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「やはり君でしたか」

 突然、霧が晴れた。
 仄暗い視界からいきなり切り替わり現れた午前のギラギラと眩しい太陽の日光に目を細めると屋敷の前では一人の男が立っていることに気付く。全身黒ずくめでいかにも胡散臭いという風貌のその男は三叉槍を手に好戦的な目をしながらこちらを見ていた。


「…やっぱり君だったんだね」

 骸という男のことをこのナミモリで知っている人間はまだ少ないだろう。もっとも彼の住処である隣のコクヨウではこの最凶の幻術使いを知らぬ者はいない。

 繰り出す幻術のおおよそ9割が殆ど常人では計り知れない凄惨たるものばかりで、さらにはそれを有幻覚にしてしまうという厄介なスキルまで持っている。
 雲雀に言わせれば気持ち悪いものばっかりを作り出す変人といったところだったがそれを言えば最後、怒り狂うのは目に見えてわかっているが故に煽ることだけはやめておいた。

 彼と自分の相性はかつて無いほどに最悪だったのだ。
 かつてナミモリを陥れようとやって来たことがあったものの今は他国より不可侵条約を取り付けられ互いに姿を見せぬようにしていはいた、というのは一部の人間だけが知っている事実である。目を合わせれば最後、戦闘が始まり確実に破損物が耐えないからだ。それほどに彼らの戦闘は危険であり、周りを気にすることなく続行してしまう。如何に彼らが国にとっての上層部に与していたとしてもそれは変わりないのだ。


「まさか君がここに来るとはね」
「僕だって君がそこにいることに驚いているよ」
「クフフ、僕は恩返しをしに来たんですよ。彼女にね」

 雲雀も相当自由奔放とは言われているがその男には敵うまい。何しろ楽しい物事を発見すれば最後、自国の大事であっても放っぽり出して自分の欲求を最優先とするきらいがある。それに幻術使いに有り得る性質なのか、プライドが高く、己の内をさらけ出すことはない。何を話しても本音ではない。全てはまやかしであると、騙してかかる生き物であると雲雀はそう捉えている。

 そんな彼が何故か今は夜側についている。不思議で仕方はないが、昨夜彼女がパーティに来た時点で目星はついていた。
 このガラスの靴と言い誰にもバレることのなかった彼女を纏う幻術と言い、どちらにせよ高レベルクラスの幻術使いでしか有り得なかったわけで、そこまでできるとなれば骸の仕業であることは分かりきっていたことだ。それでもまあ、彼女を化物のようにしないようにしたことだけは認めてあげないわけでもない。どうあったであれ、彼女ならば…一撃は食らわせたものの見つけられる自信もあるのだけど。


「…何、夜の事気に入ったの」

 彼女に友好的な理由はよく分からなかったが昨夜の一件だけであれば彼の行為はむしろ自分にだって利があった。だからそのお返しとは言わないがほんの少しだけこちらだって歩む努力はしよう。

 いつもならば今頃トンファーを構えて一撃ぐらい食らわせているだろうけれどそれぐらいに雲雀にも余裕はある。経緯がどうであれ彼女があのパーティに行く気になったとあっても、彼女を取り巻くあの環境ではきっと難しかっただろう。そういう意味では骸は縁を取り持ったと言っても―認めたくはなかったが―過言ではない。
 もっとも彼は逆にこちらのその行動が心底不快だったのか、はたまた予想外だったのか僅かに瞠目した後「まさか」と鼻で笑った後に否定した。
 

「あんな野蛮な娘、僕はお断りですよ」
「そう」
「…おや、安心しましたね。雲雀恭弥ともあろう男があの娘にご執心か」
「君にはわからないだろうね」

 …前言撤回。やはり歩み寄る必要などないに等しい。
 どういう仲なのか気にならないこともなかったが聞いたところでこの男は自分を煽るように説明してくるに違いないしそれが合っているのかどうかすら疑わしい。ほんの少しだけ芽生えた友好的に歩み寄る気持ちは骸によって砕かれたもので口元を歪ませながらその奥にある屋敷に視線を遣った。

 そもそも自分は夜に会いに来たのだ。彼女を迎えに来たのだ。
 本来であれば自分一人で彼女の手をとりに行くだけでよかったのにこんな正装までさせられた上に馬車までつけられて。これで失敗になんて終えてみろ、またパーティをさせられるに決まっているのだ。自分の相手はもう決まっている。彼女でなければ興味もないし、彼女とでなければ意味がない。

 そんな夜の元まであと一歩なのだ。もっとも彼女はここまでバレていることなんて気付かずにいるのだろうけれど。
 見つけられるものならば見つけてみろと言わんばかりに挑発的な態度の彼女をこの手で抱きしめるために準備は入念にした。捕まえておくために逃さない為に色々なものを用意した。もう少しでそれが叶うのだ、邪魔されては、…しかもそれがもしもこの相手だったとすれば非常に面倒くさい。夜に入れ込んでいないのであればさっさと退場願いたいというのが正直なところである。


「じゃあ早くコクヨウに帰れ」
「言われなくともそうします。しかし折角君にも会えたのだ、少しぐらい運動でもして帰ろうと思いましてね」

 …その返答には賛同しないでもない。
 どうやら夜に何かしているような様子も見られないし恐らく彼女は骸の背後にある屋敷内に居ることだろう。ならば彼女に会うための一つの障害物として咬み殺してしまうのも一興だ。
 
 この男にだけは何が何でも、絶対に渡さない。今までずっと見守ってきたものをそう安々と奪われてなるものか。
 トンファーを構え相手も三叉槍を呻らせて走ってきたことを見届けると地を蹴った。

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