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 王族の送った招待状というものは一見自由参加と銘打っていたとしても強制力がある。例え貴族同士誰が呼ばれたか分からなくとも勿論主催側である王族は例え何十人呼ぼうとも把握しているのは当然のことだ。
 今後の付き合いを考えるのであれば、余程の事がない限り断ることはないだろう。
 だからこそ参加者一覧を見て雲雀は面白くなさそうにふぅん、と一言呟いた。

 結論から言おう、彼女は来なかったのである。
 一応受付をさせる者にその貴族が来たら若い娘3人とその母親の計4人が来ているかどうか確認までさせたのだが彼女のみが欠席であった。彼女の名前を出した途端顔を歪ませたとまで言うのだ、あまり仲は良くないのかもしれない。


「恭さん、顔が」
「うるさい」

 彼女が、夜が来ないのであればパーティなんて参加する意味がないじゃないか。
 親の横に並び皆の前で自分を披露し、ちらりと周りを見たけれど彼女の美しさに敵う人間なんて一人たりとも居やしなかった。こんな場所まできちんと姿を出したもののどことなく憂いた顔をした息子に、もしや気に入った女性は居なかったのかと親も不安がったのか誰誰と踊れだの話してこいだのいつものように小煩く言われなかったのが唯一の救いだろうか。

 こうやって初めて公の場で顔を出したのだが、彼女達は街に住む人間ではない。もしもこの中に町娘が混じっていたとすればまさか彼が王子だったなんてと驚くに違いなかったがここでそんな身分の人間は一人として居なかった。
 これなら誰か術士に自分の身代わりでもさせて街の見回りに行けばよかった。けれど今からそんな事なんて出来るはずもなくただただ時間が過ぎゆくのを待つばかりである。時々熱烈な視線も感じ取れたものの誰かの手をとり躍る気分など誰がなろうか。ピチチと羽音をたてながらいつも構っている黄色の鳥…ヒバードが自分の肩の上に乗ってきたものでそこでようやくハアと大きく息をついてパンくずを彼に遣った。


「…会いに行くべきだったかな」

 それも悪くない判断だったのかもしれない。
もしも本当に行けない理由、…例えば体調を崩していた可能性もあるけれどそうでなければ手合わせをすることだって出来る。

 久しぶりに相見える彼女は強いのだろうか。否、そうでなくてもいいのだ。あの意志の強い目さえ、生きているのであれば。
 要するに初恋の相手ではあったのだ。結局実ることなく、だけどあの時の彼女があまりにも印象的すぎて他の女性に全く興味を覚えることはなかったというだけで。それに夜の父親はこの街の警備隊長を任せられるほどの強さを持っていたらしい。今は違う人間が警備隊長をしているのだが、未だ彼に敵う者は誰一人としていないと言わしめるほどの実力者で、彼もまた雲雀と同じくナミモリの風紀を乱す者を決して許しはしなかったのだという。

 ナミモリの平穏、平和。それを守る事が自分の楽しみであり、仕事であり、そして彼女との唯一の共通点でもあったのだ。


「?どうしたんだい」

 そんな事を考えているうちに突然ヒバードが何かに反応するかのように慌てて飛び立っていく。別に動物と話せる訳ではなかったのだがそんな動きを雲雀は初めて見た。…何か来るのだろうか。
 ふと顔をあげ、広間の気配を探る。
 女性たちは最早見向きもしない雲雀の事よりも同性同士話しあい交流を広げていたり、はたまた一応とばかりに呼んでおいた他の貴族の男と話したりと自由勝手にしている。平穏かつ退屈な世界が自分の下の広間にはあった。

 ギィィと音を立て入り口が開いたのはその時だ。
 普通に考えれば大遅刻、遅れて入るぐらいであれば寧ろ来なかった方が良かったのかもしれないのにと思ったが雲雀は知っていた。今日、この場に居るべきであったのに居なかった人物はたった1人であることを。ならば、もしかして、まさか。

 思わず立ち上がり目当ての彼女が姿を現すのを待った。
 パタンと閉まる小さな音。しかし、こんな時間にと思ったのは誰もがそうだろう。一斉にシンと静まりそこから現れたのは全く見知らぬ女であった。


