”モンスター”U

「骸さんの方につけばよかったびょん」
「……同感」

 これからの予定として、このまま進み続け、骸達と合流する。互いに20分ほど歩めば恐らくそれは叶い、会うことはできるだろう…しかし犬も千種もこのまま手ぶらで向かうわけにはいかない。珍しく意見は一致し、歩む速度を落としつつ周りの様子を伺いながら慎重に進んでいく。

『お前達はそのまま直進です。良いですか、大物が居ても殺してはなりません』
『もしも生存者が居れば連れてきなさい。話を聞く必要がある』

 指示を飛ばしてきた骸の声からはやや緊張が感じ取れたので恐らくむこうには何かがあったのだろうがこちらには恐ろしいほど何もなく終わりそうであった。真正面から見た時はところどころ町は半壊していたことだし多少は敵も遭遇するのかもしれないと懸念していたというのに、いざ町の周りを歩いてみれば森の中にはモンスターがいたもののナミモリの中に入った途端ピタリとそれらがなくなってしまったのである。
 元々2人は辺りの生体反応を探ることに特化していない。しかしそれを踏まえても明らかにおかしいということは何となく理解している。建物はある程度壊れていたが恐らくワールドリセットが終わってから復活したのだろうNPCは歩き回っている。その壊れた建物というのもモンスターが破壊したというには少々不自然なところにあったりと違和感を感じることはあったのだがそれぐらいだ。

「誰かが倒してる…?」
「こんなところに今更他の冒険者が来ると思ってるわけ?」
「じゃあ犬はどう思う」
「しーらね」

 犬は深く考えることが嫌いだった。だから今回のことも骸が命じたことは言葉通りとらえるし、千種のように色々と小難しい意見を投げかけられるのも問いかけられるのも勘弁してほしいと考えてしまう。
 今回のクエストは単純でわかりやすいと思ったのにいざ足を運べば何だかモヤッとすることばかりで犬は正直面白くなかった。コクヨウにモンスターが来るまでに早い時点で倒す。殺してしまう。たったそれだけだというのに第三者の存在まで考えられるなんて溜まったものではない。共闘? お断り案件だ。早いもの勝ちで、先にモンスターを倒した方の勝利。それだけで良い。しかしそんな犬でも流石にこの件に関してはさっきから知らぬ存ぜぬを通せることばかりではないと分かっているが故に苛立っていた。

 本当は分かっているのだ。モンスターではなく他に人間が此処を訪れているということに。ぬかるんだ地面にそれほど大きくはない人間の足跡が残っていたりだとか、火薬の匂いがわずかに残っていたり、だとか。足跡に関してはその辺りを動くよう設定されたNPCのものだったのかもしれないが火薬をまとった人間の匂いに関しては絶対に彼らではない。近くに他の冒険者が、生きた人間が居る。それに建物の破損は明らかに人為的なものだ。ドアだけが壊れていたり、窓だけが割れていたり――モンスターがそんな器用な破壊ができるはずもない。どんな人物かは今のところ分かってはいないがそれが自分や骸の邪魔を、妨害をするのであれば容赦するつもりはなかった。そうだ、モンスターと間違えたフリをして殺してしまうのも悪くはない。犬は……否、骸の周りにいる人間達であれば皆が皆同じようなことを考えるだろう。全ては骸のために。自分達に道を示してくれた彼のためならば今更人を殺すことなど躊躇うものか。これはすべて自分達のため、ひいては骸のためである。そう実行したところで骸は決して怒ることはないだろうと分かっているからこそ犬は周りへの警戒を怠らないし、また千種もヘッジホッグを構えており結局同じことを考えているに違いない。ある意味似た者同士、だからこそなかなか認めることはできないのかもしれないが。

 バリン!

 大きな音が聞こえたのは骸から指示を受けた直後だった。ハッとして振り返ると後ろの建物の2階の窓が割れ破片がパラパラと2人の頭上へと降り注ぐ。しかし降ってきたのはそれだけではなかった。

「っ、ぐ」
「はあ!?」

 ろくな受け身を取ることもなく地面へべしゃり。間違いなく顔面から。どれだけ鈍臭いのか知らないが落ちてきたのは1人の女だ。
 束の間の無言。
 一体何事なのか把握するのにほんの少しの時間を要し、それから犬はまじまじとその女を見下ろした。黒色の長い髪、白色のワンピースの彼女はしばらく身動きすることもなかったがやがてこちらが手助けすることもなく立ち上がり、それから犬達の方を見て瞳を細め「こんにちは」と小さく微笑む。どう見ても冒険者ではない。ならば彼女はこの町の住人なのだろうかと、そう思われる出で立ちである。

 ハアと溜息をついたのは千種だった。彼は誠実で、骸の命令には絶対だった。自分の生命より何より骸のことを最優先するのは犬も同じであったがこればかりはそう簡単に物事を進めてはならない――勘に近いものであったが犬はそう感じ、だからこそそれよりも先に犬は一歩前へ出て手でそれを制す。ギラリ、眼鏡の下の鋭い瞳がこちらを射貫くように睨みつけてきたが当然それぐらいの威嚇で怯む犬ではない。

「…命令違反、するつもり」
「こいつ火薬の匂いがプンプンするびょん」
「……じゃあこいつが?」

 嫌な気配はしない。というよりも、目の前にいるというのに何と存在が希薄なことか。ちゃんと意識していないと彼女のことを認識できないのではないかと危惧する程に薄い存在感は骸とは正反対であった。どちらかといえばクロームに近い雰囲気ではあるのだが彼女よりも更に薄い。儚いという言葉がそれに当てはまるのかもしれないがそれにしては眼の前の彼女の姿は異常であった。主に、こちらを見上げるその瞳が。

 骸と同じ、赤く、燃ゆるような瞳。

 同郷の犬や千種は骸の右目が生まれ持ったものではないということを知っている。自分達が生まれた場所が場所であるからこそ人為的であり、事故であり、悲しき、昏き事故の結果嵌められたものであることを知っている。そしてこの世界における、他に赤い瞳保持者はとある生物以外に居ないとされていることも。
 non player character―――略してNPC。誰かによって作られ、増殖された冒険者のために働く機械人形だ。老若男女問わず町に溶け込む容姿をした彼らは決まって赤い瞳を持つのは周知の事実。骸という例外を除けば赤い瞳はNPCでなければならない。しかし彼女の特徴はあまりにもNPCに近く、それでいて動作は程遠く。これは異常だ。異様だ。有り得てはならない光景だ。

「…あなた、冒険者?」
「見りゃわかるらろ」
「そう…じゃあ悪いけど助けて欲しいの」

 その意味を問う必要はなかった。
 まるでタイミングをはかったかのように感じ取れた、少し離れた位置から走ってくる気配。そして獣の咆哮。彼女を追ってきたのかどうかは定かではないが紛れもなくこちらに敵意をむき出しにしたモンスターだ。幸いにも数はそう多くはないし強さとしてはこちらの方が格上。こちらの方に分があるにも関わらず尚向かってくるその様子は明らかに異質であったが対話できるような相手ではない。最優先事項はモンスターを倒し、それから自分達に危害が及ばぬようこの女を拘束する。さっさとそう順序付けた後、犬は可及的速やかに対処出来るよう姿勢を低く構え携えていた長剣を引き抜いた。
 きっと今回の件に関して、この女が何らかの鍵を握っているのだろうと確信しながら。
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