V


『良いですか、夜。君にかけた幻術は0時になれば消えます』

 馬車に揺られる最中、先程までの嘘のような出来事を夜は思い返していた。
 ゆっくりと眠ろう、ゆっくりとご飯を作ろう、なんて小さな贅沢を胸に立ち上がったその瞬間だった。屋根の上に何故カエルがいるのかと思ってそれを見ていたのだが突然周りが霧に覆われ、気がつけばそのカエルがエメラルドグリーンの髪の少年に変わったではないか!全身黒ずくめのそのエメラルドグリーン、そして後ろには同じく黒を纏った髪の長い男。もちろん夜はそんな人間を知らなかった。
 

『あれー?あまり驚かないんですねー』
『…驚きすぎて反応出来なかったよ』
『ですって師匠ーあまりおもしろくなさそうな女ですー』

 いきなり現れた2人組に殺気立たせ勢い良く立ち上がると距離をとり構えをとる。敵襲だ。

 夜の一族は代々武術に優れている。
 今となっては跡継ぎが居なくなってしまったこと、彼の再婚相手はそういったことに全くもって興味を示すことのなかった人間であった故に栄光も過去のものとなっていたが唯一血の繋がった娘にそれは確実に引き継がれていた。
 それが夜だ。

 だけどそれは決して力のない者に向けられるものとして教わってはこなかった。だからこそ義母に、それから姉と妹にどのような言葉や暴力を受けたとしてもその力を振るうことはなかったのである。この力は弱き者を守るための力。代々家系の男はナミモリの自警団に所属しており、それらは徹底されていたのである。

 だけど今目の前にいる相手にはそれらは通用しない。きっと、否恐らく確実に強い。しばらくの間戦いの場に身を置いていなかったがまさか自分がここまで近付かないと気がつかないなんてそんな状況は有り得なかったのだから。
 殺気を放ちながら彼らの様子を見ているとほう、と変わった髪型をした男の方が楽しげに目を細め何もしないと言うように手を挙げてみせた。


『先日は僕のムクロウが世話になったようで』
『ムクロウ…?あ、この前のフクロウの飼い主なのね』
『ええ。ですので、借りは返しておこうと思いまして』

 数日前、屋根裏部屋で怪我をしたフクロウの世話をした記憶は確かにある。大人しかったので誰かに飼われていたのだろうとは思っていたのだがどうやらそれの飼い主のようだった。
 どこからともなく現れ夜の肩に止まったフクロウは確かにあの時の彼で間違いはないだろう。元気になって良かったと思った反面わざわざ礼を言いに不法侵入したのかと若干呆れながら殺気を引っ込める。


『ところで君、舞踏会に行きたいのでは?』
『…別に、そこまでじゃないけど』
『面倒だしーそういうことにしておいてくださいー』
『…』
『僕は幻術使い。これも一応僕の弟子です』
『巷で有名な趣味の悪い術士の骸ってもしかして貴方?』
『……良いでしょう。趣味の良い僕からプレゼントです』

 どうやら名前は当たっていたらしいが修飾した言葉が気に入らなかったらしい。額を押さえながら突然手に現れた大きな槍を振るうと術士の力たるものを目の当たりにすることになる。
 いつの間にか夜はみすぼらしいボロ布で作られたワンピースから美しい色をしたドレスへと変わっていたのだ。それだけではない、伸びっぱなしの髪の毛だってくるくると巻かれてあり、今は鏡もないが普段の自分では考えられない容姿になっているに違いなかった。


『馬子にも衣装ってやつですねー』
『クフフ、まあコレでいいでしょう。では従者にフランをおつけましますので、後はご自由に』
『…ええと、…ありがとう、骸さん』
『どういたしまして。では楽しい時間を』

 ――…そうして、今に至るのだ。
 若干押し付けられた感が否めないがそれでも顔のない馬に引かれた髑髏型の馬車、内側はヘビ柄と見栄えはある意味”彼らしい”ものだった。可愛い花柄にしてくれとは言わないがせめてもう少し普通の人間が乗ることを考えてくれればよかったのにと思いつつドレスの裾を掴んで乗り込んだ。間もなく移動し始めたというのに不思議と馬車は揺れることはなく座り心地は然程悪くはない。
 
 骸が夜に伝えたのはたった1つだけ。0時になればこの幻術は勝手に解ける仕様であるということ。
 つまりその時間になれば否が応でもあのみすぼらしい格好を大衆に晒すこととなる。それが嫌ならば帰ってくること。
 筋は通っているし、そもそもそんなに長居するつもりはなかった。そこまで夢を見ているわけでもない。初披露である王子を一目見て、それから食事を少しだけ頂戴して帰る。一応これでも貴族の出、そういう場に行ってもマナーだって最低限は身につけてはいるし物怖じすることもない。それに9割は興味本位だ。何かあればすぐに帰れば良い。


「でもちょっと楽しみ、かな」

 とんでもない早さで走り飛ぶ馬車はまるで絶叫マシーン。
 パタパタと風に衣類と髪を靡かせながら夜はまだ見ぬきらびやかな世界に思いを馳せたのだった。

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