打開

「危ない!」
「え、」

 傍から鋭い声が飛んだのとサツキの決して軽くはない身体が宙に浮いたのは同時だった。ターゲットモンスターにより宙へと突き上げられたのである。
 それは油断でも何でもなかった。元より機械人形であるサツキは気を抜くという行為すらどんなものなのかも想像はつかなかっただろう。それはただモンスターが予想以上の速度であったということだ。対象者が生き物であるが故の読み間違い。追い詰められたモンスターのすることなどデータを基にして動くNPCが読めるはずがなかったのであった。だからこそサツキは一瞬出遅れた。
 パッと思考を切り替えたものの起こってしまったことはもうどうにもならず、ただもしそのまま地面へ叩きつけられれば流石の自分もモンスターからの直接的な攻撃ではない為にダメージを負うのはすぐに把握し大きく手を伸ばす。
 モンスターから直接攻撃を受けた場合はNPCとしての防衛機能が発動し異様な防御力を得ることが出来るのだが如何せんこれは間接的な攻撃と換算され、少なからずダメージを負うことになるだろう。それにこのまま落ちればターゲットモンスターに食われるか、良くて踏みつけられるか。どちらにせよしばらく戦線離脱しなければならない未来しか予測できずこれは良くない結果である、とサツキはあくまで冷静に分析していく。

 この間、わずか0.5秒。

 流石機械というところなのだろうか、サツキの中では自分が行うことのできる行動を幾つかピックアップしていく。
 そう、このまま自分が行動不能状態に陥るのは非常にまずい。過大評価するわけではなく、ヒールできる唯一の自分がPTから抜けることになるのは一番避けたいことなのだ。そうでなくては彼らを回復できる者は居ないのだから。勢いづいた彼らはサツキを失ったことによりこれまでの戦闘方法に戻るだろうがそれではならないのだ。この現状がひっくり返ることだって有り得てしまう。そうなれば先までの戦闘がなかったことになってしまう。骸たちがこのまま押し負けることも有り得ない話となってしまう。そうなるとどうなるか。戦闘終了だ。ナミモリはこのままモンスターの巣へと逆戻りの道である。

 ――嫌だ。

 どうしてそんなことを思ったのかは分からない。何なのだその単語は。どうしてそのような言葉が思い浮かんでしまったのだろうか。本来ここで思うべきはこの戦闘の不利に対しての解決方法のみでよかったはず。それはまるで、人間の感情のような。
 そして、困ったことにそれはやはりナミモリの今後を考えての思いではなかった。否、それよりもむしろ――むしろ、自分が何かを強く思ったことにサツキは驚きを禁じ得ない。

 何故嫌だと思ったのか。
 …それは骸たちの足手まといになりたくなかったからだ。

 では、何故困惑したのか。
 それは戦闘をこんなところで中断したくなかったからだ。

 NPCである自分は純サポート型の機械人形である。本来はナミモリの町人の生活を守ることを主にして作られているはずであった。そしてイレギュラーが起こった場合、町人の次に優先すべきは冒険者。ワールドリセットで何もかも修復が可能な自分は何よりも後回しにすべきことだというのにサツキが思ったのはあくまで自分のことだ。
 この戦闘を楽しいと思っている自分がいる。
 この戦闘を続け、攻略したいと思っている自分がいる。
 認めざるを得ない。だって自分は今、とても楽しいと笑っているのだから。

「……骸っ!」

 それは骸たち4人のみが目にした奇跡。
 どう動くにしろ脳内で計算し続けていたが故に生きた人間との連携が取れず振り回され続けていたNPCが自発的に物事を考えたという本来では有り得ないはずの現実。意思のある人間では当然の、機械人形では有り得ぬ緊迫した声を張り上げ、骸を見たその赤い瞳。驚きに目を見開いた自分と同じ赤い瞳は、だが次の瞬間強く頷いたかと思うと手にしていた槍を構え攻撃の為の呪文を唱え始める。
 しかし犬たちは知っていた。その攻撃は超近距離でしか使えない、骸の持つ最大奥義であるということを。今いる場所から到底届くわけでもないということも。
 だが骸の詠唱は止まらない。流れるように、まるで歌でもうたっているような軽やかさで詠唱される何節にも及ぶ長いスペルを一字一句間違えることもなく唱え続けていく。ステータスを見ることができる人間であればそれは同時に骸のHPもMPも減少していくのが目に見えて分かることだろう。自爆ではないがその攻撃の対価は決して安くはないということなのだから。

