契約NPC

 何故これほどまでに勧誘してくるのだろうとサツキは思っているに違いない。
 ただ珍しいから? ――否、そうではない。
 ただ容姿が、瞳が似ているから? ――否、そういうわけではない。

 気が付けば、骸はこの少女を非常に欲しいと思ってしまっていたのである。
 それは男女云々の感情からではなく、手元にあれば便利であるとそう思ったからだ。それにあの杖も。

 NPCや町から出ることのない町人では得ることのできない情報というものがある。町から町へ、ダンジョンからダンジョンへ歩み続ける冒険者にだけ伝わる、決して町人の耳には入らぬようにしている情報というものがある。ずいぶん前に1度聞いたことがあった程度であったがコレは伝承でしか聞いたことのないような代物、呪われた武器シリーズと呼ばれるもの。そういったものやシリーズがこの広い世界にはいくつか存在するという。恐らくそれか、それに類似したものであるに違いないと骸は踏んでいる。
 杖に関しては骸たちは適正ではないため、装備することはできないがもしもこれが槍であれば骸が装備することも出来るし、剣であれば犬や千種が持つことが出来る。解析し、改良を加えることができればクロームにも有幻覚で持たせることが出来るだろう。そうなればもう自分たちに恐れるものなど何もない。もっと自由な生活をすることが出来る。それこそが骸たちの願ったもの。思ったときに禁書を閲覧することができるし特Aランクの武器所持も認めさせることができる。自分の好きなように研究に没頭するのも悪くはない。彼女はその願いのための足掛かりに成り得るのだ。
 元はといえば骸たちの拠点にしているコクヨウの隣にあるナミモリの事件であるから、と足を伸ばしただけであったのにこれは予想外の収穫だ。それをサツキが否と首を振っただけではいそうですかと諦めるつもりはさらさらない。

「…では、サツキ。言い方を変えましょう。僕たちと共に旅に出ましょう」

 この少女を手に入れるためならば道化にもなろう。
 普段では到底有り得ない微笑を浮かべサツキへと手を伸ばすとそれを間近で見た犬がとんでもないものを見たと言わんばかりにヒッと声をあげたがそれには気付かなかったことにして。人の良い笑みと言うものが果たしてNPCに通用するのかは分からないがこれは骸にとって最大限の譲歩であり、非常に友好的な勧誘であるのだ。

「もちろん決して良いことばかりじゃないですけどね。ねえ、犬」
「そ、そうだびょん。寝るとこ見つかんなかったら野宿らし」
「…面倒な人間もいっぱいいる」
「でも綺麗な景色も、美味しいごはんもたくさんある」

 骸が勧誘するつもりであると分かれば犬たちもサツキを囲み、冒険者としての生活を語っていく。少しだけ困ったような顔をしながらもサツキは彼らの言葉すべてに耳を傾けているのが分かった。だが、やはり。…やはり、それだけではまだ足りないらしい。聞けば聞くほど彼女の眉間に皺が寄っているのである。
 それは今回のことが解決したことで今後ナミモリにやって来るだろう冒険者たちを考えた故の憂いか。はたまたNPCとしての在り方を思ったが故の罪悪感か。ただ町の名を名乗るだけの案内NPCがそこまでこのナミモリに固執する理由があるのか考えたがこればかりはNPCと人間、分かり合えるものではないだろう。しかしこのまま逃すつもりは、やはりない。

「まだ今は迷っているようですが僕たちは待ちますよ。気になったら、僕たちを追いかけてくれますか?」
「…追いかけ、る?」
「ええ。この杖は縮小して君に預けます。どうやら僕たちには触れないようですからね。君はこれを隠し続けてください。そして、」

 自身の右目に力を込め、杖が小さくなっていく。やがてサツキの小さな手のひらサイズになったことを確認すると骸はおもむろに彼女の手の上に己の手を重ねた。ひんやりと冷たいが皮膚の感覚は人間そのもの。弾力があるがこの下には血ではなくコードの類がたくさんあるのだろうと思うと何だか不思議な感じではある。
 大して抵抗もしなかったのでそのまま杖を握りこませ、そこから他の人間には見えないよう幻術をかけていく。これで例え足元に置こうが埋めようが、ポケットに入れておこうが誰にも分からないだろう。相当なレベルの冒険者でない限り宝を探しだすスペルでも感知されないはずだ。