「…どなたかしら」
「さあ。でもとても美しい方ね」

 菫色のドレスを身にまとい紺色の髪の毛を緩く巻き上げた女は確かに大層美しかった。他の女性達からの視線を一身に浴びながらコツン、コツンと靴音を鳴らし壁際へと向かうとホッと息をついた様子が見られる。あまり周りのことは気にする性質ではないらしい。

――…誰だ、あれは。

 雲雀だって全員を把握している訳じゃない。だけど今持っている情報からすると彼女に違いないけれど顔だって何もかも違う。
 草壁から聞いてきた容姿だけではない、顔がそもそも違うのだ。自分の知っていた記憶が若干風化されつつもあったがそうであっても違いすぎる。それに、…グッと唇を噛み締めながら雲雀はその場を蹴り2階から広間へと躍り出て女へ向かって一目散に走り出した。


「キャァ!」

 憤ったというのが本当のところ。
 術士という人間が心の底から大嫌いだ。理由なんて今となっては殆どが知らないだろうが特に骸と言う隣国に住まう術士は自分と犬猿の仲である。だからこそ自分はこれまで術士には特に、徹底的に倒してきたし、嫌いだからこそ徹底的に調べてきた。そして彼女は彼の匂いがする。

 彼が幻術により姿形を変えている可能性は極めて高い。自分のテリトリーに土足で踏み込んだばかりか自分の期待を踏みにじる形になった罪は非常に、重い。繰り出すトンファーは間違いなく女の頭をかち割る程度に本気で振りかざした。別人であったとしても知るものか。そして、

――…キィン!


「…まあ、何て物騒な」

 軽くツーステップ。タン、タンとガラスの靴が床を鳴らし、しかしそれだけだった。手を出してきたわけではない。危険を感じ雲雀のよく知る三叉槍を取り出してきたわけでも正体を現した訳でもなかった。
 彼女が行ったのは雲雀の振るうトンファーの軌跡を見事に読みギリギリのところで避けた。たったそれだけの事である。

 しかしそれが、どれだけ大変なことか、難しいことか分からないものは誰もいない。この国一番のトンファーの使い手であり、純粋な武力に換算しても雲雀恭弥に敵う者など早々いないのであるのだから。
 偶然にも避けただけかもしれないと他者は感じたのかもしれない。こんな儚げな女性がそんなことを出来るはずがないと。
 しかしその彼女の一連の流れを目の当たりにした雲雀はよく分かった。
 彼女は間違いなく自分の動きを見切っていたのだと。


「今日は王子様の披露パーティなので、大人しくしたいのですが」

 そうだ、遅刻者の彼女は誰が王子なのかわかっていない。
 そして扉の向こうで受付の人間が彼女だけに送った目印付きの招待状を持ってきたことを声なく告げる。では、彼女は。

 トンファーを下ろししまい込むと改めて目の前の彼女を見た。見れば見るほど、自分の記憶の彼女とは違う。確かに美しい容姿ではあったのだが面影が一切なく、また彼女の姿全体から幻術の香りがする。紛れもなくあの男の仕業だろう。そうでなければこの城内にいる術士が気付かぬわけがないのだから。


「王子は帰ったよ」
「それは残念」
「…会いたかったの?」
「一目見たかっただけなんですけどね。興味本位です」
「そう」

 バッサリと切り捨てるその言い方はほんの少しだけ似ている、か。何故あの男と繋がっているのか非常に気になったし彼と縁のある人間仲であるのであれば捕らえる必要もあった。
 しかし、…どうしてだろうか、彼女は本当に何も知らずここへ来たのだと思えたのは。そして見栄えこそ全く違うのにこの人間こそあの彼女だと思ったのは。

 雲雀の質問に答えるや否や彼女は雲雀のことなど興味もないと言った様子で食事の方に目をやっていた。もしも繋がりがあったとしてもどうでもいい。今は、ただ。
 思わず彼女の名前を呼びそうになったけれど何とか踏みとどまった。姿形を変えているのだ、きっと何か理由があるに違いない。
 ならば、


「ねえ、僕と踊ってよ」

 青灰色の目を細め、一歩下がり彼女に手を伸ばす。
 やがて彼女は、…恐らく夜であろう女はその口元に笑みをたたえ「私でよければ」とその華奢な手を重ねたのである。

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