「てめえ、俺の部屋の前で何してんだ」
「ヒッ」

 まさか見つかるなんて思ってもなくて咽喉からかぼそい声が漏れた。いや今年のヒーロー科1年生は例年とはちょっと違うぞなんて聞いたことはあったんだけど後ろから低い声が聞こえて腰を抜かしてしまったなんて情けない事態にへへと笑いながら振り向いたら全然笑ってない顔が見下ろしていて天を仰ぐ。あ、とは言っても寮の中なので私がさっき磨いたばかりの天井なんだけど。

 世の中せっかく使うなら戦闘に特化したものがいいなんて思うかもしれないけど世の主婦はそんなこと微塵たりとも感じて居ないと思うの。っていうか多分本来個性ってそういう感じだと思うのね。力が欲しいと誰かが願ったから怪力の個性が出来た、空を飛びたいと誰かが思ったら宙に浮かぶ個性が現れた。ま、もちろんそれが望んだ通り自分に発現されるのかと言われればそうじゃないんだけど間違いなく私はこの個性を愛し、利用してきた。

 私の個性は”無機物を操る”こと。

 皆が無個性だったなら超能力者としていい感じにお金を稼げていたのかもしれないけど今のご時世だとそこまで目立つようなものじゃない。自分の見える範囲だけに限り、小さなものを動かすことのできるこの個性は使いように拠ればヒーローとしての道も見えていたのかもしれないけど何にせよ臆病で引っ込み思案な私がそんなものになれる訳でもなく結局どうしたのかと言えば普通に進学した。普段はしがない大学生をやっている私が突然セメントス先生に呼ばれた時は流石にびっくりしたね。母校に呼び出されたとなると大体ろくでもないことが起こるとは思っていたんだけどまさかその後、突然寮を作ったから手伝ってほしいなんて言われるとは思ってもおらず校長室でハア? って言ってしまったのは記憶に新しい。


「えーっと、君、だれ?」
「俺の事知らずに其処に居たってわけか」
「あ、ごめんね。君、有名人なの?」
「クソかよ」

 母校がまさか全寮制になるなんてあの時ヒィヒィ言いながら勉強してた私は想像もつかなかった。此処何かあった場所だったっけな。無駄に広い敷地内の事はろくに覚えてなかったけどデデンと広がる広大且つ沢山並ぶ寮に驚きを隠せなかった。セメントス先生が作ったというのは聞いたんだけどまさかこんな素晴らしいのが出来上がるとは…恐るべし雄英の先生。素晴らしいアートである。
 そして私がそんなアーティストから頼まれたことと言えば、寮全体の掃除というわけだ。
 そういうことなら得意分野だし学校側からも公認のアルバイト、両親は快諾。提示された金額も決して悪くはないし、その代わり自分の学生という本業を忘れないよう、尚且つ此処に住む人たちにはできるだけ見られないようにしてほしいと言われ学生たちの授業中である午前中に大体はやって来て掃除をしている というのが私の日課になっている。なら公式で掃除を得意とする個性の人を募集すればいいんじゃないかとも思ったんだけどどうやら訳有りな様子で公に人を採用することは出来ないとのことなので私は深くは考えないでいる。

 という訳で今日にまで至る。胸元にぶら下げているカードを裏返し、ここが1年A組、つまりヒーロー科の子の寮であることを再度確認した。なるほど、この部屋の持ち主は爆豪勝己くん。ドアを開けてやって来たのではなく後ろから声を掛けてきたんだからきっと何処かお出かけをしていたのだろう。


「学生の夜間外出は禁じられていると思うけど」
「俺はお前が敵かどうかって聞いてんだ」
「こうやって個性で廊下を磨いている市民が敵に見えるようなら君ヒーロー科失格だよ。もうちょっと観察眼を磨いた方がいい」

