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「いくよ加州」
「りょーかい。って律がそんなコソコソする必要ないと思うけど?」

 皆の寝静まった夜、気配を探るなんて器用なことなんて出来るはずもなく近侍である加州にお願いし目的地までの場所に誰も居ないことを、それから誰も起きていないことを確認する。
 この為に皆には悪いけど海にまで行ってもらい全力で遊んでもらったのだ。きっと今頃疲れて眠っていることだろう。もらったお土産―もちろんこれも直接受け取った訳じゃない―は色とりどりで、生きた小さなカニは急遽小さな水槽を購入、粟田口の子達にお世話係を任命し、それ以外のものは全て私の部屋に飾ってある。ちなみに先日今剣が持ってきてくれた、皆で作ってくれたらしい折り紙も壁に貼ってある状態で色々と作業部屋がごちゃごちゃになっていた。

 彼らは相変わらず、私を好いてくれている。
 その好意の証であると思うともったいなくて何処かにしまうことも出来なくなり結局全て壁や机の上に広げられたままという有様だ。パソコンの周りはお陰で色鮮やかな状態になっていて、お陰で外に一切出ない私でも四季を感じられるようになっていた。


「今更、無理だよ」

 今日は七夕。少し前に長谷部に頼み近々七夕という行事があるということを皆に伝え、短冊を一人一枚渡し、書いてもらうようにお願いした。
 せめてそれぐらいは私が渡せばどうだと複雑そうな顔を彼は浮かべたけど私は首を横に振っただけで突き返されたそれに手を伸ばすことはなかった。

 彼らは目を輝かせ、七夕の事を聞いていたらしい。
 その様子を見ることは出来なかったけど配った人数分の短冊が皆の手によって飾り立てられ中庭にあるという情報を得た。

 そして、それを見に行くことこそが、私の目的だった。


「皆のアンケート調査みたいになってて嫌だけどさ、…これぐらいじゃないと皆の希望、聞けないし。皆何も言わないし」

 毎日私からの伝言をお願いする加州から聞かされる皆の様子、連絡、誰が喧嘩したか、誰が怪我をしてしまったか、今日は何が起こったか、今日はどんな楽しい事があったか。そういった情報は全て一部の、具体的に言えば加州、長谷部、光忠、三条派の男士たちから聞いている。
 何故私が自室から出ないのか。断言するけど私は審神者である現状を嘆いたこともないし、日課だ何だのという作業も嫌いではない。もちろんその日課に不可欠な男士達が嫌いだということはありえない。絶対絶対に、有り得ない。


「諦めろとは言わないけどさ、俺もう少し主が肩の力を抜いてくれればって思うよ」
「ごめんね、これが私なんだ」
「別にいいけどさ」

 目的はたった一つ、私の願いはたった一つ。

 力を貸してくれる為に顕現を許可した刀剣男士が今の時代どれほどいるか分からないけど、やはりそんな中でも顕現しやすい男士もいればそうでない男士もいる。私はまだどちらかといえば新人ではあるし、私より先輩審神者なんてそれこそ沢山いるのだろうけど取り敢えず問題なくやってきた自信はある。むしろ毎日コツコツとそれなりにしている方じゃないかと慢心しているぐらいだ。
 お陰で未だ限定された期間・地区でしか発見されたことのない男士以外ならば私の住む本丸に居た。私と加州だけだった広すぎる本丸は増え続けた今ではむしろどの部屋にも誰かがいるような状態にまでなっている。
 だけど、それでもどうしても手に入らない男士がいる。見たことすらない男士がいる。


「――小狐丸」
「…律」

 吐息にその名前を乗せると加州はとうとう溜息をつきながら私の肩をポンポンと叩いた。

 先人達が頑張ってくれてるお陰でどれほどの霊力を込めてどのタイミングで誰が鍛刀で顕現させることができるか、昨今の技術と情報は素晴らしく進み我々は共有する事で政府に認められた力を持って進むことが出来ている。
 この加州は私の初期刀。何だかんだと私の相談役を乗ってくれたり、他の男士たちのことを話してくれたりするいい相棒なのだけど彼にもこの件はいつも苦い顔をされていることなんて十二分に分かっていた。

