名付け

「名前はありますか?」
「識別番号はありますがそれでよければ」
「いえ、では結構です」

 さて、彼女の姿を再度確認する。見れば見るほど彼女は町人にしか見えない姿だ。埃を払う仕草といい、乱れた髪の毛を整える様子といい、至って普通。至って一般人にしか見えない。もちろん時折ぱちぱちと瞬くその瞼から覗く瞳が赤くなければ、の話だが。
 もちろん骸のように特殊な出自があり赤い瞳を所持しているという可能性も無くはない。だが骸は人間だ。ワールドリセットがくれば怪我をしたところが全て戻るわけがなく、また彼女のようなステータスでこの場に居られるはずがない。認めたくはないのだが紛れもなく彼女はNPCなのだ。

「では単刀直入に聞きます。君は何故僕たちを助けたのですか」

 生命を救われたことを口にするのは恥ずべきことだと骸は一切思わなかった。認めざるを得ない。彼女がいなければ今頃モンスターによって全滅していたであろうということを。彼女が全員をテレポーテーションによって移動させていなければ全員が今頃四肢を引き裂かれていたということを。
 それでも骸は疑わずにはいられない。そういう生き方を強いられてきたが故に問わずにはいられない。何もメリットなく人を助けることなどありえるのだろうか、と。相手が人間であれば話は厄介だったのだが相手はNPC、機械人形である。だからこそ裏はあまりないと見た。基本的には聞かれれば答える人形なのだ。町人を日常生活を崩さないために冒険者たちをサポートする役割を与えられた人形なのだから。
 とはいえど本来NPCに戦闘能力は付与されていないはずである。NPCを守るというクエストも受けたことはあったがそれも一切戦闘に参加しないという護衛の類であり、やはりNPC自体が戦闘に加わったというものは聞いたことがない。モンスターはNPCを殺すことがあっても逆は有り得ないのだ。そういう骸の中の常識を彼女は根底から壊してしまったのである。もっとも彼女だけが例外ということは大いに有り得るのだが。

「あなた方ならあれを倒せると思ったからです」
「ほう」
「…私はおそらく、不良品です。つい先日まで私は他のNPC同様ただ町の端でこの村へやってきた人間に紹介するだけのNPCでしかありませんでした。自我を得たのはあれがやって来てからです」

 そうして彼女は己のことを淡々と語る。
 それは彼女が突然自我を得た日のこと。それまでは他のNPCと同様周りには死んだ町人、冒険者を前に何かできることもなく何度も何度もワールドリセットを迎え、その都度彼女は死に生き返っていたということ。ただただそれを記録していたということ。そしてある日突然、――目覚めたのだという。

「ですが町のNPCは変わりませんでした。私だけです。そして、私には本来持ち得ぬ力が宿されていました」
「それがテレポーテーションと」
「はい。長距離は不可能ですが町の中程度であればほぼ制限なく簡易テレポを行うことができます。あとは簡易ヒールです」

 そう言うと彼女は先ほどの戦闘で額を打ち付けた犬に手をかざしてみせる。ちらり、と犬が骸の指示を仰ぐように見てきたがそのまま骸は頷いた。今のところ嘘を言っているようにも見えないしヒールができるのであれば願ったり叶ったりだ。しかもそれを簡易とは言えMPを消化せずに受けられるということは時間さえかければ全快復することも可能というわけなのだから。
 耳を澄ましてみると小さな声で詠唱されているのは確かに回復するためのものだ。それも骸が知っているものと少しスペルが違う。短縮されていることにより本来のヒールよりも威力が小さいということなのだろうが今はそんなことを言っている場合ではない。犬の減っていたHPがどんどん回復されているのを感心しつつ骸は彼女の後ろ姿から目を離さない。
 彼女の話していた通り、МPは一切減っていないようだった。続いてすぐに千種も回復を受け、次いでクローム、そして最後に骸も回復を受ける。

「…そんなに見ても何も変わりませんよ。恐らく人が私と同じような詠唱をしても効果はないと思います」
「そうですか」

 スペルさえ覚えてしまえば骸でも使えるのではないかと思ったのだが残念だ。

「では、安全な場所へお連れします。…どうぞ」

 ヒールではМPまでも戻せないのであとは時間経過で待つばかり。モンスターの遠吠えを聞きつつ気配を絶つステルスの魔法を唱え、彼女に連れられるがままに町外れの小屋へと向かった。どうやらこのNPC、モンスターの徘徊ポイントも把握しているらしい。一匹たりとも出会うことなくそこへ辿り着くと「どうぞ、おくつろぎください」とNPCらしからぬ微笑みで彼らを促した。
 ここはモンスターも訪れていないらしい。中へ入れば見た目とは裏腹に綺麗に整頓されてあり、ここなら多少の休憩も見込めるだろう。どっかりと座り込み、そしてようやくそこで忘れていた疲労が骸たちを襲う。HPのないクロームは横になったかと思うとすぐに眠り込み犬に笑われていたが彼も程なくして眠りにつく。
 静かな夜だ。
 間もなく夜も明けるだろう。骸ももうすぐ仮眠をとるつもりだがそこから起きたら自分たちには2つの選択肢が待ち受けている。

