邂逅

「…お前、何で」

 テレポーテーションというスキルはMPを多く使用する、魔法の心得があるものしか取得できないスキルである。
 とても便利な魔法なのだが何しろ詠唱が長い上に一度行ったことのある場所でないとならないこと、詠唱中に集中を途切れるようなことがあったりスペルを間違えれば始めからやり直しになること、また基本的には一人ずつでなくては転移できないということだったり、無理に複数人をテレポーテーションさせようならば誰かひとりが取り残されることもあれば誰かが置き去りになったり違う場所へ転移してしまうこともあり、そういった理由からそう多用できるものではないとされていた。
 高レベルであるはずの骸のPTメンバーですら使えるのは骸しか居らず、しかも今回の件で言えばそれを利用できるほどMPを残していなかったために選択肢にすら入らなかったものである。しかもそれをメンバー分となれば満タン状態になるまでMPを戻す必要がある。なので先ほど全員が骸の前に立ちふさがったのはその時間を稼ぐのでせめて骸だけでも逃げてくれと言う意味だったのだ。

 しかしこの目の前の女は違った。骸の知っている詠唱と多少似ているものであったがそれよりも短縮されており、だからこそあの短時間で詠唱をしきれたのだろう。そして使用MP。未だモンスターの遠吠えが聞こえているということはさほど遠い場所へと移動したというわけではなさそうだったがそれでも一気に女自身を含め5名のテレポーテーションを行ったとあれば相当分を消費するに違いない。MPを細かく数値化することは現状できないが残量がどれぐらいなのか程度であれば骸も見ることができる。この参入者がどれほどの力の持ち主なのか見る良い機会だと彼女のステータスをそっと確認し、そしてその驚くべき数値に骸へ瞠目することとなる。

「……まさか」

 HP、MP共に69。

 ハッキリと見えた数値は驚くべき事実をもたらす。それはあまりにも異端。それはあまりにも――少なすぎるのだ。
 元々骸たち冒険者のステータスは常にデータとして表示されているわけではない。一部例外もあろうが日々戦闘に明け暮れ、旅を続ける冒険者のデータをいちいち数字に置き換える必要など無駄な作業でしかないからだ。極度に危険分子、或いは明らかにステータス不足なのにイベントに挑もうとする冒険者が居ればそれを数字化し見せてやることによって抑え込む役割も果たすこともあるらしいが基本的にはそのようなことはしない。どうしても数値で見たいという者には冒険者ギルドにて有料で調べてもらえるらしいが骸たちは誰もそれを望んではいない。自分達の特異な出自ゆえに異様な数値をたたき出し、その異様性を指摘する輩が出ることなんて目に見えてわかっているからだ。今更冒険者の資格を剥奪されようが構わなかったが危険分子として指名手配されるような面倒なことは避けたいというのが本音である。
 というわけで骸たちは自分達の数字を知らないのだが彼女のステータスは明らかに少ないということは分かる。言わば冒険者として目覚めたばかりの、初期ステータスを数字化されたような程度。この辺りのモンスターで言えば一撃でも食らえばすぐに死んでしまうようなステータスだ。しかもMP的にもテレポーテーションなどもってのほか。できるはずがない。彼女が何らかの魔法補助道具を持っていたりステータス自体を誤魔化すようなスキルを使用していたら話は別なのだが、目の前の女はどう見ても手ぶら。骸たちのように魔力を増加させる三叉槍を持っているわけでもなければ特に何らかの装備を身に着けているようでもなさそうだった。白いワンピースに赤い靴。カバンなどそういった小物は一切身に着けておらず、ただそれだけだ。持ち物をすべてはぎ取られた冒険者なのか、ここでたくましくも生き残っていた町人なのか。どちらかだろうという予想をつけ、骸は三叉槍を突き付けることもなく彼女の背中を見つめ続けていた。どちらにせよ向こうがこちら側に友好的であるという何よりの証明はさきほどのテレポーテーション、この女は使える側の相手であると確信して。

「無事で何よりです」

 振り向いた彼女の、その赤い瞳を見るまでは。
 瞳に限りその色を有する人種はこの世において自分ともう一種類居るということは骸も小さな頃から聞いていた。種類、種族、――否、モノというべきか。それがどうしても人間と同様の色合いにすることができなかったモノ。どれだけ見た目を、声を、身体を、動きを似せてみても、出来上がった後に黒く染めたとしてもまるでこれこそが罪であると焚きつけられるかのように赤く塗りつぶされるソレ。全国にあるモノの全てが赤く染まっている理由は人間と区別するからではない。何故か必ず彼、或いは彼女たちは瞳が赤く染まってしまうのだ。この世に創造主、神がいるというならその存在が彼らを認めていないというのだろう。……NPCという種類に振り分けられた機械人形たちは。
 non player character――略してNPC。
 それは冒険者たちがはびこる世の中になってから作られた機械。一生を生まれた町で過ごす町人とは別に同じ場所で生活をすることができない、世界をこの目で見てみたい、モンスターを退治しながら生きていきたい、困った人を助けながら渡り歩きたい、世界がまだ知らない場所を見つけたいなどといった欲求を持った人間のことを冒険者として認定されるのだがNPCの役割は彼らのサポートだ。…というのが表立った理由なのだが本当は違うことを知っている。彼らの本来の役割はガード。壁だ。他所者が入ってきた場合に対処するための壁でしかない。町人にとって冒険者とは不用な人物であり、彼らが町に来ることによって多少邪魔をされていると考えることがある。当然だ。それを少しでも排除するのがNPCの定めだ。イベント内容を記録し冒険者たちに伝えることだってするしヒントを与えることもある。時にモンスターから自分を守れというクエストを出すNPCも居るという。それが町人が普段の生活を行うサポートとなるのだ。

 しかし今回は違う。これはクエストなどではない、これはイベントなどではない。これは――異常事態だ。現に町人だって全滅しているしモンスターが町自体を巣にしており付近は死の気配であふれている。ワールドリセットが来たとしてもそれはあくまでも建物とNPCにしか適用されない。死んでしまった町人は生き返ることはない。魂が抜けた直後であれば高位魔法であるリザレクションで蘇りも可能ではあるがそれに耐えうる身体など残念ながら何も鍛えていない町人が持っているはずもなく。そんな絶望的な状態で一人の、否、一体のNPCが目の前に居る。これは一体どういうことなのか。これは一体どうなっているのだろうか。

「お前、さっき腕もがれたんじゃねえの」
「…ああ、それはほら。先ほどワールドリセットを迎えましたので」
「……じゃあ本当に、NPCなのか」

 だからこそ骸は口にしない。犬が思っていた質問を投げかけ、それの答えが聞けたからだ。彼女は否定をしなかった。彼女はNPCであることを言外に認めた。それが事実。それが今、目の前で起こっていることなのだ。
 NPCに自我があるなど誰が信じよう。目にしている今でも嘘なのではないかと思えるほどだ。こんな状態でも頭痛を感じずにはいられない。思わず頭を押さえると少女はわずかに狼狽えた。周りが警戒している中、何も構えることなく近寄ってきて骸を見上げ「大丈夫ですか?」と問うその声はまさに感情が宿っている。普段から感情の起伏がないと定評のあるクロームよりもよほど人間味のある声だ。すべて一度確認する必要がある。そうでなくては混乱して何も頭に入ってこない。

「…少し、話を伺っても?」
「ええもちろん。聞きたいことはたくさんあると思いますので」

 ああ、本当に彼女はNPCなのだろうか。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -