”ナミモリ”

「思っていたより道中は何もなかったびょん」
「クローム、この付近に他にトラップはありそうですか」
「……いいえ、見当たりません」
「そうですか」

 隣町であるナミモリとコクヨウの間には大きな森があったもののそれぐらいだ。モンスターは冒険者に狩り尽くされたのか、これから遭遇することになるだろうモンスターに喰われてしまったのか、はたまた例のモンスターを恐れ移動してしまったのかは定かではない。しかし本当に何もない森であった。稀に冒険者が設置したのであろうトラップが置かれていたがせいぜいそれぐらいで結局骸達は武器ひとつ使うことなく森を抜けることとなる。むしろ不気味と言っていいほど何も起こることはなく、生物の息吹すら感じ取ることすらできず。生きながら死んでいくとは言い得て妙。現在の状況を正しく説明するに適した言葉である。生き物もおらずただそこに植物が、木々がある。壊れても燃えたとしてもワールドリセットにより自然と建築物は戻るという世界のシステムの所為で誰の需要がなくとも修復されてしまう。誰にも必要とされぬ、あまりにも死に近い場所――そう評しても問題はなかろう。

「見えてきました」
「…そのようですね」

 ”始まりの地”、ナミモリ。新人冒険者にとって過ごしやすい場所であったはずのそこは現在中堅層冒険者達の生命も平気で奪う戦場となっていた。まず眉間に皺を寄せたのは犬で、血の匂いがひどすぎると吐き捨てるように一言。別段嗅覚が発達しているわけでもない骸がそれを感じ取れたのはもっと町に近付いた時で、その時には自身の目でもそれを確認することができた。――町の前に積まれた死骸の数々を。十中八九今回の騒動に巻き込まれた町人か冒険者であろう。どれも死んでからかなりの日にちが経過しているようで著しく劣化し、またひどい腐臭が骸達を襲う。さらに近付けばそのほとんどが五体満足の状態ではないことまで確認でき、どこかしらを切り刻まれたり欠損している状態で思わず隣を歩むクロームが目を伏せるのも仕方のないことである。モンスターが人間を殺したあと一纏めにそこに投げ捨てたのだろうか。自分の巣付近に餌を置いてストックするという厄介な習性を持つ類いの可能性だって否めず、ならばやはりこの付近に奴が住んでいる可能性が高い。
 しかしここからではどうにもモンスターが動き回っている気配は感じ取ることはできず、また耳をすましても町中で物音は聞こえない。鳥のさえずりすら聞こえることはなく静寂しきっているが今は眠っているのであろうか。それともどこかに出歩いているのか…憶測で動くのはあまりよろしくはないということは理解っているしこちらには人から聞いた噂しか情報はない。何の準備もなく敵地に乗り込むことなんて愚の骨頂である。

「ではいつものように情報収集といきましょうか」
「わかりました」
「敵見っけても殺っちゃらめれすか?」
「大物以外は構いません。あと、…そうですね、人間が生きていれば協力を仰いでも良いでしょう。とにかく僕は、モンスターを倒すことよりも何故こうなってしまった原因を知りたいのです」

 元々攻撃的なモンスターであるのならば分からないでもない。モンスターが町を飲み込むなどというイベントは流石に体験したことはなかったが骸が知らないだけで消えている町がある、などというのも有り得ない話ではない。
 しかしそうならば何故この程度で被害が収まっているのか分からないのだ。町人も全滅しているであろう今、モンスターが狙えるのはNPCぐらいである。建物の崩壊ぐらいである。となればオート反撃が搭載されていない通常NPCだけであればほんの1時間もあれば彼らどころかこのナミモリ全体を灰と化することも不可能ではないはずだ。なのにそうしなかったということが骸にとっては気になることなのであった。このナミモリという土地に何か遺恨があるのか、はたまたここに何かがあるのか。何故ここから動くことはないのか。何故隣町にあるコクヨウに足を運ぶことがこれまでなかったのか。
 無知とは無力だ。何も知らぬまま武器を振り回して倒せる相手であればいいが一筋縄ではいかないという予想はついている。…だからこそ。

「二手に分かれましょう。犬と千種は再度森の中に入りつつもう一方の町の入り口から、僕達はこのまま付近を探索した後に町へ入ります」
「合流はどうしますか」
「そうですねえ…ではまた僕の方から追って連絡します。それまでは詮索を」

 決して短くない期間骸は冒険者をやってきた。だからこそ昨夜のような人間相手に情報収集もさることながら、今回のように現地で糸口を探し出すことも当然だと思っている。が、しかしそれはあくまでも骸だけだ。PTメンバー全員が同じような人間であつまった訳ではない。骸を慕う者達であるものの性格は全く異なり、今も犬は地味な情報収集を嫌がっているし千種は骸の決めた分け方に意義があると言わんばかりに大きく溜息をついている。一番大人しいのはクロームだが彼女は彼女で一刻も早くこのような─流石にこの現場が女性には厳しいと分かっているのだが─場所から脱したいと思っているに違いない。
 ピリリとした空気が流れたのは一瞬のこと、犬が自分から視線を外し隣にいるクロームを見下ろした。

「おい、クローム。骸さんの足引っ張んなよ」
「…わかってる」

 犬はクロームのことを信頼していない。同郷である骸には絶対な信頼を、また同じ環境で過ごしてきた千種とは対等であると自覚はしているのだが最近加入したばかりの彼女に対して態度が手厳しいのは今に始まったものではなかった。そしてそんな態度は当然彼女にも伝わり、であると彼女も同じような態度で返してしまうのは極めて自然なことである。仲が良いのか悪いのかと聞かれれば恐らく後者になるのだろうが今は言及している場合ではない。

「ではまた後ほど」

 これ以上諍いを起こすこともないよう無理やり引きはがすかのように言うと彼らの動きは大人しくピタリと止まる。そして骸の指示を素直に聞き、速やかに移動を開始する犬と千種の背中を見届けた後、骸はそのままクロームを引き連れナミモリの町へ向かって歩き出す。
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