”モンスター”W

 戦闘方法は存在する冒険者PTの数だけ存在するとされている。基本的にはHPが多く周りのモンスターの攻撃を一手に引き受ける盾役(タンク)の人間を一人、攻撃力の高い人間(アタッカー)を複数人、回復役(ヒーラー)を一人…これらが最低限必要な人間であろうと新米冒険者達に推奨されて、またそれが最も合理的であると言われている。ただここで問題となるのは誰もが己の希望した役割を担うことが出来るという訳ではないという点であろうか。人間には向き不向き、得手不得手があるからである。
 そもそもステータスというものはNPCを除きまったくの同一になるということは基本的にあり得ない。人によって疎らなステータスになっている以上仕方のないことで、つまるところPTを組んで冒険者をする場合は自分のステータスを主軸に戦闘における役割を担わなければならない。それが不本意な役割で気に入らないのであれば一人で旅をするしかないというわけなのであった。全てを自分でこなすという特大な負担を背負って。

 しかし骸のパーティは少し異質で、そもそも回復役であるヒーラーが存在しない。
 多少の怪我であれば回復薬を使えばどうにでもなるだろうが長く町を避けて生きていくには些か不便である。とは言っても今のところそのためにヒーラーを増やすつもりもなく、また以前は募集したこともあったのだがこの変わったPTについていける人間は一人として居なかった。となれば結局PT編成も彼ら独特のものになっていく。例えば犬は本来HPよりも攻撃力に特化した人間であるが周りのモンスターからのヘイト値を稼ぐスキルを覚えており仕方なくタンクとなっているし、PTの中で一番HPのある千種はそのスキルを所持しないためにアタッカーになっている。またクロームは高いMP保持者であるにも関わらずいつまで経っても回復スキルを覚えられず、骸は攻撃特化型であるがMPはそう多くはない為長時間攻撃をすることは適わない。
 火力はあるがHPがそう多くはないタンク、HPはあるがずば抜けた攻撃力というわけではないアタッカー、簡易サポートスキルをメインにし回復スキル覚えられない幻術使いにMPが多くない幻術使い。職の被りはあまり推奨されていないがこればかりはどうしようもない。
 そうして出来上がったのがこのPTだ。要はタンク1名、アタッカー3名という超攻撃型PT。結局は骸のMPが尽きるまで、犬のHPが尽きてしまうまでに対象を倒してしまうという少々手荒な攻撃方法が主となっていた。短期決戦と言えば聞こえはいいかもしれないが逆に言えば戦闘が長引くと途端に不利になるのである。

「…なかなか、しぶといことで」

 討伐対象のステータスから算出すると恐らく奴はほとんどこちらと変わりない力を持っていると思われる。となれば残念なことにこれまでの戦闘方法は通用しない。限られた手数は早々に尽き、回復薬では到底追いつけることもなく犬のHPがどんどん減っていく様子を後ろから確認しつつ骸は頬を流れる大粒の汗を拭う。
 逃走経路は既に周囲を取り囲むモンスターによって絶たれ、自分たちの前には2つしか道を用意されていなかった。すなわち、ターゲットモンスターを殺すか、殺されるかだ。しかもこちらに地の利などはなくじわじわとまるで嬲られでもいるような感覚にまで陥るような戦闘方法を強いられ、まるでターゲットモンスターに遊ばれているとも感じ非常に強い不快感に襲われる。誰にも失敗など許されず、誰にも逃走は認められず。もっとも骸を見捨てて逃げるような輩はここにはいなかったしそもそもそのような人間をPTメンバーの誰もが許すわけはないだろうが。

「キャンッ!」
「犬!」

 犬がターゲットモンスターの強烈な一振りによって身体を吹っ飛ばされたのはその時だ。彼の身体が宙を浮いたと同時に押し寄せる烈風。風属性の攻撃かとも疑ったが何てことはない、ただただ力強い一撃というわけだ。こんなものを何度も食らっては流石の犬も耐えることはできないし防御に特化している訳ではない骸やクロームではひとたまりもない。しかしこのままターゲットモンスターに対し何らかの弱点をつかぬ限り結果は火を見るより明らかだ。とっさに唱えたクロームのダメージ軽減スキルのおかげで事なきを得たがそれでも大木に叩きつけられ、HPは極端に減少しているのを見ると本当にあと数手でどうにかしなければならない。
 あいにく自殺願望はない。
 生きたいと強く思ったことはなかったがそれ以上に死にたいと考えたこともない。犬のHP的にあと一撃でも食らえば戦闘離脱は免れないし、そうなれば待っているのは全滅である。千種もクロームもHPをほとんど使いきってしまっているし骸もあと1発攻撃をすればMPが尽きてしまうだろう。
 グオオ、グオオと獣が唸る。生臭い息が感じ取れるほどに近く、またその近くには骸たちを逃すまいとたくさんのモンスターに囲い込まれている。一か八か、目くらましの幻術をかけてその隙に逃走するぐらいしか正直言って方法はない。状況はすでに骸たちの敗北によって終わろうとしていた。

「…骸様、俺が囮に」
「いいえ。それは許しませんよ」
「ですが」

 ジリジリ、ジリジリ。背中を見せることなく骸たちは少しずつ後ろへ下がっていく。下がらざるを得ない状況にまで追い詰められていく。あともう少し、あともう数分さえ時間を稼げば詠唱を完了させ逃走する唯一の手段である幻術を練り上げることができる。だが、もう、これは。

「伏せて!」

 ――やるしかないのであれば。

 骸が何をしようか理解した全員が少しでも時間稼ぎにと前へ一歩出た瞬間だった。一瞬で辺りが煌々と輝き、ふと目を瞑ったそのわずかな時間で骸たちとモンスターの間に何かが現れた。ふわり、感じ取れたのは黒く長い髪。人間だ。ああ、自分たち以外の生存者だ。
 しかし把握できたのはそれまでだ。「おまえ、」それが何なのか、誰なのか、敵なのか味方なのかすら判断がつかず、しかし犬がまるで見知った人物であるかのように声をかけたものの新たな乱入者は返答することはなかった。その人物が何をしようとしているのか理解ができた骸達は言われるがままに身を伏せ、その直後に眩い閃光が再度辺りを照らす。
 激しいモンスターの咆哮とは別に聞こえてきた低く小さな詠唱と浮遊感の正体がテレポーテーション特有のものであると気付いたころには転移は完了していたのである。口惜しげなモンスター達の唸り声が遠くで聞こえたような気がした。
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