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「夜、居るの!?」
「ハイ、ここに」
「遅いわね!早く支度をなさい」

 ハイ!と今度は心持ち元気よく応えた彼女の朝は異常に早い。パタパタと駆け足でやってきた彼女はいつものように微笑むがそれを誰も見ることはない。だけど彼女はそれすら気にすることなく、ただ耐えるように笑み続けていた。

 父親が亡くなる前までは再婚相手の女性と娘達2人とも仲だって良かったのだ。しかし亡くなってからは掌をくるりと返し、夜の部屋も父親の部屋も全てを奪い彼女を屋根裏部屋へと追いやってしまった。彼女の身分は今となっては召使も同義である。
 それまでに雇っていた従者も全て解雇してしまい今では彼女たちの世話を焼くのが夜の仕事となっている。彼女たちの服は流行のものだったが恐らく働いてもいない今、夜や父親の私物を売り捌いて手に入れているのだろう。キラキラと輝く宝石に思わず眉をひそめるとそれに気がついたのかコップになみなみと注がれていた水がバシャリと飛んできた。


「何か文句でも言いたそうね?」
「…いいえ、お義母さま」

 ポタリポタリと前髪を、頬を伝い落ちてくる水滴が娘達の食事に入ったとしてギャアギャアと騒ぎ立て夜は今度こそ表情に出すことなく心の中で大きくため息を付いた。

 今更仲良くしたいという訳ではない。だけどこのままこうやって生きて、死ぬのに何の意味があるのだろうと思うことだって増えてきた。
 最初はどうしてこんなことに、と悲しんだものだ。だけど月日は彼女の精神をゆっくりと、だけど確実に鍛え上げていった。それが怒りに直結せず諦めに入ってしまったのは仕方のないことなのかもしれない。だってどうしようもないのだもの。


「今夜はお城でパーティなのよ。貴方にはこれから私達の着付けをしてもらうわ」
「雲雀さまに会えるだなんて感激!」
「見初められて王妃になるのも夢じゃないわ!」

 食べながら目を輝かせペラペラと妄想を繰り広げる彼女らの何と器用なことか。思わずその妄想に聞き入ってしまったものの、早くしなさいと怒鳴られ夜はちょこんとお辞儀をして命令通り用意するためその場を後にする。

 そういえば今日がそうだったっけ。

 彼女たちから直接聞いたことはなかったものの、食事の為の買い物をしていると街で聞こえてきていた話を手を動かしながら思い出す。
 どうにも王族である雲雀家が大々的なパーティを開くというのだ。招待状の相手は貴族の、それも若い女性に。つまるところそろそろ唯一の子息である王子の花嫁探しといったところだろうかと誰もが噂をしていた。
 王子の名前を雲雀恭弥という。
 あまり外交的な性格ではないらしく、華々しく社会の場に出たこともないと聞いていたがとうとう本日が皆の前でお披露目となるのだろう。夜だって一応これでも貴族の出である。それがどういうことかなんて事も知っているから故にその顔も知らぬ王子様に同情せずにはいられない。


「外にも自由に出られない、好きな時間に好きなことができない。それって、いくらお金があっても楽しくないんじゃないかなあ」

 夜は確かに今は召使のような扱いを受け、綺麗だった手肌は毎日の水洗いでガサガサになっているし十分な栄養が取れていないのと父親が亡くなってからのショックで痩せぎすの体型となっていたがそれでもすべき事をこなし、彼女たちが外出している間は大好きな歌をうたいながら一人屋敷内で踊り、何とか彼女達から守り抜いた数冊の本を読み、効率よく仕事を切り上げ屋根の上でのんびりと寝そべる事が出来る。決して裕福とは言えなかったが自分に与えられた時間を有意義にいっぱいいっぱい使うことが出来る。
 だけど彼はそういうことだって出来ないのだ。否、そもそもそういうことがある という事自体知らない可能性だってあるのだけど。


「舞踏会、かあ」

 行きたいという訳でもないけど、見てみたいという気持ちはほんの少しだけ。
 綺麗に着飾った自分の血の繋がっていない家族達がいそいそと出ていき、今日も屋根の上でぼんやりとしながらお城のある方向を見てフゥと一息。

 一体どんなところだろう。
 どんな素敵な王子様が居て、どんな美味しい料理が出て、どんな美しい服を着飾った方々が踊るのだろう。今日はきっと皆も遅くなることだろうし折角だからゆっくりしよう。そんな事を思いつつ大きな欠伸をするといつの間にか自分の傍にいたカエルがゲロッと軽快に鳴いた。


「……ん?」

 どうして、こんなところにカエルなんて。

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