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「…っふ、」
「どうしたの加州」
「ほら見て主」

 窓を開け、パソコンに向かったままの律に話しかけるとうーんと伸びをしながら素直に加州の言葉に従った。
 ちょうどこの位置からだと丘に広がる満開の桜が見える。もちろん本丸の中でも木はあるのだがせっかくだし囲まれておいでと朝から長谷部に伝え皆を引き連れていったのが午前のこと。
 食事は元々光忠に頼んでいるお陰でその費用はかからなかったが、それ以外にもと多めに駄賃も渡しているのを加州は知っている。恐らく皆初めての買い物も楽しんだに違いない。今の時間であればそんな買い出しも終えているだろうし酒飲み共は早ければ出来上がってる頃だろうか。

 遠くから聞こえてくるのははてさて、誰の声か。

 彼らの、また加州の主である律に対して何か叫んでいるのは分かっていたがあんなところから彼女が全てを聞き取れるほど地獄耳の持ち主だと思ったのか。その発想にはいささか驚かされたが、窓を開けた律はふふふと楽しげに笑った。


「皆、楽しそうだねえ」
「主も行けばいいじゃん」
「うーん、短刀達に囲まれてキャッキャは憧れたんだけどさ。やっぱり仕事がね」
「言うと思った」

 丘の上にいる彼らが集まっていたかと思えば銘々に散り、また花見を再開したことを確認した後彼女はまたパソコンの前に座り込む。
 楽しげな表情はそのままで、しかしキーボードを叩く音は尋常ではない。他の本丸の審神者がどうであるのかは分からなかったが彼女に貸せられた報告書の数は人より多いことを加州だけが知っている。何しろ彼女が最初に選んだ一振りだ、この本丸に足を運んだその瞬間から彼女の事を見てきている。


「加州は行かなくていいの?あっちの方が楽しいよ」
「良いの。俺が好きでここにいるんだから」
「…いつもごめんね、ありがと」

 振り返り、頭を撫でられるとそれだけで此処にいるメリットがあるだなんて言えば律はきっと笑うだろう。
 出不精。
 この本丸で古株にあたる長谷部や光忠には彼女のことをそう伝えるように言ってある。長時間に渡る相談の結果だ。しかしながら彼女が本当はそうでないこともまた、彼らは知っていた。本当はああいうイベントごとは大好きだし実は食事の食料調達は彼女が行っている事が多いのだがそれも知らぬ者が多い。

 距離を取りたい訳ではない。
 仲良くしたくない訳ではない。

 色んな事があり、今に至っているのだがまだ皆に知られる訳にはいかないのだ。今はまだ彼ら同士で仲良くしてほしいという彼女の願いから、これは秘匿され続けていた。


「よーし、加州お腹すいたね」
「えっ」
「誰かがお弁当持ってきてくれたみたい。一緒に食べよっか」

 襖の外に人の気配があったと思ったがその後、トトトトトと小さな駆ける音。きっと短刀の誰かだろう。
 仕事をしている彼女の邪魔をすることはこの本丸ではタブーであるということを彼らは顕現してからすぐに加州から習う。彼女と話したかったり、顔を合わせたり、意見を言いたければまず近侍である加州を通さなければならないという暗黙のルールがこの本丸にはあった。恐らくそれは守ったのだろう、不思議に思った律がカラリと音をたてながら開くとそこには光忠の作った重箱が置かれている。
 どうやら元々用意をしてくれていたようだった。


「見て、これ」
「主って愛されてるね」
「皆いい子だからね。だからこそ、私も頑張らなくちゃなあ」

 開いた重箱の豪華な料理の数々を広げる。
 どこからこんな知識を取り出してきたのか、決して律では作り方すら知らない具。買ったのはもちろん彼女と加州であるので何が使われているのか分かっているはずなのだがあれらをどう調理すればこんなものになるのだろうか。
 律儀に置かれた割り箸2膳、同じタイミングでパキンと折り、「イタダキマス」と手を合わす。それから、


「ふふ、大事に使わなきゃね」

 律の膝の上にはひとつの栞。恐らく彼らが今いる場所のところから比較的綺麗だったものを集め、すぐに作って誰かが持ってきてくれたに違いない。
 白色の台紙にこれでもかと桜の花びらが詰め込まれた押し花の栞は、彼女の心の底からの笑顔を引き出していた。
(笑う審神者)
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