骸が頷いたことによりNPCである自分の提案が通ったと理解したサツキはやはり機械人形らしくもなくホッと息をついた。
 自分は戦闘コンテンツを主とした人形ではない。ナミモリへ訪れた者を歓迎する言葉を述べるために生産された純サポート型NPCだ。だから、というべきか彼女は自我を得たところで人間に対し非常に友好的であったし、それが当然だと思っている。これは自分の意志云々などではなく元からそう言う風に設定されたのだと予想しているが、もしそうでなかったとしても結局こういう風になっていたのだろうとすら確信していた。

 実は自我を得、己の意志で動き始めてから初めて会った人間は骸たちではない。十数人目の人間だ。例の事件が起きて早くも幾日が経過しているのだがそれまでに正義感のある冒険者が幾数人かやって来て、やはり無残に散っていったのである。その中にはサツキが出会うことのできなかった人間たちもいる。自分がモンスター達に噛み砕かれている間にやって来た人間もいる。上手く合流することも何度かあったのだが結果的に言えば”死の町”という評判を変えることが誰にもできなかったのである。
 共に討伐しようと願い出てくれた冒険者が居た。サツキを囮にし、油断しているところを冒険者たちが狙うという作戦も行った。モンスターたちを分散させ、戦うこともあった。だがどれも全ては失敗した。そもそもNPCである自分が自由に動いていることを気味悪がった冒険者たちも居たし、モンスターたちに臆病風を吹かせた冒険者が襲われているサツキを放って逃げ出したこともあった。

 だがサツキはそれが決して悪いことだとは思わない。

 彼らは生命が有限である。たった1つしか持ち合わせていない。ワールドリセットで全てが元に戻る自分と違い、HPが尽きれば高レベルの回復者しか覚えることのできないリザレクションを受けない限り死んでしまう生き物だ。怯えるのは当然。逃げ出すのも当然。その選択肢は決して悪ではない。決して恥ではない。
 むしろサツキにとって避けるべきはこのナミモリでこれ以上の被害者を増やしてしまうこと。もはやここに住んでいた人間は全員潰えてしまった。モンスターが活動領域を増やし隣町へ行くことが一番厄介であると考え、次いでこのナミモリをどうにかしようとやって来る冒険者たちがその生命を散らすこともやはり――嫌なのだ。

『ではお元気で』
『ええ、…君も』

 これまでにも協力を惜しまなかった。そのたび盾にされ、逃げるための時間稼ぎにされた。だけどそれでいいとおもった。そもそも自分は冒険者のために作られたものだ。冒険者のために作成され、設置されたものだ。ただの町の名を紹介するだけのモブでしかなかった自分は幾十年話しかけられたこともなかったけれど、新米冒険者が自分を見上げるあの不安と期待に満ち溢れた瞳が好きだった。疲れ切った身体で帰ってきて「やっとついた」と喜ばれるのが好きだった。その役割が少しだけ変わっただけだ。
 ワールドリセットがくればどうせすぐに戻る。どうせすぐに修繕される。それが自分の役割。自分の定位置だ。自分は自分のすべきことを速やかに実行するだけ。

「…ぼう、けんしゃ」

 彼らは変わったPTだった。自分の中にセーブされた記録でも見たことのないPT構成だったしまた一人一人のレベルも異様に高い。かつてここへやってきた冒険者たちより遥かに高いポテンシャルを持った人間たちの集い。

 犬。
 彼は口こそ悪かったが非常に仲間想いの人間だった。

 千種。
 彼は無口であったが非常に知恵のある人間であった。

 クローム。
 彼女は終始怯えた瞳をしていたが面白い冒険譚を聞かせてくれた。

 そして、――骸。
 彼は自分に名前をくれた。勇敢な戦士であると称えてくれた。

 もしかして彼らなら、と思わせられた強さ。何よりこの荒廃したナミモリの町中までやって来れたのがその証だ。彼らは決して弱くはない。だが相性が悪かった。サツキが合流するまでずっと不利な状況にあったのはたったそれだけが要因である。数を増やしつづけるモンスターたちを屠るには未だ少し情報が不足していたこととヒーラーが足りなかっただけなのだ。もしも彼らが優れたバランス構成をしていれば正直モンスターを倒すことも容易かったのかもしれない。

 ――その空いた、場所に自分が入れば。

 そう思わなかったわけでもない。だがそれは一番考えてはならなかったし、彼らに告げてはならなかった。簡易ヒールができる自分がPTに入る…それは彼ら人間を前衛に押し出し、自分が安全な後衛でサポートするということなのだから。それでカッチリ嵌まるには嵌まるのだがそれではいけない。NPCが守られる立場などクエストではいざ知らずこのようなイレギュラーな時にあってはならない。
 だから彼らに願うのは共に戦うことではない。共に協力し、モンスターを倒すことではない。だからこそサツキはその提案を即座に己の中からデリートした。そしていつものように退却を勧めたのである。

「どうか、」

 どうか逃げて。ひとつしかない生命を、決して無駄にすることはないよう。
 彼らがうまく逃げ切れたことを祈りつつサツキは全然減っても居ない己のHPを確認しながら立ち上がる。モンスターに対し絶対防御、絶対優勢を持つNPCだが逆に言うと彼らに致命的なダメージを与える攻撃手段を持ち合わせていない。毎度四肢を引き裂かれ行動不能にさせられてばかりなのだ。
 だがそれでいい。
 まだ彼らがこの近くにいると分かっている間。そう長くない時間でいい。それだけを稼ぐことができれば自分がどうなっても構わない。

「おいで」

 ふ、と彼女は笑う。赤い目を細め、唇を歪ませて。
 ああどうしてだろう。最近得たばかりだというのにどうしてこう身体が軽く感じられるのは。痛みや疲労を感じることはないということは知っているのだが、それでもいつもよりも身軽に動けていると思えたのは。
 …人間の感情までは理解できなかったNPCはその理由を知ることはなかった。
 どうしても負けたくないと思った相手・いつだって敵いやしない相手へと立ち向かいどのような手段を仕掛けようかと笑むその根底にあるものを喜びということを。骸たちの無事を祈り、その為に全力を出して戦うその根底に湧き上がったものを勇気ということを。
 彼女は未だ知らないままに、立ち上がる。
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