「冒険者になりたくなったらそれを持って、僕たちのところへ来てください。僕たちの居場所がわかるアイテムを君に託します」
「…行かないかもしれません」
「それでもいいですよ。君が決めればいいのです。君は自我を得たのだから」

 サツキへと無理やり渡したそれもまたレアアイテムであり、ドロップした貴重品を預かる役割である千種がピクリと反応したが文句を言うことはない。
 杖とアイテムと。その2つを金銭に換算すれば恐らくとんでもない額になるのだがそれをサツキは悟ったのだろうか。とうとう困り果てた顔をしてハアと溜息を吐くその姿は人間以外の何者でもない。

「骸、あなたは…」
「説教は結構。僕は冒険者です。自由に、僕の思ったまま動くだけですからね」

 もしも彼女が追ってこなかったとしてもその杖を回収しに来ることはない。つまり彼女がこのナミモリから自分から出ない限り、これで今生の別れというわけだ。これ以上骸たちも関与することはない。すべてはサツキの自由。彼女の役割を考えるのであれば元々居た場所で案内NPCとしての仕事をするだけ、そして骸たちはまた気ままな冒険者としての旅を続けるだけだ。
 そこまで全て話した後、諦めたのはサツキだった。「わかりました、」とコクリと小さく頷いたのを確認し、そこでようやく骸はクフフと満足そうに笑みを浮かべ。

「契約完了です。では、僕たちはこれで。…Arrivederci」
「ええ、さようなら」




 ターゲットモンスターが消え去った後の地を調べてから帰ることにした骸たちはその場でサツキと別れ、違う道を歩み始める。周囲の環境を計測してみたが土壌に何ら問題もなく、例の霧に覆われた水や木々にも変化はない。本当にあのモンスターだけ。あのターゲットにしたモンスターのみが杖の被害者であり、周りは影響を受けなかったようだった。
 この様子ならナミモリが元に戻るのもそう遅くはないだろう。始まりの地と呼ばれ、新米冒険者たちが集う場所としてまた栄えていくのだろう。ただし途絶えてしまった町人については戻ってくることもないのでどうなるかは分からないが。

「骸さん、あいつ来ますかね」

 ほんの少し不安だと言わんばかりの声を発したのは犬だった。見たところ犬は新しいPTメンバーについて微妙な反応を示していたと思っていたがどうやら見当違いだったらしい。ということは彼女がこのPTに加入することになってもそう問題は起きることはないだろう。基本的にここの人間たちは自分の仲間である、身内である、使える者であると判断した相手にはとことん甘くなる傾向があるのだ。クロームは元々女性―機械ではあるが―の加入を喜んでいる節があったし千種はあのレアアイテムさえ戻ってくればあとは無関心を貫くに違いない。
 とはいえど彼女のことを気に入ったから、という理由ではないことを骸は知っていた。この3人は彼女に対し、先の戦闘で骸の信頼をわずかでも得ることができたということを評価しているのだ。それでも構わないと骸は思っている。仲間だ、絆だというものは自分たちに不要の代物。骸が核となり軸となる細い繋がり。それがあればこの異色のPTに加入する条件としてはすでに十分なのである。

「来ますよ」

 いやに上機嫌な声になってしまった。だがそれを今更否定するつもりは毛頭ない。

「冒険者としての楽しみを知ったのです。あとは時間の問題でしょう」

 モンスター討伐の楽しさを知ってしまった。PTというものが何だか知ってしまった。アイテムを預けられる、という人間同士でしか有り得なかったやり取りを経験してしまった。作戦が何たるかを知ってしまった。そんな彼女はもうこれからNPCとしての生活に戻ったとして物足りなさを感じるはずだ。

 座標69.69。それが本来サツキが居るべき場所。そこへ淡々と、同じ歩調で向かう小さな背中を見届け、骸はただ笑った。

 種は既にまいた。あとはそれが芽吹くのを待つだけなのだ。
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