 だけど私は彼を、小狐丸を諦めるつもりはこれっぽっちもない。
 皆が求めていることは知っていた。今剣が何もないようにして、粟田口派の子達と仲良くしているときに羨ましそうな顔をしていることも知っていた。誰かが誰かを求めている限り、私はそれに応えてあげたいとおもう。
 「もういいから」「無理しないでいいから」そう何度言われただろう。今剣にだけじゃない、この件を知っている他の三条の男士にも言われたしことのほか三日月には強く言われている。以降行動を変える気のない私の様子を見て呆れたのか、彼はもうそれ以上何も言うことはなかったけれど。


「ほら、それより見て加州。いっぱい書いてくれてる。やっぱりこういうのって枚数あったほうが綺麗だねえ」

 彼が出ないままの状態で私はのんびりと過ごすわけにはいかなかった。たとえそれが自己満足だと罵られようとも、やれるべきことがあるならばそれだけは避けずにいこうとも。

 結局、というべきかこの本丸にまだ彼は来ていない。私が躍起になっていることを知っている今剣はもう私に何もお願いをすることもなくなってしまったし、たまに私の事を悲しい目で見ていることも知っている。
 とんだ悪循環だとは自覚も、ある。だけど今更とめられることなんてできやしないのだ。加州に不器用だと笑われたって仕方ない、かな。

 さてここには何のお願いがあるんだろう。皆が政府から提示された課題をクリアしてくれているお陰で資材はありがたいことに潤沢だった。問題は私の霊力だけで、日に数回しか刀剣男士を顕現できないということぐらい。
 ならばちょっとぐらい新しい何かが欲しいとか、…誰かに会いたいとか、私でも何とか手が届きそうなお願いであれば叶えたいという気持ちがある。もう今となっては誰も、私へ直にお願いをする人は居なくなってしまったもので。


「…っ」

 手を伸ばさずとも、風に吹かれれば私の背からでも丁度見える短冊がそよそよと流れ書かれた面を見せ付けてくる。そこで私は、目の前に広がる光景に茫然と立ち尽くすこととなった。
 「言っとくけど」私の隣に立っている加州はこれらを知っていたのだろう。そういえば加州の分の短冊も渡していたのだからきっと一緒に見ていたに違いない。


 ――あるじさまとあそべますように!
 
 これは、今剣だろうか。
 初めに目に入ったのはあまり書きなれていないという風だった文字。そりゃそうだろう、彼らは元々刀剣だったわけで文字なんて本来の刀として持ち主の傍で見ていたかもしれないがそれだけだ。筆を持ったことだって今回が初めてなわけで。
 

 ――主様が笑って過ごせますように

 どうして皆、名前を書かないんだろうなあ。これも私関係。3つ目、4つ目とそのまま上へと視線を上げていくのに困ったことに殆どが私のことばかりでむしろ戸惑うことになる。…ああ、この早く次の戦場に行かせろっていうのは大倶利伽羅だろうなあ。皆でご飯を食べたい…これは光忠かな、何とも達筆なことで。15、16…26、27……一枚一枚短冊を掴んでは読んで、戻して。


「んー…」

 困ったなあ、これは不測の事態だった。
 何かが欲しいとかさ、そういう願い事があればいいなって思った訳だ。もちろん行事ごとを楽しんでほしいと思ったのが1番で、内容は二の次なんだけど。
 書かれていたことに、何一つ誰かに会いたいだとかそういうことが書かれていなかった。この私の事情を知らせている男士たちは口が堅いので誰かに洩らしたということは絶対に有り得ないと言い切れるけど、もしかすると私の目的だとかそういうことが少しずつ彼らも分かっていたのかもしれない。そうだとすれば私は結局彼らに気を遣わせばかりだなあ。


「どうしたの律」
「嬉しくて泣きそう」
「ここは泣いていいの」

 ばかだなあ、と笑う加州は私に向かって腕を広げる。どうして皆、ほとんど話したことのない私の身体の心配ばかりしてくれるのだろう。審神者が、いやもっと具体的に言えばその剣の現在の持ち主である私のことを大事にしてくれているということは分かっている。そう分かっていても、やっぱりこれを見てしまえば。
 ぽんぽんと背中をあやすように撫ぜられるともう我慢など出来なかった。

 きっとこの本丸に来て初めてだろう、私は私と同じぐらいの大きさの身体に抱きついて、らしくなく泣いた。
(ねがいごとはひとつだけ)
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