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「恭さん顔が」
「煩いな」

 言われなくともわかっている。自分がこれ以上ない程に不貞腐れているなんてことは。わかっているからこそ誰にも言われたくないものなのだ。

 雲雀はこれ以上なく現状に苛立っていた。
 そもそもこのパーティ、第一王子である雲雀恭弥が18になったということでお披露目会と称されていたが実態は政治関係に無頓着で事あるごとに身分を隠し城下町に出ては風紀を乱す人間が居ないかどうか見回りし時に血塗れになって帰ってくるという途方もないやんちゃっぷりを発揮する彼が大人しくならないかという親の意向と早く子どもの顔がみたいという我儘により成り立った所謂花嫁を探すための場でしかなかった。

 だからこそ面倒くさい。
 だからこそ鬱陶しい。

 確かにこのナミモリという国は気に入っている。
 風紀を乱す者は誰であっても容赦はなく咬み殺してきた。だけど、だからといってこの国を統治したいという思いがあるわけではない。あくまでも自分の力で、風紀を乱す者を倒したいというそれだけなのだ。一番上はなりたい者がなればいい。…残念ながら自分に兄弟が居ない所為で適任者が他に居ないというのが現状だったのだが。


「でも年頃の女性をということは彼女も来るのではないですか?」
「…忘れたよ」
「そうですか?恭さんが唯一負けた女性とし「草壁」…へい」

 草壁に話したのが間違いだったのだと過去の自分の選択を悔やまずにはいられない。彼が話すものだからまた思い出してしまったではないか。あの彼女のことを。唯一雲雀が気にかけた、純粋な腕っ節で負けたあの彼女のことを。
 ムスッとしながらあの時の彼女とのやり取りを思い出す。


『君、強いね』
『今時の女の子は守られてるばかりじゃいられないからね』

 今となっては随分前のことだが、これもまた例に漏れず身分を隠しナミモリの城下町を探索したときのことだ。
 人が多い中、不良の群れに突っ込み所謂ピンチになった時のこと、颯爽と現れた同い年ぐらいの少女にたすけられた経験がある。正直彼女が居なければ本当い生命の危機だったのだろうけれど当時の自分はそんな余裕もなかった。礼を言われたり、言うようなことなんて無かったしどうしていいのか分からなかったというのが本当のところだったのかもしれない。
 結局、やはりというべきか余計なお世話だとトンファーを振るったところ容赦なく返り討ちにあったのである。殴られた事もなければ自分よりも確実に、圧倒的に強い人間なんて出会ったこともなく、目をぱちくりと瞬かせ彼女の振るう拳をまじまじと見たものだ。

 彼女は決して名前を教えてくれなかった。

 雲雀だってそれは教えなかったものだから条件としては同じだったのだけどどうしても彼女のことが知りたいと思った。
 だから自分らしくはなかったと自覚はありつつもごねてみるとヒントとしてとある武術に優れた一族に生まれた人間だと教えてくれた。どうせそれだけじゃこの辺りの街の子どもが分からないとでも思ったのだろう。

 けれど自分は本当は、ただの街の子どもではなかったのだ。
 それならば話は早いと城に戻り聞いてみればすぐに該当する貴族を発見した。それだけでどうにも浮かれ、親もいつの間に知り合いが出来たのかと喜んだものだったが、しかし会いに行く前にその一族を統べる男が亡くなり、すっかりと廃れてしまったのである。何度か草壁に様子を見に行かせたが今は何と新たな家族の召使のような扱いを受けているというではないか。それに対して非常に苛立ったが、だからといって彼女の問題。定期的にこっそりと草壁に探らせるだけで、一方的に知っていたというわけだ。

 廃れたとしても、貴族としては変わりない。
 今は父親の再婚相手と共に住んでいるというところまで知っていたからこそ彼女のところにも招待状を送るように指示をした。
 その日付は今日だ。この日をどれほど待ち望んだことか。この日のパーティに彼女も来てくれるかもしれない。


「もうすぐですね」
「そうだね」

 珍しく雲雀が浮かれていたことに、当然のことながら草壁は気付いていた。彼が本当に嫌なパーティであったら問答無用で体裁なんて放り出して何処か出かけているに違いないのに今、正装で自室にいるということは、…即ち。
 元々感情が豊かではない彼であったが彼女のことが関わるとほんの少しだけ雰囲気が柔らかくなる。勿論当人に言えばトンファーが飛んで来ること間違いないので言ったことはないのだけど。

 そんなことを思われているとはつゆ知らず、雲雀は自室から彼女の住まう屋敷の方角をぼんやりと見つめていた。今彼女は何をしているだろうか。招待状を片手に綺麗な召し物に身を包み緊張した面持ちでこちらに向かっているのだろうか。自分が王子であることは知らせたこともなかったらし驚くだろうか。どんな表情で、自分を見るのだろうか。楽しみは広がるばかりだ。

 もしかしたら彼女は来ないかもしれない。そういう考えも確かにあった。
 なかなか無骨なところもあった彼女だ、もしかすると今もそれは変わらず鍛錬に明け暮れて今日のことなんてちっとも覚えていない可能性だってある。それはそれで、面白いのだけど。
 だけど彼女がもしも、此処に来るのであれば、


「次こそ彼女に勝ってみせるよ」
「……そうですね」
「うん。まずはそれから」

 負けるようじゃ僕だって求婚出来やしないからね。
 そう呟く雲雀の言葉に3度めのそうですかの草壁の声は少しだけ、弾んでいた。

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