勧誘NPC

「…なるほど、これが元凶というわけですか」

 ターゲットモンスターの討伐が終わった後、やってくる静けさとは逆に不思議な現象が起きていた。
 ここらに蔓延っていたモンスターたちは全匹残らず死んだはずである。ここに居る生きた者は骸たち冒険者以外いないはずなのである。しかし骸が槍を引き抜いた瞬間、噴き出したのは血ではなく濃紺の霧。槍を再度構える暇もなくぶわっと勢いよく辺りを包んだかと思うと一瞬で大きなターゲットモンスターは消え去り、後には1本の禍々しい杖がカランと乾いた音を立て地面に投げ出されたのであった。

「サツキ、これは何か分かりますか?」

 すぐにそれに手を伸ばさないのは骸にとってもその武器は見覚えがなかったものだったからだ。こんな黒いオーラで覆われた武器が何故モンスターが消えてそれが現れたのか想像がつかない。それに今まで有り得ないことばかり起きてきたのだ、これだって安易に手にすればどうなるか分かったものではない。NPCに聞いたのは彼女自身が機械であり、またこの世界の大部分の情報…もちろん骸ですら知らないような膨大な知識をその身に宿しているからである。

「……いえ、私の記録にはありません。ただ人間はむやみに手を伸ばさない方が良いでしょう」

 そう言って骸たちを制しておきながら身をかがめ気軽にソレへと近づいたのはやはり彼女自身が人間ではないという自覚があること、それでいてNPCであれば問題がないと判断したからであろう。
 ヒョイッと彼女は軽々とその禍々しいオーラを持ったままの杖を拾い上げた。自分の頭上よりも高く持ち上げ、じっくりとそれを回しながら観察する。瞬きをすることもなく忙しなく動くその瞳は杖のデータをスキャン。今はネットワークを駆使し色んな情報を得ている最中と言ったところだろうか。彼女の中にどれほどのデータが搭載されているのかは定かではないが便利な機能を有しているには違いない。

 それにしても、と骸はまじまじとサツキを見遣る。生きながら死んでいく町と言われたナミモリをこのようにしたターゲットモンスターを倒したのは良い。だがそれは骸たちのPTだけでは叶わなかったことだ。情報不足であった自分たちはこのNPCが居なければとっくに全滅していたか、はたまた面倒な相手であると撤退していたことだろう。それがまさかNPCによって助け出されてしまうとは。結局このNPCがナミモリを救ったと言ったって間違いではあるまい。そのようなことを他の人間たちは決して信じるはずがないのだが。

「…解析終了。似たような記録すらありませんでしたが、どうやらこれは所持した者に狂化のステータスを付与するようです」
「ほう」
「所持者の望みをかなえる、という一点であれば秘宝と呼んで差し支えないかもしれませんね。しかしそれだけを強く望むがあまり最期はこうやって暴走状態に陥り、やがて肉体が追いつかなくなって霧散する。…そんなところでしょう」

 憶測にしか過ぎませんが、と最後に付け加えるがあながちそれも間違いではないのだろうと骸は思う。きっとすべての元凶はこの杖だ。これをたまたま得ることのできたターゲットモンスターは彼らの繁栄を願ったのか、或いは冒険者に追い立てられ死にたくないと思ったのか。はたまたただナミモリから出なかったように自分のテリトリーが欲しかっただけなのかもしれない。 
 モンスターが死んでしまった今、アレがどのようなことを願ったか分からない。だがそう望んだせいでモンスターは自身のステータスを杖によって書き換えられ、意志は願いを叶えるだけに歪められ、挙句最期にはこうやって何も残らず消え失せた。杖に食われたと言っても差し支えない。今回手に入れたのがモンスターだからこれで終わったがもしも悪意を持った人間がこれを手にすればどうなることであったか。…なるほど、これは秘宝だ。いい意味でも、もちろん悪い意味でも。
 くるりくるり、とサツキはその杖を回したあとその先を地面につけた。カツン、と音が鳴ったもののこの土地に影響を与えることはない。さて、とサツキは言葉を続ける。

