「…もしもし、」
『やっとかけてきやがったか』

 夢じゃなかったんだ。…夢、じゃなかったんだ。携帯から聞こえてきたのは爆豪くんの声でハアと盛大にため息をついてしまった。瞬間聞こえてんぞボケと大きく人を罵る声は私以外誰もいない部屋に響きさすがに笑ってしまうけど仕方のないことだとどうか見逃してほしい。どうでもいいけど本当にこの人ヒーロー科の1年生なのだろうか。私の学生時代とは毛色の違いすぎるニューフェイス、とんでもない問題児に捕まってしまったのだと携帯を持つ手が震えてしまう。

 先日突如として我が大学にやって来てしまった爆豪勝己くん。あれから大学の前で電話番号の交換を強要され、次に来る日が決まれば電話しろといわれてしまった。何て横暴。何という暴君。返事はイエスのみしか許されなかった。それ以外の答えを口にすることは許されず、また携帯持ってませんの嘘は通用しなかった。周りの人達の目が恐ろしすぎてもう知らない振りをすることも出来ず結局大人しく携帯を出してしまったのである。それを遠目で見ていたクラスメイトにあれ彼氏?って笑いながら聞かれたけどあんな横暴な人についていける彼女がいるなら是非とも会いたい。拝ませてほしいしあなたは凄いね!と讃えたい。
 ともあれ奪われ…じゃなかった、私の不手際のせいで落としてしまったハンカチはともかく学生証はまずい。再発行できるにはできるけど時間がかかるしお金かかるし。目の前にあるというのに爆豪くんは返してくれずにそのまま彼の電話番号を登録したところまでしっかり見られ、ポケットに自分の携帯と手を突っ込んだあと大股で帰っていったし訳わかんないし。イラッとして小石でも浮かせて後ろからぶつけてやろうかと思ったけどあとが怖すぎて実行に移すことが出来なかった私はせいぜい彼が帰り道に転びますようにと願うぐらいだった。そう、私は悲しきかな敗者。負けたのだ。


『で?』
「…来週、水曜日、だそうで」

 私のバイト時間は自分の大学のカリキュラムとセメントス先生の空いている時間と照らし合わせて決まる。そうすぐに決まることはなかったし先生も今期は授業があったり多忙とのことで決めるのに時間がかかってしまった。来週の水曜日、夜。それがついさっき決まり、お母さんにも報告して了承の連絡を返した。
 母校のためならいくらでも行ってきなさいとやけに協力的なのはやっぱり雄英ってところなのだろう。しかし時間が決まった瞬間やってきたのは以前と同様の楽しみだとか嬉しさだとかそういったものではなくただ不安と憂鬱だったのは言うまでもない。もちろんそれがバイトの内容ではなく。

 お母さんにも部屋へ入ってこないよう念入りにお願いして、ベッドに正座でいざ電話。この時すでに爆豪くんに連絡を入れないという選択肢が頭の中になかったのはすでに私は下僕のように感じていたからなのだろう。何時ぐらいに電話したらいいのかなと悩んだけど、学生だし授業の妨げにはならないよう無難に夕方過ぎを選んだ。授業時間だとかそういったものは多分卒業したあとでもそう簡単にほいほいと変わらないだろうという予想は当たっていて3コール鳴ったあと爆豪くんが電話をとり、そして冒頭の言葉である。
 そういえば男の子と電話なんてしたことがなかったな。画面に耳を押し付け、爆豪くんと通話しているのがとても不思議な気分。もっとも今の状況は好きな人と喋っているとかそういったドキドキではなく、人質を取られた親が子どもの身を案じている方のドキドキだ。つまり失言しないかどうか不安で不安で仕方がないと言った感じというわけ。


