我らがボス・XANXUSに言い渡された任務はそう難しいものではなかった。ルッスーリア隊長からもあらかじめこの手の出動があると聞いていたし、そうなると実に数カ月ぶりのものとなる。最近は事務業の方に専念できてしまうほど平和で平穏。もちろんヴァリアーとして仕事は各所や本部の方から回ってはくるんだけどそれも別に幹部が必須なほどの規模ではないものが多く、なんだかんだ隊員たちの中にも緩みが出てもおかしくないレベルのもの。その程度だとヴァリアーにしばらく在籍している私からすると平穏、という区切りに十分入るものだと思っている。
 とまあそんな感じだったので若干浮足立っていたのは否めない。どこかの誰かさんのような殺人狂というわけじゃないけれど、たまにはこういう仕事もしっかり受け付けておかないと本当に事務業しかできなくなってしまうからね。

 とは言え、だ。

「…だからって、なあ」

 すぐに行ってこいと告げられたその内容は私の得意とする後片付けだった。特に詳細は知らされてもいなかったけれどいつも通りならば大体そこには死人か、反抗勢力が幾人か、か。それら全部の抹殺。情報を得るために生存者を数人残しておく作業は人員の選抜なんかが意外と頭を使うし何より気が滅入るのであまり好きじゃないんだけど今回はそれも言われていなかったので生存者がいるのであれば全員殺してしまっていいらしい。それから、実地調査。あらかた調べてあるようだけど一応念のため、ということで一通り調べなおし何かを見つけたら持ち帰り、それが終われば私の判断で全ての削除。要は建物の破壊までが私の仕事内容となっている。
 走らされたのはとある古い洋館、ヴァリアー邸から1時間程度離れたとある場所。ここで抗争があったのだろう、建物内部に入る前から荒々しく踏み荒らされた草木の様子、その辺に散らばる銃弾、割れた窓……から微かに漂ってくる血の匂いに足が止まる。
 いつもそうだけど、後片付けと言われているからにはこういった戦闘の後に投入されることが多い。今回はその戦闘から時間が経ってしまっているようですっかり人気はない。これはすぐに終わりそうな案件だった。物々しい雰囲気につい剣の柄に手をかけたけれどそもそも人間と出会う可能性が限りなく低い。せいぜい残された罠だとかそういったものに気を付ければいいだろう。

「……確かに、暴れたような感じ」

 『カス野郎が暴れた場所を片付けてこい』と、確かにXANXUSはそう言った。それが誰のことを指すかなんてことは私もあえて聞かないし、聞く必要はない。仕事をするだけの身に余計な情報は必要ない。だけど、これはあんまりだ。
 扉を開ければそこは地獄だった。なんて聞こえはいいけれど実情、文字通りの惨劇が目の前に広がっていた。…本当に、文字通りの。すっかり乾いてしまってはいるけれど床に流れているおびただしい血と積み重なった遺体。五体満足で放置されたものは少なく、あちこちに腕や足、酷ければ首が机の上に乗っていたりする。それらの中にヴァリアーの隊服を身に纏う人間は一人ともおらず、全員が白衣と思われるものを羽織っていた。衣服ですらろくに断定できないのは単純にそれらが血で染まっているからである。もっとも何日か経過しているのでそれらはどれも錆びたような色へと転じてしまっているけれど。
 死因を見れば誰が暴れたあとなのかすぐ分かってしまう私も大概だ。こんなお世辞でも綺麗とは言えないない戦場は、あの人が得意としているものだろう。……S・スクアーロが記憶を失う前にやって来た場所に違いない。見栄えは宜しくないものの並んである死体の切り口は鮮やかすぎて、死人に口なしと言えど犯人はアイツだという呪い言が聞こえてきそうだった。最近はあの人の剣術を目の当たりにしていないけど相変わらずの手さばきだ。恐らく一瞬で絶命、この死んだ人間たちはあの人が剣を振り上げた瞬間までしか記憶していないに違いない。死への恐怖はあっても痛みは感じなかっただろう。
 死にたいわけじゃないけどそれはそれでちょっと羨ましいと思う。私はあの人自身はどうでもいいけどあの人の振るう剣自体は尊敬しているから。受ける側になってみたいとは思う。死にたい訳ではないけれど。

