”モンスター”T

「クローム」
「分かりました、骸様」

 多種多様、姿かたちの異なるモンスターだが基本的にはそこまで攻撃的なものはそう多くはない。この付近の地域であれば大概がこちらから襲わない限り攻撃してくることはないし、また向こうはモンスターの本能というべきなのか自分の強さ以上の相手だと悟れば逆に逃げることだってある。死の町として有名となる前であれば新人冒険者でも対等な戦いができる程度の強さのモンスターしかいなかったはずのこの地域だが、今となっては中堅層の冒険者でも油断すれば殺されかねないレベルのモンスターが蔓延っている。元々いたモンスターが死の町に変えたという元凶―以降ターゲットモンスターと骸たちは称することに決めた―によって凶暴化したのか、ターゲットモンスターが仲間を連れてきたのか、はたまた亜種が生まれてしまったのか……サイズが小さいタイプもいるとは言え放っておけばやがて生態系が乱れ、この地域全体を食い荒らしてしまうであろうと思われる強さのモンスターばかりが骸達の前に現れ続けている、というわけだ。

 彼らは自分達に敵うものだと思っていただろうか。

 これまで決して短くない期間、骸達は冒険者として生きてきた。思い返しても何十、何百とモンスターを狩ってきたが明らかに強さに差があると言うのに突っかかってくるモンスターは相手をしたことがない。何かトラップでもあるのかと最初は考えてもみたがそうであるわけでもなく、ただモンスターは闇雲に攻撃してくるだけ。当然そんなものに情けをかけるはずもなく隣を歩むクロームの力により蹴散らされていく。倒したあとのモンスターはピクリとも動くことはなくやがてワールドリセットがくれば死体ごと消えるだろう。彼らの歩む後にはモンスターの残骸が積み重なり、ただそれだけだ。グシャリと踏みつけながらただただ前へと進んでいく。

「間もなく中心地点です、骸様」

 恐らくターゲットモンスターは登場した時よりも格段に強くなったうえで、そこにいる。ナミモリに住んでいる。それが冒険者達の読みでありそれに関しては骸も同意だった。実際こうやって歩んでいても中心部に近寄るに連れてモンスターのレベルも格段に上がっていって、クロームが徐々に苦戦しつつあるのが目に見えてわかる。HPも最初の入口部分にいたモンスターと比べれば桁違いだ、これは確かにその辺の冒険者では太刀打ちできないだろう。
 ちらり、辺りを見渡してから周りの生体反応を探る。細かなことを見ることは不得手ではあったがここに生物がいるのか否か程度ぐらいは感じ取ることができる。町人の生命はとっくに失われていたと聞いていたしあちこちに感じられる弱々しい反応は恐らくワールドリセットで甦ったNPCなのだろう。生きた人間が居ようが居まいが彼らは動作を停止することは有り得ない。哀れな機械人形は何らかの不具合が起こらない限り設定された以上の動きをすることは敵わないのだ。
 しかしそれでは数が合わない。クロームが相手するモンスターの類はところどころで感じ取れど肝心のターゲットモンスターの生体反応を探ることができないのだ。奴はどこへ行ってしまったというのか。噂通りならばターゲットモンスターは性質を持つのであれば
微々たるHPゲージであってもその対象を屠るまでは次へ動くことはないとされている。ならばNPCですら奴が見逃すはずはないのだ。でなければターゲットモンスターは長い期間ここに住み着いていなかっただろう。次の場所へと動き始めていたことだろう。生きながら死んでいく町、ナミモリがそう呼ばれていたのはNPCがターゲットモンスター達をここに縫い留めていたからなのだ。その、NPCの生命をもって。だがどう見てもNPCは無事だ。動いている。なのに彼らが放置されているということは。

「……少し厄介ですね」
「?」
「知恵をつけてきた可能性がある。例えばNPCは放っておいても自分達に害を与えてこないと理解した…だとすれば」

 ヒュッと息を飲みクロームは辺りを見渡した。そして彼女も骸の話した意図に気付いたのだろう、ほんのわずかに顔を青ざめさせ「まさか、」と小さく呟き、骸も頷きその考えを肯定する。
 ただワールドリセットした後にモンスターがこの場所へ戻ってきていない、というのであれば別段問題はない。それならばここで張っていればいずれ会えるということに変わりはないし被害は未然に防ぐことができる。だが骸が危惧しているのは発言の通りNPCが何もしてこない対象であると理解したモンスターがこの付近の破壊も程々に活動範囲を広げることであった。恐らくこれまではワールドリセットが来た後、生体反応すべてに反応し建物はもちろんNPCも倒そうとしていたことだろう。ナミモリに設置されているNPCはおおよそ25体、しかしそれだけでも十分な時間稼ぎをすることができるということはある程度冒険者として活動してきた人間なら誰もが知っている事実である。

 ”NPCはほぼ無敵である”

 HPゲージであれば新人冒険者並ほどの数値しかないので彼らの生体について考えたことのない町人や冒険者には到底考えつかないだろうが、それは全NPC共通事項であった。本来彼らは冒険者の役に立つためのキーマンである。先程出会った町の名前だけを紡ぐものもいればイベントやクエストをクリアするために必要な情報を話すタイプのものもいる。中には話すことによりアイテムをくれるものもいるため、冒険者は必然的にイベントやクエストで手詰まりになった場合は町中のNPCを全員探して話す羽目になることも少なくはない。彼らは誰かに作られた存在であり、冒険者のために動いている。となれば言わずもがな、彼らはそう簡単に壊れるわけにはいかないのだ。
 始めは誰がその事実に気付いたのだろうか。その噂を聞いたとある冒険者PTがNPCを強制的にモンスター生息地へと連れていきモンスターと戦うための囮にした、という話は冒険者間では有名な事件だ。結果的には確かに少ないHPだったはずのNPCはモンスターにどれだけ殴られようとも切り裂かれようとも死ぬことはなく、しかし自発的に攻撃もすることはなかったせいでヘイトを稼ぐこともできずやがてモンスターはNPCではなく周りの冒険者たちへと攻撃をし始めたらしい。結果的に言えばその実験はいくら生きた人間ではないとは言えど非人道的であり、他の冒険者達にとってもイベントやクエストで必要な情報を持つNPCであれば妨害行為になると糾弾され今では禁忌とされている。

 今回の件も今となっては誰が提案したのかはわからないし恐らく提案者自体が死んでいる可能性が高いのだが結果的な話をするのであれば成功であろう。なかなか死なないNPCを囮にすることによりこれ以上活動範囲を広げないようになっていたのだから。
 しかしモンスターがそれを知り、NPCの存在を無視し動くようになるのであれば非常にまずい。隣町であるコクヨウまでさほど距離はなく、数刻も駆ければたどり着くだろう。何故骸達がこんな厄介な案件に首を突っ込むことになったのか――それは至って単純、コクヨウこそ骸達の活動拠点だからだ。要は降りかかる火の粉を払う行為であり、もしもこれが遠く離れた土地であれば見向きもしなかったであろう…例えその選択が他の冒険者達に無情だ何だのと蔑まれようとも行動を変えることはなかったに違いない。

「…どうしますか」
「このまま進みましょう。直ちに千種達と合流し、情報を共有した後ターゲットモンスターに備えます」
「わかりました」

 思っていたよりも事態は深刻であるのかもしれない。何故もっと自分達の元にこの話が回ってこなかったのか―骸の時折発症する病気に近い人間嫌いの所為でしばらく町という町に顔を出さなかったというのが理由ではあったのだが―わざとらしく肩を竦め、大きく破壊された建物を見遣りつつ仲間と合流するためさらにナミモリの町を南下する。
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