”モンスター”V

 骸が犬達と合流することが出来たのはそれから一時間経過してからであった。
 予想以上に時間を食ってしまったが決して骸も寄り道をした訳ではない。そして彼らも自分の命令を必ず遂行する人間であるとわかっているからこそ互いに予想外のことが起きてしまったのだと聞かずとも悟る。犬達へと指示を与えた直後からモンスターの増加が顕著になり、クロームだけでは対処しきれなくなってしまった。周囲の様子を伺っていた骸も致し方なしと彼女と同様の武器を構え、立ち向かってくるモンスターを討伐しながら少しずつ前進する羽目になり結果予想以上に遅れてしまったというわけである。

 モンスターは倒してもワールドリセットまでその死体が勝手に消えることはない。尚、このルールには例外があり、例えば新しい装備やアイテムを手に入れるために彼らの皮を剥いだり骨をとったり、また肉を削いだりした場合はそれらはモンスターの死骸というくくりから素材という枠に切り替わる。そうなった場合のみ素材は手元に残るのだが今回に関してはそれらに当てはまらないので残念ながら間も無く訪れるワールドリセットで消えてしまうことだろう。
 だがこの死屍累々といった2人が作り出したモンスターの死骸が残る道を他の人間に見せることがないという点に関しては救われたのかもしれない。何しろ彼らの上品な見た目、使い手を選ぶ美しい武器とは正反対に倒されていったモンスターの死骸はあまりにも酷い。心臓を一突きしたものもあれば目玉をくり抜かれたもの、内臓を引きずり出されたものもある。中には骸の得意分野である広範囲の幻術により混乱したまま共食いを始めた者も少なくはなかった。獣の匂いは充満し、恐らく戦闘に手慣れた冒険者ですらこれらの惨状を目にすれば眉根を潜めずにはいられない。恐ろしいことに骸達はそんな戦闘をこなしてきたにも関わらず一切とて心を痛めることもなければ後悔もない。
 殺される前に殺す。
 相手の戦闘意欲は槍を交える前に削げるだけ削ぐ。
 それが彼らの戦闘方法だったのだ。これが功を奏し、骸達の背後から狙おうとするモンスターも仲間の惨ったらしい有様に怯えを成していく有様である。

「無事でしたか」
「骸さん!」

 これまで短くない期間冒険者として生きてきたし、彼らの実力は骸だってよく理解している。この辺りのモンスターにはよほど油断することがない限りやられることはないだろう。だからこそ遠目から彼らの姿を確認できたのは当然だったしそもそも大して心配などはしていなかった。むしろ今回の目的であるボスモンスターを先に見つけ、戦闘を開始してしまわないかと懸念したぐらいだ。
 しかし近付いてきた彼らの表情は明るくはない。襲撃にでもあったのかと彼らのステータスを確認してみたがHP、MP共にほとんど減った形跡もなく見ただけではその理由を探ることはできなかった。ギリリと歯をくいしばる犬とは裏腹に冷静な、それでいてどことなくいつもより暗い千種の表情。何も情報を手に入れなかった故の歯痒さとはまた違った様子である。

「……千種」
「協力を仰げそうな人物がいました」
「…死にましたか」
「モンスターに連れて行かれたびょん」
「目の前で腕がもがれました。出血が多く…恐らくは」

 ぽつぽつと語る彼らの報告をまとめてみれば、どうやら犬達の前に少し戦える人間が単身で現れたようだった。助力を請われ、その場で共に戦闘に入ったらしいが協力者候補が敗北。腕をもがれモンスターの巣穴に連れ帰られたということらしい。なるほど、ならば彼らの衣服が血に塗れているのも説明がつく。しかしここで生存者がいたにも関わらず逃してしまうのは惜しい。どうにか犬がこの血の匂いを嗅げばモンスターの巣へ追跡できるだろうという情報だけが唯一の救いだろうか。
 報告を終えた後も犬達は視線を落としたままであった。別段何もミスはない。むしろ次に繋げることが出来たので功績と言っても過言ではないというのに彼らの表情は晴れることがない。おや、と思うのは当然のこと。犬も千種も、…否、自分もそうだが他人の生命などというものに興味がない。目の前で死のうとも、例え自分達を庇って絶命しようとも殺した相手に復讐しようだとか悲しみを感じることなどしないだろう。だというのに今彼らから感じられるのは悔しさ。後悔である。

「骸さん」
「何ですか」
「赤い瞳ってのは骸さんしか居ないんれすよね」
「…ええ、生きた人間でという意味であれば後にも先にも僕だけでしょうね」
「じゃあ、どうしてあいつは」

 ドシン、と耳を聾するような激しい轟音が辺りに響いたのはその時である。隣にいたクロームがハッとしたかのように三叉槍を構えダメージ軽減のスキルを詠唱するのと2度目の轟音がやってきたのは同時であった。

「…なっ」

 目の前に突然モンスターが現れるなんてことがこれまであっただろうか。どこかで身を隠していたならいざ知らず、骸や辺りの気配を探ることに特化しているクロームにすら気付かず近付くなんてそんなことができるモンスターはいなかったはずだ。しかし現実に今、目の前にソレは現れた。自分達の何十倍も大きく、黒く、赤い瞳が8つ並ぶイノシシのような形をした骸達の目的にしていたターゲットモンスターが。
 ギョロリとこちらを向いた8つの瞳のあまりのおぞましさにヒッとクロームから細い声が漏れ、骸は対象の全体を眺めた後静かに目を細める。考えるまでもない。これは非常によろしくない状況である。何しろこちらは雑魚とはいえただならぬ数のモンスターを屠り満身創痍であり、対して向こうはHP及びМPは満タン状態であるのに加え、さらに敵意を剥き出しに戦闘態勢だ。これまでのようにありったけの火力、戦力で圧することはできないし気がつけば周りには先ほどまでは姿の見えなかったモンスター達がわらわらと湧いている。その上こちらは情報不足。正直言って不利だ。しかしここでそう易々と逃してくれることもないだろう。

「仕方ありません、狩りますよ」
「了解らびょん!」

 少しでも戦闘を長引かせ、もしも無理であれば情報を得て一度離脱し、作戦を練る。そう決め込みPTメンバーに指示し骸も討伐対象に向けて三叉槍を突きつけた。
 彼らにはその選択肢しか残されていなかったのである。
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