「出ておいで。食事だよ」

 まずは1つめの任務。晴の匣を開き、久しぶりに動物たちを出すと彼らは私に対し少し嬉しそうに擦り寄ったあと、速やかに食事を開始する。決して遅くはない速度で死体が消えていくのを横目に、私はそのまま歩みを再開する。
 ルッスーリア隊長にはいい加減この利用法は止めろと言われているんだけど今更この子たちに傷を癒す方向で躾るのはかなり難しい。死体が腹に収まっているというよりは既に死体である人間の、もはや動いてもいない細胞を活性化――なんて出来るはずもなく、破壊。それがとんでもない速度で行われていくので崩れていくと言った方が正しいか。嵐属性のとは真逆の性質にあるはずなのに使い方次第では同じような結果になるから不思議なものだ。
 匣から出した子たちはきっとお腹いっぱいになるかその辺りの処理が終われば勝手に戻ってくるだろうと判断し、彼らにその場を任せ、一番近い部屋の扉を蹴破った。その瞬間感じたのはひどい腐臭で思わず眉を寄せる。剣を持っている手で鼻を覆いたくもなるけどそうするのは悪手だ。……マスクでも持ってくればよかったか。

「……研究部屋にしては悪趣味な」

 ドロリとした液体の中に浸けられた無数の動物…の、脳らしいモノ。それが壁いっぱいに並べられ、かなり気持ち悪い。ホラー映画にでも出てきそうだ。人を斬り殺すことも処分することもそれなりに数をこなしてきたけどそれとこれとは話が別。せめてその辺に散らばっている何の内臓だか分からない赤黒い物体を踏まないよう移動するので精一杯だ。
 そういえばこういった任務もずいぶん久しぶりに受けたような気もする。
 事務の仕事ばっかりで身体が訛りそうだなと思っていたところだったから大歓迎ではあったけど、本来私のこういった仕事はない方がいい。そういう意味ではヴァリアーが暇であれば暇であるほどボンゴレにとっては平穏というわけなのだ。その更に闇深いポジションである私にも仕事が回ってこないということはもっといい。

 いろんなことを考えながら複数のトラップをかいくぐってさらに奥へ。
 どうやらこの任務の前任者であるS・スクアーロ、今回の任務は何度もここへ来なければならない規模であると判断したらしい。毒針が飛んでくる床やある程度の加重に反応し圧してくる天井などがある手前でヴァリアーの人間にしか分からない暗号をその場に刻み付けている。基本的に1人行動が多い私には絶対に考えつくことのない策だ。この辺りは見習う必要があるだろう。その情報のおかげで特に時間をかけることもなく最も奥の部屋へと到着した。4、5、6…この部屋に入ってからここに至るまで全部で7個のトラップ。もちろん警備の人間の相手もしていただろうから色々考えながら剣を振るったんだろうと思われる。あの人にとってはお遊びにしか過ぎなかったのかもしれないけど。どう対応したのかリアルタイムで見てみたかったな。
 ともあれ、これだけ念入りにトラップが置かれているということはここが重要な場所であることは間違いない。これは思っていたよりも早く帰ることができそうだ。

「あ、でも戻ったところであの人の記憶は戻らないのか」

 そういえばさっき大和からの報告を受けたけど、どうやらS・スクアーロはここ1年ほどの記憶が完全に抜け落ちているらしい。ああ、だからあんな感じだったのかとちょっとだけ納得した。
 1年前と言えば未だS・スクアーロが女好きだ何だと噂が広く流れていた頃だろう。出会う前だ。私は、と言えばあの人とは一生関わるつもりはなかったし何より苦手と言えば苦手。私の唯一を手にかけたことを恨みはせずとも思うところはある。結果彼の姿を見るたびに隠し通路や何だと避けてばかりいたせいでS・スクアーロよりも古株であるものの互いに面識はなかったというわけだ。よって彼からすれば私は突然自分の前に現れた不遜な人間、というぐらいの印象を持っていることだろう。
 奇なる縁が幾重にも重なり絡まって今の状況がある。この1年に起きたことを今の記憶のないS・スクアーロが知ったらどう思うだろうか。

