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「――…花見、ですか」
「目の前の丘の上に桜も結構咲いたしさ。皆連れてってくれないかな長谷部」
「主命とあれば。しかし…主は」
「私は居ないものと思っておいて。…ごめんね」


 そういう訳もあり、今日は全員の当番も無しと朝餉の際に告げられ皆銘々に荷物を持ち今に至る。
 とはいうものの目の前に本丸がある故に大した遠足にも成りはしないのだがいつもとは違う景色にはしゃいでいるのは短刀達だけではない。
 おやつは一人いくらまでと決められ流石に全員でいくわけにはいかず少数ずつで万屋に向かい銘々欲しいものを買ってきては遠足気分である。

 長谷部とて本当は審神者である彼女の傍についておきたいという気持ちではあったが今頃恐らく膨大な書類整理に追われているのは知っていた。
 彼女にとっての初期鍛刀ということもあり政府から与えられたとされる加州清光の次にこの本丸について詳しいということで、よくよくこういったことを任せられるのだが審神者業務はあくまでも彼女だけしか出来得ないものである。
 そもそも”ぱそこん”という何やらカタカタとよく彼女が打ち鳴らすよく分からない道具を扱うことすら出来ないのだ。

 では自分に何が出来るか。それはもう彼女に頼まれた事を全て完璧にこなすだけのこと。
 此処に顕現した刀剣達が全員審神者である彼女の性格に左右されているのであればもう少し楽ではあったのだが彼らは些か気楽すぎるきらいがある。


「そういえば主の顔、久しぶりに見た気がするな」
「ああ、確かに」

 それぞれ適当に座らせ、光忠が朝から審神者に頼まれ腕を振るった重箱が殆ど空になった辺りで誰かがそう呟いた。誰かがそれに同調すると同時に、明るかった空気がほんの少し暗くなったことを感じ取ると長谷部はハアとため息をつかずにはいられない。

――…今更か。

 律には、否、審神者には不思議な力がある。
 それの代表的なものといえば自分達刀剣男士を鍛刀する力があるということ、それから傷ついた自分達を治療すること、そして自分達の目の前に見える本丸を機能させることである。最初の2つは彼女達の住まう本当の時代にてこの力を有する”適性”テストなるものがあるらしく政府に目をつけられた審神者はまずこのテストを知らず知らずのうちに受けさせられている。厄介な事にほとんどと言っていい程に拒否権はないらしい。

 そして3つ目。
 これは正直誰でも良いということなのだが本丸には1人、必ず”審神者”が居なければならない。
 そこに座する者は人間でも、動物でも何でも良い。ただ必ず審神者がいなければ本丸は存続することができず荒れる。そして最終的には自分達も錆び、折れてしまう。
 審神者は自分達を鍛刀し、手入れする。そして自分達は審神者を護り、ひいては歴史を守るため歴史修正主義者を倒すために戦う。審神者と刀剣男士の関係とはそういうものだ。


「あの、」

 和気藹々とした食事の時に声を小さくかけたのは五虎退だった。そういえばある意味彼は誉を皆からもらえる程度の偉業を成し遂げた者である。
 彼自身まだ日は浅いが故にどういうことか分かってもいないだろう。


「あるじさまって、どんな方なんですか?」
「難しい質問だな」
「でも、皆さん長いんでしょう?」

 ううむ、と唸る者が数名。苦笑した者も数名、長谷部は確認できた。
 その上で自分も彼の求めている答えを出すことが出来ずに無言を貫く。

 別段、彼女が嫌われている訳ではないのだ。
 寧ろ自分達は鍛刀されたその瞬間から目の前にいる審神者の事を唯一の主として認識する。もちろん今までの自分達各々の持ち主の記憶は有しているのだが、ただ彼女を、審神者を護らねばという使命に駆られるのだ。そして誰かに説明を受けるまでもなく自分達のすべきことを把握する。他はどうかわからないがこの本丸に顕現した刀剣男士たちは少なくともそうであった。


「彼女はね、究極的な出不精なんだ」
「…デ「出不精。部屋から出たがらないんだよ」」

 これは一体何度目の説明になるのだろうか。この本丸にやってきた者全員が必ずといっていいほど口にするその質問に長谷部の代わりに光忠が応える。
 そう、彼女の事をよく知る者がいないのは彼女自身に問題があるのだ。


「あるじさまは、ゆあみのときしかおそとにでないんですよ」
「だから肌が雪みたいに白いんだろうな」
「あ、でもアタシとはよく呑んでくれるのよ。持ち込み限定だけどね」

 銘々が彼女の話をする時、寂しそうに見えるのはきっとそういう事だ。
 自分達と関わり合いたくないという訳ではないだろう。ただきっとあの膨大な量の仕事に追われているだけに違いない。そう思ってはいたが毎日あれだけ作業しているというのに一向に減る兆しが見えないのは何故なのだろうか。
 それが審神者の仕事だと言われてしまえばそれまでなのだが、あれではいつ倒れても可笑しくはない。その辺りは近侍である加州に任せているので安心はしているのだが。


「あそこから僕たちのこと、見えるかな」
「見えるさ。だから手でも振ってやろう」
「おお!それはいいですね!」
「掛け声でもつけますかな」
「賛成賛成!」

 本当に見えるか否か。
 しかし小さく見えるものの確かに彼女の居る2階から此処は窓を開けていれば見えるし、聞こえるかもしれない。もっとも例の”ぱそこん”なるものと対面し見比べしながら打ち込んでいなければ、の話だが。

 一部は既に酔っ払っている者もいる。
 既に腹が膨れ眠くなっている者もいる。
 それでも誰かが言い出した案に乗っかる程度には、彼女のことを皆好いているのだ。横並びになり、今日も今日とて忙殺されている我が審神者殿の事を考えている皆の表情は揃って輝いている。ここに、自分達の隣に彼女が居るものであればもっと喜んだものだがと思いながら長谷部も立ち上がった。


「せーのっ!」

 恐らく、銘々に言いたいことを叫びたかっただけなのだろう。
 結局何ひとつとして揃いもしなかったがそれらが全て彼女に対しての感謝の言葉であった事だけは確かだったのだが。


「お前達、こういう時は普通決めた事を口にすべきだろう!」
「悪い悪い、今度はそうするって」
「長谷部さん怒りすぎも身体に悪いですよ」
「だ・れ・の所為だと思っているんだ!」

 花見の席はまだまだ続くのである。
(お花見男士)
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