「さて、冒険者骸。あなたはこれをどうしますか?」
「…どうする、とは」
「考えられる選択肢は3つです。この杖をあなたが持っていく、このナミモリへ置いておく、そして破壊する。あなた方には所持する権利も破棄する権利もあります」

 極端すぎるが、それが妥当な3択なのだろう。
 この件について知っているのは骸のPTとサツキだけ。そしてサツキはこのままどうなるかは知らないが進んで自分から他人に伝えることはないだろう。そもそも彼女に伝える相手というものが存在しないのだが。
 それから破壊するという点でも悪くはない。自分が所持すればどうなるかは今は分かっていないが試すのは疲労している今ではない。ただ他の人間に譲るということだけはあまり考えたくはない選択肢ではあるということだけは確定している。その人間がどう使うかによってこれ以上の規模の厄災が降りかかる可能性があるからだ。それよりも自分たちの手柄を他人に渡すことが不快ということもあるのだが。

 ふむ、と骸は一考する。犬たちは大して考えていないというよりは完全に骸に全てをゆだねているので相談する必要もない。…さてどうしたものか、と色んな可能性を想定していたが不意に目の前にいるサツキの瞳と目が合った。どうするのかと問う赤い瞳と。

 静かな目だった。

 穏やかな瞳であった。

 NPC特有の機械的で冷え冷えとしたものではない、まるで自分たちを見守るような優しさを含んだような、どことなく懐かしく感じるそれ。衣服は町人と同じようなものであったが見た目はクロームと同じぐらいの年齢であろうか。禍々しい杖を持っているというところとその赤色さえなければただの人間に見えなくもない。
 これは奇跡なのだ。バグだと彼女は自身をそう評していたが、まさにこれは誰でも有り得ることではない奇跡。機械人形が意志を持つなど誰が考え付いただろう。設計者ですら想像もつかなかったに違いない。異端者は迫害されるこの世の中ではまさにその対象になってしまったのである。…しかし、骸が抱いたのは同情や畏怖ではない。むしろその逆である。

「サツキ、」
「はい、何でしょう」
「君、僕に雇われませんか?」

 深く考えるでもなく口をついて出た言葉はある意味当然であった。後ろに控えていた者たちの反応はない。ハッとクロームの息をのむ音ぐらいだろうか。依然犬も千種からも反論は、ない。
 しかし別にその投げかけた質問は不自然ではないのだ。むしろこの異常なNPCを異常だらけのナミモリに置いておく方が可笑しいのではないだろうか。それにその杖を持つことができるのが人間ではないNPCであれば可能というのであればなおさら。サツキは多様な意味で適任者であり、彼女は確かに自分たちにとって必要不可欠な役割を果たすことができる。
 我ながら良い案だと思ったがサツキは視線を落とすと首を横に振った。

「それはできません、骸。私はこのナミモリのNPCです」
「しかし君は自我を得た」
「いいえ、自我を得たところで私の役割は変わりません。私は冒険者の純サポート型NPCです」
「僕たちも冒険者ですが」

 強引な誘いであっただろうか、と思ったが再度サツキを見下ろすとその赤い瞳が僅かに揺れているのが確認できてあながち失敗ではなかったのだと確信する。
 
 そう、彼女は意志を持ってしまった。

 今回、冒険者たる自分たちへ従来とは違うサポートをしたことで、彼女の中に本来存在していた常識的なものが歪み始めているのである。そうでなくてはターゲットモンスターを倒す際のあの作戦など咄嗟に思いつくはずがない。
 あれは間違いなく計算ではなかった。あれはあの時限り有効な、PTのことを考えた、もっとも人間らしい思考。それが生じている今、意識が変わってきていても何ら不自然ではない。
 だが、それだけでは足りない。彼女の持つ本来のNPCとしての在り方がそれを邪魔しているのだ。仕方のないことではあるが、今となっては不要なものでしかない。何故ならばもうすでに骸はこのNPCを気に入ってしまったからである。

「…けれど、」

 だからこそ未だ困惑気味に、強情にも是と頷くこともない彼女を見ながら、骸は足らずの言葉を探す。
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