「ねえ爆豪くん。あなた私と知り合いじゃないよね?」
『はあ?』
「だからその言い方ヒーロー目指してたら減点だってば」

 そもそも私は一体何をしでかしてしまったんだろうか。誓って言うけど爆豪くんと会話をしたことは先日が初めてだし1年生が入学してきた時には私は既に卒業しているし見たこともない。接点は何一つなかったのだと思う。今も確認したら威圧レベルがカンスト状態だったし間違いはない。知り合いじゃなかった。始まりはあの日のあの夜だった。普通の子ならば挨拶して終わるだけだったはずなのにそうしてくれなかったのが爆豪くんという不思議すぎる男の子だ。後輩をあまり悪く言いたくはないけど彼はきっとヒーロー科の中でもちょっと浮いているんじゃないかなとすら思っている。敵、だなんてそれは流石にヒーローを目指している子にとってひどい言葉だから口にはしないけど今の私にとってはそれに似たようなものを感じてしまうのも仕方のないこと。だからこそこうやって学生証を返してもらいたくて電話をすることになるだなんてあの時は思ってもみなかったし、何ならちょっぴり虐められてるような気分にもなる。先生にいえばそりゃ1発で返してもらえるかもしれないけどこんなことで手を煩わせたくないというのが本音だ。

 だって個性を使用するアルバイトなんて周りには全然ない。
 そりゃ私も腐ってもヒーロー科卒、ライセンスは補講を受けることになったけど何とか食らいつき取得している。だけどそれはヒーローに関連のない大学では使う事だってない。おおっぴらに個性を使えるバイトなんてそうないのだ。というわけで私はこのバイトを続けたいのです、端的に言うと。楽だから。適職だから。


『で、時間は』
「あっ、えっとお昼かな。あーあ爆豪くんに会えなくて寂しいけどお昼かなあ!」
『なら返せねえな』
「嘘です爆豪くん夜です!夜行きます!」

 そうだった。うっかり嘘ついちゃったけど会えなければ返してもらえないのだ。部屋の鍵さえ開けておいてもらえれば勝手に拝借してやるとも思ったけど腐ってもヒーロー科卒の私がそんな盗人猛々しいことをしてはならない。ああ無情。いつだって素直に生きてきた私がなぜこんな目に合わなければならないのだろう。
 つまんねえ嘘ついてんじゃねえよと吐き捨てるかのように言われもう私の心はズタズタのボロボロだ。あれ、私が悪いんじゃないよね?そもそもの元凶、私じゃないよね?


『来る時電話しろ』

 爆豪くんは私と違って言いたいことを全部言えるから良い気なものだ。さっさと用件だけ告げるとそのままぶつりと切ってしまった。ちゃんと学生証返してね、って告げさせてもくれなかった。それどころかそういえばあの人こんばんはもバイバイも言ってないんだけど私たちそこを省く仲ではないよね?あれ、最近の高校生はアレが通常運営な感じ?いやそんな馬鹿な!
 ツーツーツーと無情にも鳴り響くその音にバカヤロー!と嘆き、壁に向けて携帯を投げる。が、それはそれで損をするのは私だけなのだと個性で放物線を描いた携帯を手繰り寄せスンと鼻をすすった。ちょっと格好良いからってやっていい事と悪いことがある。舐められてるんだ。足元見られているんだ。後輩のくせに。後輩の、ヒーロー志望のくせに!


「か、勝手すぎる…」

 だけど1つ文句が出るともうダメ、イライラとしてきたものを止められるものは何もなく私の感情にあわせ個性で部屋に八つ当たり。ガンガンガン!コップが机で跳ねる。クマの人形が私を宥めるために私の頭を撫でる。うんうん、君は本当にいい子。誰かさんと大違い!
 おのれ爆豪勝己くん。不機嫌極まりない言い方してるけど何なのあの人。っていうかどうして嘘だってわかったの?そういう個性なの?やばくない?あれでヒーロー、本当にいいの!?悔しい悔しい悔しい!階下にいるお母さんに喧しいと怒られようとも私は爆豪くんの悪口をボヤかずにはいられない。
/
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -