また負けた!また負けた!また負けた!あれから何度も同じことを起こしてしまった。私は学習能力がないのかと疑いたくなかったけどどうしてだか爆豪くんに敵うこともなく第2回戦、3回戦と華麗に敗北し続け項垂れる日々を送っている。寮を出てから第4回戦、今回もそれに気付くことなく帰ってきてしまったことで私の連敗記録はまた上塗りされたのだった。


「…何でだろうなあ、」

 寮へ向かう時は覚えているんだ。もちろん爆豪くんの部屋のある4階まで向かうエレベーターまでも記憶にあるし、今日こそは帰る時に返してもらおうともはやバイトの事より優先させて考えていたりする。何なら掌にまで自分が言うべきことを書いているのに何故だか気が付けば帰って来てしまっているというありさま。何でだろうなあ、何でなんだろうなあとぐるぐる思い返し、ようやく考えついたのが全て爆豪くんがエレベーターに乗った辺りからちょっと雰囲気が変わることが原因なのだと思い知る。ある日は出口まで送ってもらった後「気ィつけて帰れ」と何故か年下であるはずの彼に髪を乱雑に乱されそれに気を取られてしまい聞くことを忘れ、ある日は出口前まで送ってもらった後何故かオヤツをもらってそれに気を取られてしまった。…ああ、うん、私が100%悪いね。完全に舐められてる。というかたかだか2時間程度のバイトなのにどうして最後までその記憶力が続かないのか甚だ疑問だ。本当に私雄英高校卒業出来たんだよね。


 ……本当に私、ヒーロー科卒業出来たんだよね?

 もしも私がヒーローになったとしても交渉術が底辺であることを今自覚した。目先のことにとらわれ本質を見失う癖があるようだ。なんて今更そんなこと知りたくなかったけど!格好よく言ったところで学生証を高校生から取り返せないだけの情けない大学生なんですけど!どうしてそんな簡単な手段で忘れてしまうのか悲しすぎるけどきっと爆豪くんはそういう個性を持った人なんだと思うことにした。そんな繊細な個性を持っているようには失礼ながら思えないけどそうじゃなければ私があまりにも雑魚すぎる。
 今度こそ負けない。今度こそ返してもらう。…再戦だ!私は再戦を要求する!


「なあ、今の授業のやつさあ」
「ごめん、待って。電話してくる」

 大学での授業中フツフツと湧き上がる闘志のまま終業のチャイムが鳴ったと同時に立ち上がり、クラスメイトの呼びかけにろくな返事をすることもなく空き教室に走った。思い立ったらすぐ実行。それが私のモットーだ。教室に先客がいないことだけを確認してポケットから携帯を取り出し爆豪くんの番号を呼び出す。プルル、プルルと呼び出し音が聞こえた時になってようやく落ち着きを取り戻しもし授業中だったらどうしようかと困ったのも束の間、幸いにも音が消える。繋がった。出てくれた。壁にかけられた時計を見て授業の時間ではなかったことにホッとしながら開口一番謝ろうか悩んだけど、そもそもこっちは何も悪くないんだという気持ちの方が強くグッと押しとどまった。そうだ、強めの言葉。大きな言葉で威嚇すべし!


「次、金曜日の夜だから!」

 先手必勝。セメントス先生と相談し今朝決まったことを伝え逃げしようと思ったのに通話を切ることができなかったのは向こうが珍しくガヤガヤとしているからだ。あ、そういえばこんな時間に電話なんてしたことなかったもんね。もしかしたら向こうも授業が終わったところだったのかもしれない。もしも万が一聞こえてなくて掛け直してこられたら後が怖い。反応だけは確かめておかなくちゃと爆豪くんが何か話しかけてくるのを黙って待つ。
 画面の向こうにはどんな光景が広がっているのだろう。ヒーロー科と言えば皆良いように想像してしまいがちだけど実際は至って普通な、それでいてユーモア溢れる人たちの集まりであることを私は知っている。だからこそ男の子の騒いだ声や女子の声が微笑ましい。聞こえてくるのは雄英高校のヒーロー科、未来のヒーロー候補生の声なのか。爆豪くんってあまり人と馴れ合わないようなイメージだったからガヤガヤしているところで電話を取ったことは意外だったし、かと思えば突然そんな喧騒が聞こえ難くなった辺りどうにも通話口を指で抑えているらしいと悟る。『うるせェ!』なんていう爆豪くんの声が聞こえたのは気の所為であってほしい。あの人ったらクラスメイトにもそんな口調だったのか。私だけ特別扱いが悪いのではなく平等でアレなのかと思うとおもわず笑ってしまった。


『おい掃除女』
「あ、ごめん。電話、夜の方が良かったね。かけ直そうか?」
『聞こえとるわ。…金曜の夜だな』

 どうやらすぐさま場所を移動したらしい。辺りの声は全く聞こえなくなっていて多分、私と同じように空き教室にでも行ったのかダッシュで自分の部屋へと戻ったのか。タイミングが悪すぎて最初の一声に気合を詰め込んでしまった所為で私はすっかり強く言う気力を奪われてしまっていてこれも計算だったらかなりの策士だ。そしていつもと同じ爆豪くんの物言いにソウデスと頷き、ついでに言うと通話を切るタイミングを逃してしまった。
 元々話をするのが苦手というわけでもなく、むしろ好きの部類に入っている。学生証の件がなければきっと良き母校の後輩くんとなるわけで気が付けばそう言えばと話を広げている私がいたのであった。私の知っているヒーロー科とはちょっと違うし、相澤先生とやらもかなり個性溢れる方らしい。とはいってもあくまでも爆豪くんの私見なので他の人にとってはどういう感じなのか分からないけど私が投げかけた疑問に対し『雑魚ばっか』『変な奴ばっか』『うるせェ』の3点でほとんど返ってくる。面白い。難しい子かと思ったけどそこまでではないらしく一応会話をするつもりはあるのだと感じて少し感動している。無駄なことは嫌いそうだし勝手に切られそうなイメージだし取り敢えず今は私と話してやろうとかそういう気分なのだろうと勝手に思い込むことにした。


『友達居ねえのか』
「爆豪くんほどじゃないよ?」
『ざけんな殺す』
「ヒーロー目指す子が殺すなんて言っちゃいけませーん」

 うん、まあ途中可愛くない言葉も返ってくるけどね。誓っていうけど私は友達がいないというわけじゃない。多いかと聞かれればそりゃもちろん縦に頷けないのは認めるものの選択授業でもそれなりに出席を代返してくれる悪友だっているしランチの時間はゼミが一緒の友達といる。同期のヒーロー科から一緒にこの大学に進学した人は居なくとも高校3年間きちんと在籍したし、その影響かサポート科の子でも高校時代に組んだり組まれたりの仲があって知っている人だったりすると結構フランクに話しかけてくれたりして結局高校が一緒の子たちで謎の集団が出来たりしているのである。要は決してボッチなどではないのだ。やったね!


「お前誰と喋ってんの」
「わっ、」

 ガラリと教室のドアが開いたのは突然だった。見ればいつの間にやら時間が経っていたらしく、さっき私が教室を出るときに呼び止めたクラスメイトがプリントを片手にそこにいる。どうやらさっきの授業で分からなかったことを聞きにきたらしい。どうでもいいけど何でも私に聞けばわかるという考えはあまりよろしくないよホント。あの高校卒業だろ?なんて期待値あげられても困るんだってば。
 『おい』あ、爆豪くんが喋りかけている。だけど私は一瞬、ほんの一瞬どうして良いのか分からず戸惑った挙句目の前に居るクラスメイトを優先した。ちょっと待ってねと爆豪くんに伝えた後、何用なのか手元を覗き込むとやっぱりさっきの授業、途中で分からなくなったまま手が止まったようだった。だけどニヤニヤと笑うクラスメイトは何やらそれよりも面白そうと言った表情を浮かべ私と携帯を交互に見ている。


「喋ってんの、誰?」
「え、……バイト先の人だよ」
「ふうん?」

 雄英高校のバイトは原則秘密ということになっている。色々あるからこの辺りも聞かないけど守秘義務ってやつだ。余計なことを言わないのが賢い選択。だけどそれだけじゃ飽き足らずクラスメイトは未だ不信そうな顔をしてこっちを見ているばかり。知っているぞ、こういう時って大体すぐに色恋沙汰に絡めて人をからかうのだ。だけどそうだよね、客観的に考えたとしてもまあ分からないでもない。授業終えた瞬間誰にも聞かれないよう走って電話するなんてちょっと普通じゃないというか。どう考えても変だったよね。私だって友達がそんな行動を起こしたらきっとそう邪推する。…なるほど、気をつけよう。今後外で話すのはやめておかなければ。
 幸いにもクラスメイトの興味はそれも長くは続かなかった。聞きたい答えが私から引き出せなかったことに飽いたのかはたまた課題の答えを知ってとっとと帰りたかったのか─恐らく後者だ─机の上にさっきまでのプリントを広げ素直に教えを乞う。覗き見たその問題は私にとっても難解なものだったので一旦爆豪くんの電話を切ろうと再度携帯の画面を耳元に近付け、そして異変に気付く。


「…あれ?」

 私が喋っている間にあちらも飽きて切っていたらしい。ツーツー、と音がやけに耳に響く。…まあ良いか。私の要件も済ましたことだし金曜日にこの件は謝れば良いだろう。ポケットに携帯を突っ込み目の前の問題を解くべくシャーペンを握る。
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