冒険者六道骸の到来

 宝に興味があったわけでも名声を得たかったわけでも何でもなかったのだ。やや特殊な環境で生き長らえてきたことは確かに影響があったかもしれない。しかし所詮はその程度で自分は他の人間達とは違うのだと早々に生まれた町を捨てたのはそんな大それた理由ではなかった。外の世界が見たかった。ただそれだけである。
 結果として骸は町人として同じ地でただ人生を無駄に過ごすという退屈極まりない生活から脱し悠々自適で且つ己の知識欲を心地よく刺激する日常を手に入れた。気が付けば自分の思想についてくる人間も現れ、別段自分は一人でも問題なかったのだが所謂PTメンバーにも恵まれた。既に冒険者として数年、その若さでは異例のスピード成長としてやや目立ち始めていた骸たちの元に町で起こるイベントではなく何やら良からぬ噂が流れてきたのは運命だったのかもしれない。

「…死の町、ですか」
「ええそうなんです、冒険者さま」
「よければ話を聞かせていただいても?」

 ひとつのクエストが終わり、町にある唯一の飲み屋で軽く食事と情報収集を行っていた時にその奇妙な噂は転がり込んできた。骸たちに食事を運んできた女性は未だ若く、余所者である冒険者に対して非常に友好的であると分かるほどに目を輝かせながら彼女の知っていることを嬉々として語る。
 曰く、ナミモリという町は元々新人冒険者が”始まりの地”として向かう場所であるらしい。というのも周りに住まうモンスターもレベルが低く、こちらから手を出さない限りはなかなか襲ってこないという絶好の狩場が多数あるのだ。それに新人冒険者に向けたクエストも多く取り揃えており、その種類も豊富で戦闘だけではなく探索や調査、或いはただのお使いのようなものなどもあるおかげで最近は冒険者として旅を始めた人間は真っ先にそこへ向かい、ある程度のレベルを上げた後に次の町へと旅立つというのがこの近辺での間違いのないルートとして有名であるそうだ。
 そんなナミモリが現在原因不明の事故によりモンスターの生息地となってしまっているらしい。本来町の付近にはモンスターが嫌う匂いの魔具であったりある程度のレベル以下のモンスターが入れないよう結界が張ってあるものなのだがそれが上手く作用しなかったのだろう。骸もこれまでたくさんのイベントをこなしてきたがモンスターに町を奪われたという経験は一度たりともない。高レベルのモンスターが人間に扮し町の権力者に成り代わっていたというイベントはあったがその程度だ。何しろ本来、全ての町には不思議な力が備わっている。それが0時にやってくるワールドリセットである。

 ――ワールドリセット。

 誰がそう呼び始めたのかはわからないが骸もそれは目にしたことがあるのでどういうものであるのかは知っている。どれだけ破壊されたとしても、例え荒れ地になったとしても0時になれば設定された状態にまで町とNPCが修復するシステムだ。防衛機構とも言えようか。町のイベントになれば時折戦闘やモンスターによる侵略によって建物が損壊することもある。それを見越しての処置なのだろう。その時間帯の光景はまるで映像を巻き戻しているかのよう。0時を超えた瞬間、瞬き一つしたその時には破壊されたすべてのものが元に戻っているのだ。当然これは建物とNPCだけに限り、生きた人間やモンスターには適応されない。世の循環システムまではこの世界の神様という存在も弄ることはしなかったらしい。
 さて、そんなワールドリセットが存在するが故に悲惨な事件が起きている。それが死にながら生きる、或いは生きながら死んでいく町・ナミモリだ。町人はとっくに全滅し、そこに滞在していた冒険者達も数はいても新人の寄せ集めに過ぎず死亡、あるいは生死不明。原因は近辺に住む大型モンスターにちょっかいをかけた冒険者が居たからであるらしく、その討滅の為に中堅層の冒険者達によるPTが結成されたらしいがそれもあえなく全滅。そしてそのモンスターが現在ナミモリを巣にしているとのことであった。

「では今、ナミモリは」
「NPCしかいません。モンスターは基本的に眠っているらしく、ワールドリセットの時間になると復活するNPCと建物を食い荒らし再び寝るそうです」
「…そうですか」

 そこまで戦闘狂なモンスターではないように聞こえるがNPCにしては溜まったものではないだろう。もっとも彼らに自我はないので情など湧きはしなかったが――なるほど、それは死にながら生きる町と例えられても仕方あるまい。厄介なモンスターの出現、及び生息地にされた所為で毎日決まった時間に復活する建物とNPCは出現と同時に荒らされる。喰われる。当然モンスターも冒険者と同様レベルという概念が存在し、モンスターは他の地へ移動することもなくその場に居ながら着実にレベルをあげていくという寸法であった。不幸にもナミモリにはNPCが多い。早く対処しなければいずれこの死の町はそう遠くない未来増えていくことだろう。

「聞かせてくださりありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」

 あまり宜しくない話であった。食事を平らげ、飲み屋の娘にチップを弾んだ後に骸はゆっくりと空を仰ぐ。濃紺の闇はいつもと変わらないようにも感じられたが、しかし案外近くに不吉なものが近付いてきている。これはどうしようもない事実であり避けようもあるまい。ハア、とひとつ息を吐き出すとそのままどこへ寄るでもなく宿へと足を運ぶ。


 PTメンバーの居る宿屋へ戻るとちょうど彼らも町で手に入れた情報を共有している頃であったらしい。タンク役を担う城島犬は既に小難しい話をしているのに飽きたのか早々に脱落しているようであったが。

「やはり例の件で持ちきりです」
「思った通りですねえ」
「ではそちらも?」

 どれだけ離れた町でもナミモリの件は既に広まってはいるようであった。実を言うと2つ、3つ前の町に滞在していた時からこの話は聞き及んでいたのだがどこでも結局は同じような情報しか得ることはできない。どうやらこの噂についてはおおよそ当たってはいるようで、だからこそ骸はどうしたものかとベッドに腰かけながら顎に手をやった。何しろ現在いる場所はすでにナミモリの隣町。根付いた町人がこれまで住んできた町を捨てることもできず、しかしモンスターを恐れ外を自由に出歩くこともなく昼夜関わらず外にいるのはNPCのみであった。だからなのか冒険者のことは歓迎されていたようにも感じたのだが、しかし敢えて骸達に向かってモンスターを依頼する町人は誰一人いない。恐らくだが今まで討伐、或いは少しでも成果をあげたこともないに違いない。

「そいつ喰っちまっていいんれすかあ?」
「クフフ、モンスターの大きさは僕の数倍はあると言いますからねえ。犬もしばらくは食事もいらなくなるかもしれません」
「…犬、腹壊すよ」

 どれほどまでの規模のモンスターなのか分からないが恐らく正面きっての戦闘は避けた方が良いだろう。もとよりこのPT正々堂々という戦い方からはひどく離れている自覚がある。パシン、本人の静かな声とは裏腹に武器であるヘッジホッグを空鳴らす千種の行動を横目に骸は薄く笑みを浮かべ彼の町のある方向を窓ごしに見遣った。何十、何百の人間、モンスター、或いはNPCを倒してきたフィールドボスに匹敵する成長するモンスター。それを倒せば骸が必要としているものは全て手に入るに違いない。再度クフフと妖しげに笑みを漏らし、右の赤い瞳に炎を灯しながらPTメンバーを見渡し目的を告げる。

「さあ、狩りを始めましょう」
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