「…骸様」
「私たちは、ここで守るだけ」
「わーってるびょん!」

 このままその場から動くこともなければ骸は味方を巻き添えにして瀕死になる。しかしそこから犬も千種もクロームも動かないのはこれがあらかじめ立てられていた作戦だからというわけではない。むしろ先ほどまではサツキを見捨ててナミモリの町から抜けることを考えていたぐらいなのだ。
 骸の詠唱を邪魔立てする者は誰も居ない。ただ彼の意図がよく分からぬままに、ただ彼を信じるのみ。そして骸が見捨てる予定であったサツキを強く見続けている以上、2人の中に何かが生じた・或いはこの現状を打破する何かを今この瞬間見出せたと仮定しターゲットモンスターがこちらに攻撃してこないよう守るを固めるのみ。

「グガアア!」

 まるでオモチャのように宙へと舞い上がったサツキはそのまま重力に逆らわず落ちるだけ。その下は地面ではなくターゲットモンスターが口を広げて待っている。このままでは噛み砕かれてしまうことだろう。己には痛覚もないし生命は無限にあるが流石に四肢をバラされてしまえば行動不能は免れない。次のワールドリセットが来るまでモンスターの胃の中に在るか、地面に残骸を放置されることだろう。少なくともこれまで何度かそういう出来事はあった。決して怖いわけではない。そういう意味で骸を呼んだのではない。助けを求めたわけではない。
 ――そう、これはむしろ、

「”簡易テレポーテーション”!」
「!?」

 ターゲットモンスターには自我がある。自分よりレベルの高い冒険者相手には牙を向けることもないのは恐ろしいからだ。自分よりレベルの低い冒険者相手には積極的に攻撃を仕掛けるのは勝てると思っているからだ。サツキを狙ったのもNPCであるからというわけではなく骸たち4人よりもサツキのステータスが異常に低かったからなのである。
 だからこそターゲットモンスターは怯んだのだ。サツキを食してやろうと頭上へ突き上げたというのに上から落ちてきたのは彼女ではなかったことに。バチバチバチと火花を散らした三叉の槍の穂先をこちらへ向けた男であったということに。

「グギャアアアア!!!」

 目玉を抉ると身体全体がビリビリと痺れるような、耳をも聾するモンスターの悲鳴。ザシュリと肉を切る音。最後のあがきとばかりに飛び跳ねる巨体。周りに飛び散る、おびただしいほどの赤黒い血液。
 槍はそのまま勢いを止めることはない。体重をさらに掛け続けるとそのまま少しずつ埋まり始め、それに比例しターゲットモンスターのHPがみるみるうちに減っていく。それは骸以外の3人も確認でき、彼らもまた言葉なく頷きあいターゲットモンスターへと襲い掛かる。尖った爪でモンスターの肉を割き、毒を盛り、幻術でデバフを増やしさらにHPゲージの減少が加速していく。骸と入れ替わったサツキは攻撃の手段をそもそも持っておらずただ元々骸の居た場所で彼らの背中を見ながら立ち尽くすのみ。
 それはあまりにも鮮やかな手際。取れていなさそうでこれ以上ないというほど完璧な連携。これが彼ら。――これが、冒険者なのか。

「……意外と呆気ないものです」

 やがて服を返り血で染め上げた骸はピクリとも動かなくなったターゲットモンスターの上で槍を引き抜き、面白くなさそうに呟いた。
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