『コッチは間に合ってる。それにそいつはオレの趣味でもねえよ』


 …いや、どうでもいいか。思い出しただけで苛々としてくるのは仕方ないだろう。バスケットだけじゃなく近くにあった花瓶でも投げればよかった。どうやらS・スクアーロが例の言葉の件で謝りたいと思っているらしく任務が終わったら来て欲しいとのことだけどきっと私は行かないだろう。別に謝ってほしいわけじゃないし。謝られたら私も上司に対する暴力行為を謝罪しなければならなくなってしまうから。
 
(……そうじゃ、ないか)

 常日頃から一定だと思っていた自分の感情は、先日から複雑だった。噂では聞いていたものの女性と仲睦まじく話す姿を初めて見たあの時や、私に対して放った暴言に近い言葉を受けたあの時に感じたのは純粋な苛立ちの他にもう1つ表現のし難いものを抱いていた。認めざるを得ない。それは衝撃であると。寂しさに似たものであったと。
 どうしてそんなことを思ったのか自分でもよく分からなかった。だって私はあの人と別に特別な関係にあったわけじゃない。好かれていたというのは言動で分かっていたし、その上で私はそれを受け入れつつも自分がそれと同種・同等のものを返すことは今は未だできないだろうということも。だからいつかあの人が私を相手することに飽きて他の人間を追いかけることもあるだろうという想像もあった。そうなったら自分に向けられる感情がなくなり私はまた身軽になれるだろうとも。
 だけど実際どうだ。
 我ながら身勝手だと思う。だけど目の前であの人を見た時に感じたのはやっぱり置いていかれたという感覚。…違うな、私を視界に入れることのないあの態度に、惨めで悔しいという感情が占めたのだ。

 ギ、と柄にかける指に力が入る。こんな感情なんて知りたくなかった。全てはS・スクアーロのせいだ。
 あの人が記憶喪失になんてなければこんなことを思わなくて済んだのに。
 いずれくる未来が早まっただけかもしれないけれど、それでも記憶喪失で全部がリセットにされてしまったのと私のことを覚えたまま気持ちが離れてしまったのでは全然意味が違う。

(感情なんて、不要なものだと思っていたのに)

 いや、今でもそう思っている。だってこんな気持ちは任務に不要でしょう。苛立ちも、居心地の悪さも。 
 鬱々とした思考を振り払うように剣で最後の扉を守っているトラップを破壊する。ここに何があるのかは知らないけどさっさと調査を終えて帰って休みたい。こんな、あの人のことばかりを思い出させるような場所からは一刻も早く立ち去ってしまいたい。
 さらに歩みを進め、S・スクアーロが剣で刻み込んだのだろう壁に記しているパスコードらしきアルファベットの羅列を打ち込むとゴゴゴ、と重たい音を出しながらようやく目当ての場所らしいところが現れた。わずかな家具とパソコンしかないシンプルな部屋だ。データを見るにはさらにパスワードを必要としている。ヒントはどうやらないらしい。
 辺りを改めて見渡す。この部屋にも一人の人間が足元で死んでいるけれど、この人はあの人が殺したようには見えない。外傷らしいものは見当たらないしこの人だけは自殺と思われた。…ここまで追い込まれて仕方なく、と言うよりは望んで死んだようにも見える。そんな満足気な表情を浮かべている、気がする。

「……探るか」

 パスワードをメモしているタイプだといいんだけど。あと突然動き出すようなゾンビじゃないことも願おう。
 なんて、楽観的なことを考えながらしゃがみこみ、遺体自体に罠がないかを確認してから持ち物を漁り始める。
 そして、


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