反撃

「サツキ!」
「”簡易ヒール”!」
「……クッ」
「”簡易テレポーテーション”!」

 果たしてこれで良かったのか、とサツキは考える。だが答えはいつまでも出ない。出ることはない。幾ら解析したとして恐らく自分が満足する答えは出なかっただろう。圧倒的な火力を持つ彼らの中に組み込まれた、どれも簡易ではあるもののヒールとテレポーテーションの出来る自分。それはまさに理想的。それは自分の中での最適解と示す構成PTであるのだから。もっともそこに自分が介入しているという時点でまた疑問であるし、本来はここに生きた人間が参加しているという時点でサツキは否定しなければならなかったのだが。

 彼らがどうして戻ってきたのかサツキは理解することが出来なかった。
 何度思い返したとて自分は逃げるように提案したつもりだ。極力彼らの自尊心を傷つけることもないよう遠回しに言ったことが仇となったのかもしれない。もう少し言い方を帰るべきだったのかもしれない。しかし彼らは戻ってきて当然のように自分よりもモンスターの方へと近付き自分を後衛へと組み込んだ。そして彼らはごくごく自然に戦闘を開始し、自然にサツキへと指示を飛ばし始めたのである。

「サツキ、下がって!」
「はい!」

 意志が生じたと言っても他の人間たちとサツキは根本的に異なる生き物だ。もしもサツキが他の冒険者であればそんな動きは出来るはずがない! 自分を扱き使いすぎだ! と憤るに違いない。彼らの求めるスペックは凡人には到底備えることが出来ないのだ。だがその辺り、NPCであるサツキが他の生き物と違った点、優れた点なのである。骸達が指示をしなくとも彼らの望む動きをこなしてみせる。それはただ単に反応速度が並の冒険者を優に超えていたというところもあったがやはり機会人形である以上、突出した演算能力によりある程度予知して動いていたというところが大きい。よってサツキは骸達が臨時で雇ってきたかつてのヒーラーの誰よりも早い速度で馴染んでいったのである。
 それはまるで欠けていたパズルのピースが見つかったかのよう。まるで元々そこに在ったかのような自然さで、彼らはサツキ支援を受けつつすさまじい勢いのままモンスターを屠っていく。

 ただ、サツキは知らなかった。
 冒険者のステータスを見ることが出来るこの世界において、強さとは数値で表され閲覧することが出来る。その数字を拾うことさえ出来ればおおよその強さは判断できる。NPCであるサツキもそれは例外ではない。リアルタイムでのスキャン能力がないサツキは冒険者ギルドへと回線を繋ぎ彼らのステータスは把握しているはずであった。そして得た彼らの情報はサツキの中に記録され続けた冒険者データの中でも彼らは最高値をたたき出し、もしかして今回の件を収めてくれる何らかのキッカケをくれるかもしれないとすら思えるほどに彼らは優秀なPTであったのだ。だがそれだけではない。そのようなものではないということを今、彼女は目の前で思い知ることになる。

「……すごい」

 その一言に尽きる。否、それ以外の言葉をどう紡げよう。
 サツキは知らなかったのだ。彼らのステータス以外のことを知る由もなかったのだ。彼らの数値だけを見ればこの程度の火力、この程度の機動力、反応、そして蓄積されるであろう疲労…それらのことを全てを予想していたにも関わらず彼らはそれをいとも簡単に超えていったのである。それだけではない。むしろサツキが遅れをとっているほどだ。何故? その疑問は尽きない。何故彼らはこれほどまでに動けるのか。何故彼らはこれほどまでに戦うことが出来るのか。何故自分が追いつくことが出来ないのか。
 答えは至極単純だった。”ヒーラーがいなかったから”、それに尽きるのである。
 骸たちは元々4人での戦闘で日々鍛えられている。策を練る時もそうだ。ヒーラーという余所者を入れた計算をそもそもしない。回復に関しては何も期待はしておらず、わずかにHPが回復するポーションを利用する程度。それだって相手の1発をなかったかのようにする程度の効能しかない為、そうなると戦い方は防御をメインに置いた保守的なものになる。サツキが見ていた時もそういう戦い方をしていたのだ。
 だが今、一時とは言え骸の認めたヒーラーが組み込まれた今、何を遠慮する必要があるだろう。相手側の動きを見るような慎重な動きなど必要あるまい。結果的に元々尖った戦闘力を誇る骸たちの火力は倍増し、サツキが計算外の戦闘っぷりに振り回されているという状況であった。
 
「さて、」

 水を得た魚とはこのことか。ヒーラーを得た彼らに死角などなく、あっという間にターゲットモンスターに付き従う数多くのモンスターは潰えてしまった。昨日までの劣勢が嘘のようである。辺りにはモンスターの死骸が山積みとなり、ただでさえ荒廃していたナミモリの町は惨状と化していた。見るも無惨なこの風景をナミモリの住人が目にすることがなかったのは幸いだったのかもしれない。まさに地獄絵。おびただしい血に、獣の死骸。引きちぎられたものもあれば裂かれたものもあり、それらはまた違うモンスターが食らっていく。世は弱肉強食。これもまた仕方のない循環なのだ。誰も責めることはない。ただサツキに嗅覚があれば恐らくその腐臭に表情を歪ませていたことであろう。他のメンバーも表情こそ変わらなかったが嗅覚に優れた犬が強い不快感を示し、状態欄にそれがピコンと表示されている。――強烈な腐臭により素早さと命中率が10%落ちるデバフ表示。システムに則りサツキがすぐさまデバフ解除のスキルを唱え、万全の調子で最後の敵へと挑む。

 ターゲットモンスター、レベル計測不能。
 ステータス値はその辺にいるモンスターよりも断然高く、常に状態欄のところには『威圧』『戦闘待機』『ステータス上昇』『デバフ耐性』と言った錚々たるバフが表示されている。ここら一体のモンスターのステータスしか見たことのないサツキでも流石に並べられたバフが異常であることは分かるほどだ。隙がない。よくぞこんなに大きく成長するまで誰からも狩られなかったものだと思わざるを得ない。

「サツキ、準備はいいですか」
「……はい」

 だがこちらもステータスでは負けていない。前半の雑魚戦はMPをできるだけ使用しないと決めており時間をかけてしまったが当初の目的通り全員共にMPは十分に余裕がある。またHPはサツキが簡易ヒールを連続で行っているためこれも問題なし。元を正せば意志あるサツキもNPC。学習することのできる生きた機械人形だ。攻撃を食らう瞬間に簡易ヒールのタイミングを合わせればタンクの犬が倒れることはまず有り得ない。もっともヒールと攻撃を同時に受ける犬からするとこれはこれで違和感を覚えるようでしきりに不思議そうな顔をしているのだが。
 グルル、とターゲットモンスターの唸り声。残すはこの1体だけだ。これさえ終われば全てが終わる。これさえ消してしまえば、このナミモリでこれ以上の死傷者を増やすことはなくなる。元々サツキもそれが目的のはずである。NPCや町はワールドリセットを迎えれば元に戻るがかつて住んでいた町人は戻ることはない。そういう意味ではこの町は無人になってしまうのだがそれで良かったはずなのだ。また長い目で見て、いつか誰かがこの町に、住人が入ってくれればいい。そして自分は自我を得てしまったがまた自分の持ち場へ戻るのだ。座標にして69.69のあの場所へ。

「…問題ありません」

 なのに何故だろう。そのことを考えるだけで行動が鈍くなってしまうのは。自分にも何らかのデバフが生じたような、腹の底に大きな石を詰められたかのような、回線がやき切れるような、そんな感覚に陥ってしまうのは。不思議なものだ、と素直にサツキは思う。見えないデバフでもかけられてしまったのかとデバフ解除のスキルを唱えてみたのだがソレは一切緩和されることはなかった。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -