冒険者Dの言い訳

 やるしかねえ! やるしかねえ! やるしかねえ!

 先日武器屋で新調したばかりの鋼の剣を構えながら、既に割れてしまった盾を放り投げつつ俺は全力で近くの町・ナミモリへと走りこんできた。後ろから十数人のPTメンバーが追いかけてくるがこれがほんの1時間前までは5倍近くだったってことを誰が信じるだろうか。

 事の発端はナミモリとコクヨウを隔てる深い森に眠る宝ってモンの噂が流れてきたからだ。曰くそれはどんな人間でも思うがままに操ることのできる道具であるだの、魔法適応力がなくとも魔法が使えるようになるだの、そういった類の冒険者なら誰でも喜びそうなネタだったはずだ。俺もナイフによる殺傷力を活かしたアサシン一択で生きてきたが魔剣士になるのも悪くはねえと募集にのっかって知らない冒険者達とPTを組んだ。集まったPT数、おおよそ50。俺みたいな一匹狼はどこかのPTと簡易な契約して共に組み、もしも手に入れたら按分するという約束でついさっきまで意気揚々と森の中を歩いていたはずだったんだ。
 宝が本当にあったのかどうかは知らねえ。実際そういうものがありそうな建物を見つけるまでには至ったがそこから出てきた化物が尋常じゃなかった。恐らくは宝の守り人と言ったところなのか……最初は確か小さいモンスターだったはずだった。相手のステータスをスキャンし数値化することのできるスキルを持つヤツが見たときはたかだがレベル30程度の小型モンスターだったはずなのにヤツの体力ゲージが2割きった後に起こったのが地獄だった。ヤツは俺達の見たことのないスキルを有していたんだ。

「…クソが!」

 自身を分身させる。それがヤツの特殊で、最悪で、災厄なスキルだった。レベルの低かった頃、中型モンスターにはよく似たようなスキルを使ってくるヤツは居たがそういう時は大概幻覚の類いか、或いは実体を伴っていた代わりに1匹1匹が弱体化するというデメリット―こちらにしてみればメリットしかないが―を持っていたっていうのにあいつは違う。何度も何度も燃やし、デバフを重ね上げ、斬って薙いで首を刎ね――気が付けば10回は軽く倒していたはずなのに未だそいつは地に伏すことはなかった。そして再度ヤツのステータスをスキャンした時には時すでに遅し。1匹だったはずの敵は2匹に、3匹に、4匹に。レベルは30だったはずなのに80近くにまで駄々上がり、しかし俺達は人間である以上HPもMPも限度がある。ヒーラーはとっくにMPが尽きていたし火力組ももう残り手数がない。そんな時にタンク…つまりHPに自身がありヤツのヘイトを一身に受け、ヒーラーからの回復をもらって他のHPが低い職の奴らに攻撃がいかないようなスキルを持っていた盾役の首が飛んだ。

 何の比喩もなく、ただ物理的に首が飛んだのだ。

 それはヒーラーのMPがなくなったからなのかもしれないしタンクが自身を守る、防御力を飛躍的にあげるスキルを使い忘れたからなのかもしれない。はたまた敵が強くなった所為で無意味になったのかもしれない。しかしそれがもう致命的だった。俺達は敵わないと思ってしまった。冒険者たる者、未知の場所に思いを馳せ、知らないイベントや知らないモンスター、誰も所有したことのない宝に心躍らせるはずの人種たる”冒険者”がとうとう敗北を悟ってしまった。
 そこからの記憶はほとんどない。恐慌状態に陥った俺達はヤツに背を向けひたすら逃げ始めた。が、そんな簡単に逃がしてくれる相手ではないらしく俺の後ろを走っていた人間が一人、また一人と悲鳴をあげながら捕まっていく。喰われていく。俺だって何度前を走っていた冒険者に蹴られたことか。何度後ろを走っていた冒険者に命乞いをされたことか。さっきまで仲間だった奴が圧倒的勝者を前にすれば一気に敵へと変貌する。俺の周りは全て敵だった。

「……逃げ、られたのか」

 ただ闇雲に走って賭けて、明かりのあるところを目指して逃げてきた。俺はもうあいつと再度会うつもりは毛頭ない。心身ともに疲弊し、もうこれを無事に逃れることができたら冒険者から足を洗う決意すらついた。――しかし、俺は知っている。アサシンの俺は後ろからおびただしくおぞましい気配が後ろを走ってきているのを知っている。足を止めるわけにはいかないし追いつくわけにはいかない。ならば俺は生き残る為に他者を陥れることだって止めはしない。

「あなた冒険者ね?ナミモリへようこそ!何もない町だけどゆっくりしていってね」

 悪いが足止めになってもらうぜ。

 モンスターという種族は人間とNPCの区別をつけることはできない。そして今回の敵は顕著だったが生命反応を感じ取るスキルがあるらしくそこに生き物がいる限り、殲滅しないと前へ進まないというまさに狩り人、逃げ遅れた者にとっては地獄でしかない特徴を持っている。恐らく体力ゲージ表記がある者を見ることができるのだろう。例えばこのHPが69しかない名もなきNPCですらその対象となる。1秒、10秒でもいい、その間に俺は同じ時間だけ逃げることができる。幸いこの始まりの地と呼ばれるナミモリにはNPCが大量にあるし町人はそこまで多くはない。…この作戦を昔も考えたことはあったが非人道的すぎると当時のPTメンバーに非難された記憶があったか。だが今掛かっているのは俺の生命だ。俺は、死ぬわけにはいかねえ。どうせNPCならばワールドリセットがくれば建物ごと復活する。さすがに町人に関してはどうしようもないがこの町が潰れてなくなる訳じゃねえし構わねえだろうよ。要は囮だ。要は盾だ。どちらにせよNPCには痛みの感情はないし使えるものは使うべきだろうが。

「お前、モンスターに襲われた経験はあるか」
「あなた冒険者ね?ナミモリへようこそ!何もない町だけどゆっくりしていってね」
「お前みたいな案内NPCでも人間様の役に立てるんだ、ありがたく思えよ」
「あなた冒険者ね?ナミモリへようこそ!何もない町だけどゆっくりしていってね」
「……じゃあな」

 もっとも今後はワールドリセットがきてもすぐにモンスターに喰われる巣窟となるだろうがな。ナミモリはあと数刻、1時間もしないうちに地獄と化し、生きながら死ぬ町となるだろうよ。
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