういうことは、ありませんが」

 恐らく白もからかっていたところはあるのだろう。彼らの姿は見えなかったが今度会った暁には文句の一つや二つ言ってやらねば気がすまぬ。
 彼女は何ら、向こうの世界と変わりはしなかった。流石に少しは年上だろうかとも思っていたが自分と然程変わらぬ女だったとは思ってもみなかったというのが正直なところで彼女の疑問に碌に返すことは出来ずに居た。…色彩、ぐらいだろうか。髪の色と瞳の色が黒い。それはクロームに会いに行った時と同じなのだろう。彼女こそが、本物。この眼の前に居るリトこそが、本当の姿。

 そんな驚いた様子の骸を見てリトも満足したのだろう、あちらの世界の通り変わらずの笑みを浮かべ骸の前に立った。背だってクロームに合わせていたのだろうか。彼女よりはほんの少し高い。

「まあいい、酒を寄越しなさい。今晩はそれを持ってパーっとしなきゃなんねーからさ」
「…」
「君の探している指輪も、力も、仲間も此処には何にもないわよ。それでも、此処に何か探し物でも?」

 リトの腕を掴み、己の元へ引き寄せる。受け取った彼女の分の酒を片手にリトは大人しく骸の腕の中でクスクスと笑った。
 やっと会えた。やっと見つけた。――…やっと、捕まえた。擦り寄るようにして強く抱きしめると背中に回される手。どちらの世界であれ彼女が優しく、自愛に満ちているのは変わりないらしい。やがて腕の中で身じろいだリトは至近距離で骸と見つめあう。
 黒い瞳は、やはり泣いていた。それは果たして悲しみなのか、喜びなのか。だけど彼女が己に触れる手は離れようとしている為のものではない。
 嗚呼、その瞳は何と美しい。どちらからかともなく瞳を閉じ、彼らの距離はゼロとなる。


「──…見つけました。僕の、僕だけの、」

言葉はもう、不要だった。

暗闇でワルツ
end.

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