冒険者とNPC

 これまで何人も見捨ててきた。何人もの冒険者を、町人を、NPCを見殺しにしてきた。時に怨嗟の言葉を吐かれ、恨みを買い生命を狙われても骸たちはそれをものともせず生きてきた。生存しようという意志は皆揃いも揃って薄弱だったのだがそれ以上に他の輩の手にかかることだけは至極厭った故である。結果的に彼らのことを嫌ったり妬んだりする人間が現れ、困難が陥るたびに骸たちのレベルは飛躍的に向上。そうして今に至るのだ。皮肉なことに自分たちに向けられる負の感情が大きければ大きいほど自分たちは成長するのである。
 そういう意味では今回のナミモリの件。これに関しては骸たちにとってもイレギュラーと言えよう。骸の生粋の人間嫌いにより各町に寄りつくこともなければイベントもクエストも受諾もせず、それでいて誰もが不可能とされるようなダンジョンには平気で向かったりもする。そんな彼らが敢えて自分たちから足を運んだのはただそれが拠点とするコクヨウに程近かったからという理由だけなのだ。もしもモンスターの特性や強さや地理など、全てを把握し、総合で骸たちとは相性が悪いと判断しても結局はこうやって動いていたに違いない。メリットデメリットなどは当然考える。考えるのだが、だから動かない・だから逃げるのスタンスは全員が好まず、選ぶことはない。何があろうとも結果的には彼女と出会うことになっただろう。

 彼女・サツキ。

 NPCでありながら自我を持った機械人形。彼女の身に一体何が起こったのか興味が無いわけではない。何故ならば骸たちの生まれ育ったところでも彼らについて研究されていたからだ。アレに近しいものを作りたい。そして、出来ればそれは人間のような自我を持たせたい。そんなとち狂った研究機関だ。そんなものの為に骸たちも子供の頃から被検体として取り扱われてきたのである。もっとも彼らの目論見は失敗に終え骸たちによって壊滅されているのだが。あれらのことを決して忘れるつもりも赦すつもりもないが代わりに力を得た。他の冒険者たちでは一生かかっても得られることのない途方もない力だ。骸の右目が赤いのもそれの実験のひとつである。彼女を見た犬が過剰に反応していたのもそれが理由だったのだ。サツキ自身は己を不良品だと言ったが近しいものだろうというのが骸の見立てである。バグだったのかもしれないしイレギュラーな事が起こり始めている所為でそれの影響を受けたのかもしれない。原因は定かではないのだが、骸たちはそんな彼女を不思議だと思えど気味悪がることはなかった。

 むしろ逆なのである。
 骸の人間不信、極度の人間嫌いは生活しているうちに他の仲間にも伝染っていく。いつしかこちらに悪意を持たない人間に対しても敵意を持つようになってしまったのだが、NPCという人間ではないモノにはどう反応していいのか分からず戸惑っているようだった。人間に近い人間ではないモノ。無条件で自分達の味方をするモノ。そして今もまた自分達を逃そうと気軽に提案したモノだ。
 本来NPCは意志もなく感情もない。設置されたその場でプログラミングされた通りの一生を過ごすという役割を担っている。決められた期限などはなく、正常に機能している限り彼らはその役割から外れることはない。壊れるまで、ずっと、ずっとだ。彼らには核はあれど人間と同様の生命がなく、その点に関しては彼女も変わりがないのである。そこに何らかの原因があり感情と意志が出来上がってしまったというそれだけだ。決してあの機械に肩入れをするつもりはないが感情など無かった方が良いと骸は思う。延々と同じことを繰り返させられると分かっているのに自我を得てしまうなど苦痛でしかないだろうに。