 箒、チリトリ、雑巾にバケツ。
 爆豪くんの後ろでは私の個性で動き回る掃除用具が憤慨していることを表すようにドン、ドンと廊下の床を叩くけれどこれももちろん私の意志だ。部屋はともかくこういう共用スペースを掃除するのが私の仕事。談話室みたいな皆の見えるところは各自生徒が掃除するように言っているらしいんだけど、こういう廊下だとか階段だとか、或いは外壁だとか。そういうところの細々とした掃除が私の役割というわけ。この他にも似たような個性の卒業生が2年生、3年生と1人ずつ担当しているんだけど今日は午前中に私も授業があった為夜間にやってきたっていう話なのである。いわば私に何の非もない。許可証もちゃんともらっているんだもん、エッヘン。


「ちなみに先輩だからちゃんと敬うように」
「は?」
「エッ、何でこの人こんな威圧スキル特Aなのやばくない?」

 ヒーロー科の後輩とかこれまで喋ったこともないけど1年から3年まで全員こんな感じなの?私のクラスもっと和やかだったけどヒーローの卵がこんな感じでいいの?今まで築いてきた理想を早々に覆されショックを隠しきれない。掃除をしてくれてありがとうだとかそういうことを言ってくれる人たちばかりだと思っていた。ショック!裏切られた気分!


「あのねえ、私は…あ、」

 先輩としてお説教の一つや二つぐらいしてやらないと気が済まない気持ちにもなったんだけど残念ながら時間切れ。ピピッと腕の時計が鳴って早くも帰らなければならない時間であることを確認すると掃除用具全てを自分の手元に引き寄せ、箒を杖代わりに立ち上がる。1年生ってことは3つも年下なのに体格はかなり良く、私よりも既に背はずいぶん高い。鍛えている人なんだろうなあ。汗をかいているってことは多分トレーニングもしてきたってことなんだろう。意外と真面目な人なのかもしれない。言動が非常に怪しいけど。


「じゃあね、爆豪くん。もう会わないかもしれないけど、っていうかもう会わないように気をつけるけど夜間のトレーニングもほどほどにね」
「おい」
「またねー!」

 個性を使ってポケットから私のハンカチを浮き上がらせると爆豪くんの額に滲んだ汗を拭ってあげる。その最中、タイミング良く背後のエレベーターがやってきた。振り返り乗り込もうとすると未だ何か言いたそうだったのでハンカチをパッと広げ、驚いているその瞬間に乗り込み1階へと降りる。
 誰も追いかけていないことを確認するとホッと息を吐き汗を拭う。緊張した。心臓がとってもドキドキ高鳴っていた。はー怖かった。今度からは気をつけよう。爆豪勝己くん、ね。覚えた覚えた。掃除用具を後ろに従え見送りの為にセメントス先生が待っているであろう場所へと急ぎながら危険なゾーンとして私の中にしっかりと組み込まれたのだった。
 そう、だからもう二度と会わないと思っていたんだ。――この時は。



「よう、掃除女」
「んなばかな!」

 数日経った某大学、放課後。
 今日は久しぶりにバイトもないし図書館にでも帰ろうと思った矢先のこと。去年までは見慣れていた雄英高校の制服に身を包んだ爆豪くんが門の前で立っているだなんて考える訳もなく私は口をあんぐりと開けた。名乗ってはいないはずだ。セメントス先生にも言わないようにお願いしたはずなのだ。なのにどうして、爆豪くんは私を待ち伏せしていたのか。
 悪どい顔をした彼は夜に見た時よりはやや上機嫌と言った表情で私を見ていた。ヒラリ、ヒラリ。その右手に持っているハンカチの上に乗せられた学生証は紛れもなく私のもの。オーマイガッ。ポケットに入れてたのにハンカチと共に出て行ってしまっていたらしい。私のバイト人生早くも詰みを感じ個性を使い彼から取り上げようとしたのに強く握られている所為でびくともしない。ああやめて、学生証が泣いている!


「…な、何が望みなの」
「次はいつだ」
「だからもう会わないように頑張るって言ったでしょう!?」
「……へえ?」

 できれば早く後任の人が来てくれますようにと祈るばかりだ。もう遅いかもしれないけど。
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