 すなわちモンスターと戦うか、戦わないか、だ。

 勝ち目は正直言ってない。口惜しいことに同レベル帯の冒険者たちをあと数PT呼ばなければ話にならないだろう。あのターゲットモンスターを相手にしたくとも他の数が多すぎるのだ。
 そうなると彼女の求めていた自分たちの支援は受けられなくなるのだが、恐らく彼女とてあのモンスターを倒せるとは思ってもいないだろう。逃げることは恥ではない。己の力を見極められず無駄な戦闘を起こすことよりずっと賢い選択である。

「あなたがたは、これからどうしますか?」

 だからこそ彼女の質問に少し驚いたのだ。これから戦うことに関しての戦略を練るのではなくまず彼女はこれからの骸たちの行動を問うたことに。

「あれらを倒せなくとも良いのですか」
「いえ、もちろん倒せるにこしたことはありませんが何しろ人が少ない。助力も得られません。私もせいぜい彼らが町の外に行かないよう妨害するのがせいいっぱいなので」
「…そうですか」

 これでひとつ謎は解けた。
 この町に入り、クロームに少し話していたことだ。何故ナミモリだけに行動範囲を留めておいたのかと言う謎。それは別にナミモリからあの厄介なモンスターが出なかったのではない。彼女が妨害することでこれ以上外に行かないよう防いでいたのだ。…1人、ボロボロになりながら。誰にも知られることもなく、誰からの支援を受けることもなく。

「モンスターはどんどん増え続け、私を突破する日がくるのももうそう遠くはないでしょう。…時間は稼ぎます。どうかあなた方はここから逃げてください」
「君は?」
「私はNPCです。ワールドリセットが来たら復活します。ですがあなた方はそうではない」

 このNPCの意図は汲んでやるべきだろう。というよりはどちらかというとその答えを望んでいたように思える。
 そもそもこれは誰かより受けたクエストではない。イレギュラー中のイレギュラー、天変地異と言っても差し支えもなく、自分たちの手に負えないものだ。否、自分たちが見 捨てれば他のPTでも恐らくどうにもならないのだろうが、とにかくそう簡単にどうにかなるものではない。実績を備えたPTを数十名呼び込まなければ話にならない。

「わかりました。では僕たちは明日、この町を発つことにしましょう」

 ”生きながら死んでいく町”は間もなく本当に潰えてしまうことだろう。ここまで継続して存在することが出来たのは紛うことなき彼女のおかげだ。
 「ありがとう」NPCに自我はなく、NPCとは町人や冒険者たちをサポートするために存在している。骸はそう思っているしこれからもそう考えるだろう。…だけど。

「サツキ」

 骸の言葉に少女は小さく首を傾げた。名乗った自分たちとはどれも当てはまらない別の名前。生き物の名前なのだろうか、それとも地名なのだろうか。そう思案している顔だ。どうやらそれ以上は考えることはできなかったらしい。

「君の名前ですよ。人間とは違った、勇敢な戦士。これからはそう名乗るが良い」

 果たして今度、その名前を彼女の口から聞ける相手が現れるかどうかは分からないのだが。この建物とNPCだけがワールドリセットにより復活し続ける町がいつ解放されのかはこれより数年、否、数十年後なのかも分からない。だがこれから彼女は一人で戦い続けるのだ。何の希望を持つこともなく。何の期待をすることもなく。それはただ彼女に定められたNPCという役割の為だけに。
 少女は二度、三度その名前を呼んだ。噛みしめるかのように。強く記憶するかのように。やがてサツキは顔をあげ骸に微笑みかけた。改めてNPCらしからぬ、人間くさい表情である。

「ありがとうございます、冒険者。…骸。私は、あなたがたのことを記憶します。忘れません」

 名前をつけるのは情が湧くでしょう。
 それはかつてクロームが見つけた怪我をした猫に名をつけようとしていた時に骸がなだめるように言った言葉だ。まさにそれが己に当てはまることになるとは思ってもおらず、骸はほんの少し後悔しながら彼女に合わせ、クフフと小さく笑ってみせた。
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