「――ガハッ」

 後ろから小さな声が聞こえ思わず振り向いたが彼女は一切こちらを向くことはなく、ただモンスターの方を向いていた。小さな背中だったが低く構えたその様子はまるで何度も戦闘をこなしてきた冒険者と大差ないようにも見える。複数のモンスターを前にして逃げる素振りは見せずにずっとその場で動き続けていた。ここで彼らを縫い留めるのが彼女の仕事。そう自分で言っていた通り、彼女は動いているのだ。
 NPCはその性質によりモンスターに対し絶対優位、否、絶対的な防御力を持っている。しかし、だからと言ってずっと無傷でいられるはずがない。目を細めると複数のモンスターにより体当たりや噛みつかれ、何度も地面に転がされているサツキのHPは緩やかだが確実に減りつつあった。あれがゼロになった時すべてが決壊する。このままこの場所に居残っている骸たちに襲いかかるだろうし、ワールドリセットでサツキが復活するまでに彼らの行動範囲が広がっている可能性がある。そうなるともう絶望的だ。サツキはあくまでナミモリのNPC。外に出ることは出来ても彼女自身がそれを厭うだろう。あの娘の意識はナミモリを守ることに重点を置いているのだから。それが本人にとって無意識なのかどうかはこちら側からでは判断できなかったのだが。
 つまりもしもターゲットモンスターがナミモリの外に出たとして、彼女はそれを追うことはない。今はナミモリの外へ出ようとするモンスターを重点的に狩ってはいるがだからと言って一度外へ出てしまったモンスターを追って倒すのではなく中に留まり続けるモンスターを狩ることに専念するだろう。モンスターはやがてボスであるターゲットモンスターを引き連れ全部出ていく。そうすると彼らにもう恐れるものは何もなくなるのだ。死に戻りが出来て、且つ戦う意思のあるNPCは彼女しかいないのだから。
 そして現段階この世界ではナミモリの現状をどうにかしようという輩もいない。早々に手を打たなかった人間の傲慢さと愚かしさが招いた惨状である。人間は早くに策をとるべきであった。だが、もう遅い。このまま隣の町を飲み込み、更に奥へ奥へと勢力を伸ばせば冒険者はともかく戦いの術を持たない町人達に勝ち目はない。ワールドリセットで復活する建物とNPCのみの死の町が増えていくだけの未来は容易く想像出来る。
 だが、だからといってそれは大変ですねと自分たちが率先して出ていくと言う訳ではない。命を賭してでも守るべき価値を、そこに、愚かしい人間どもには見出せぬだけだ。

「…骸さん」
「……」

 だがこの現状。
 目の前の少女は明らかに疲弊し始め、しかしそれでもモンスターに立ち向かっている。それを見て彼らはどう思うかなど、これもまた想像に容易い。
 彼女の行動原理は単純だ。ただそうインプットされていたから。そういう機械人形であるからだ。では自分たちに何故話しかけたのか。それは自分たちに危険が差し迫っていたからであり、また、助力を得たいと思って姿を現したのである。本来彼女にとってこちらの人間は手を伸ばすべき相手ではない。もしもここにナミモリの生き残りがいればそちらを優先していただろう。ただもうその可能性もなく、目についた人間を救うべく動いた。サツキにとってはその程度の認識でしかないはずである。
 では、何故、自分たちは未だ彼女と別れたその場所から動けずにいるのか。クロームが、犬が、千種が、そんな骸を急かすことなくその場に居続けているのか。彼らは誰一人意見することもなかったが間違いなくアレに対し同情しているのだ。人間が目の前で死のうが何とも思わぬ連中が機械人形1体に複雑な感情を持っているのである。分からないでもない。何故ならば、――骸もそうだからだ。

「分かっていますよ」
「…でも、」
「ええ。それがサツキの望みです」

 分かっていた。これは自分達を助けるためだということを。これは自分達を逃すための時間稼ぎであるということも。もはやどうにもならぬところまで陥っているということを。自分達が去ったと同時にやってくるのはモンスター達による暴走。もう彼女が追いつくことはない。
 だがサツキもそれはわかっているはずだ。だからこそ骸たちに避難を提案した。人間であるからだ。守るべき相手だと心ではなく機能として、システムとしてそうインプットされているからだ。本来であれば彼女の意志を汲み、放置しておくべきなのだろう。
 「…分かっています」ああ、なのにどうして。

「……何故?」
「すいません、僕たちは天の邪鬼なので」

 彼女の前に立ち、槍を構えてしまったのは。数秒も遅れることなくその隣に犬も千種もクロームも各々の武器を手に並んでしまったのは。
 眼前に迫るのは自分たちと同等の力を持った複数のモンスター。先ほどと同じ立ち回りではまったく同じ結末をたどるに違いない。しかし、どうしてだろう。何故だか不思議と勝てそうだと思ってしまったのは。
 視線を感じ後ろを見るとそこにはこちらを見上げる瞳、…赤い瞳がある。機械らしからぬ困惑した表情と言うべきなのだろう。このNPCはどこまでも人間くさい。

「とっとと倒しますよ、サツキ」

 そこに自分たちはどう写っているのだろう。愚かしい人間だと思われているのだろうか。
 …どうでも良い事だ、と思う。今は目の前のモンスターを倒すことが先決。後でいくらでもその疑問に答えてやろう。骸はそう思いながらそれ以上言葉にすることなく三叉槍を振るう。そんな難しい問題ではないのだ。そんな難しい疑問ではなかったのだ。だって彼女はこんな不利な状況でも楽しそうに動いていたのだから。一切期待していなかった、計算もしていなかった骸たちの支援により一層笑みを濃くした彼女と共闘するのはきっと悪くはないことなのだと思えただけなのだから。
 いい意味でも悪い意味でも、彼らは冒険者である。まさに今、5人の、最高の構成であるPTの結成の瞬間であった。
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