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 今日もいつもと変わらぬ日々の始まりであり、そうしていつもと同じように終える。
 七夕の行事も無事に終えたものの彼らの願い事が叶わぬことを彼らは知っていた。否、別に叶えてもらおうと思って書いた訳ではなかったのだと誰もが思っていたのだ。
 自分達を顕現させた彼女の事を悪く思う男士は一人たりとも居ない。そういう風にできているのだと言われればそれまでだったが、それでも確かに彼女を思う気持ちは各々あったのである。
 律は、ただ真面目な女であった。今剣はそう彼女のことを評価していた。 

 そもそも事の発端は自分にあったのだと今となっては反省もしているのだ。今剣は初期の方から居た一振りであったが、段々と粟田口の男士達が大所帯化し、そうして他の刀派の男士達も増えてきた。岩融が顕現された時はすぐに肩に飛び乗ったことも覚えているし、律は楽しそうにそれを見て笑っていたっけ。
 他の本丸がどうだったかは知らないがそれなりに彼女は上手く男士達と接していた。一緒に食事を取ることの方が多かったし、忙しそうになったら逆に皆で食事を片手に彼女の部屋へと詰めかけたり。あの時は加州もそこまで厳しくはなかったし、何よりずっとずっと本丸には笑顔が溢れていたのである。もちろん現在もそれに変わりはなかったが、その代わり彼女という存在が完全に孤立した状態にあるのも、今剣は自覚していた。

 自分が小狐丸に会いたいと言わなければ。みながあつまればもっとたのしくなります、とあの時それを口にしなければ。そう考えたところで遅いというのに彼女は自分の願いを叶えようと躍起になり今も部屋に閉じこもっている。


「おはよう」

 暗くあったところで解決しないものは仕方ない。それに自分がこんな気持ちになってしまうのは、未だに一生懸命走り回る彼女に何よりも失礼ではないか。きゅっと唇を噛み締め今日もまたいつもと変わらぬ日常が始まる。
 凛とした声が響いたのは今まさに食事を取ろうとした時だった。

 何事かと思い皆が箸を今から取ろうとした状態のまま硬直する。声の持ち主は当然この本丸唯一の女性である律であったのだが、それがあまりにも異常であると思ってしまうほどに染み付いてきた日常に彼女の存在はほとんどなく。
 「ええと、」ポリポリと頬をかく彼女の、何たる人間らしいことか。当然人間なのだからその行動はあっても問題なかったのだが此処最近彼女を見ると言えば部屋に閉じこもりひたすら書類やパソコンに向かって何かを打ち込んでいる背中、もしくは先日五虎退の活躍により皆で朝食をとったきりであり随分と彼女を真正面から見ることはなかったのである。
 彼女が朝のこの時間に降りてきたのは加州以外知らなかったことなのだろう。長谷部に至っては完全に硬直しているし燭台切は慌てて彼女の分の食事をとりわけに厨へと向かっているという有様。突然思い立ってやって来たというにしては身なりもこざっぱりとしているし元々本日そういう予定だったのだと分かる。


「…膨大な書類整理に追われていた所為で人間らしからぬ生活をして本当、ごめんね。それと朝ご飯の前にやってきてごめん。お腹が空いていると思うけど3分だけ私にちょうだい」

 彼女は男士達の事を嫌っているのではないかと誰かが呟いたことがある。その言葉は誰も否定することなく、また肯定する者も現れなかった。

 だけど今剣は知っていた。

 彼女はこの本丸を愛し、皆の事を大事にしているのだと。
 誰かから小さな要望を聞くとそれをこなそうと努力することを。

 これまで彼らを不安に陥れたのは間違いなく自分の願いだったから。
 しかし、それを彼らに伝えることはままらなかった。彼女は誰にも知られていないと思っているのだろうから。彼女が何に対して努力しているのか誰にもバレていないとそう思っているのだから。もしも全員が知ってしまい、皆がそういう雰囲気になれば彼女はもっと身を粉にしてでも働くに違いない。そういった不安から、今剣は誰にも言えずにいたのだ。

 彼女はいつも、一人で戦っていたから。
 今日はそんな雰囲気すら感じさせることはなかった。それどころか随分久し振りだというのに笑みを浮かべられれば何故か何処となく安堵する。今剣は彼女の立っている場所から一番遠い場所で座っていたがもう、我慢など出来るはずはない。


「――改めて、皆、この本丸へようこそ。私が審神者の律と申します。既に……え」

 彼女の驚く顔なんて初めて見たかもしれない。助走をつけ彼女の細い身体に抱きつくと驚きに律の挨拶は停止する。
 おい!と後ろから声を荒げているのは長谷部だったがそんなことで今剣の行動を止められる者は居なかった。


「どうしたの今剣。何かあったの」
「なにもないです」
「そう。なら良いんだけど」

 ポンポンと背中を撫ぜられるそれに、どれだけ焦がれていたことか。ずっと自分の中にあったわだかまりがそれだけで溶けていく。
 自分の所為で、と思ってきた。何度もやめていいんですよと声をかけた。だけど彼女は止まり方を知らなかった。今剣が呟いたその願いは未だに叶ってはいなかったのだがそれでも、七夕の行事で彼女の為に書いた短冊は確かに願いを聞き遂げられたのだ。

 ワッと声が湧き上がったのはその時である。
 今剣の行動に触発されたのか箸を置いた男士達も次々に彼女の傍へと寄っていく。顕現したての頃は彼女と会話をすることになっているので完全に初対面であるという男士はいなかったのだが数往復の会話しかしたことがなかった男士は圧倒的に多い。


「あるじさまだ!」
「主様!」
「主君!どうされたのですか熱でも!?」
「なに、熱か大将!俺っちが見てやるよ!」

 むぎゅうと言わんばかりに次々に抱きつかれ、彼女の周りに大きな囲いが出来ていく。最初は数振りしかいなかったこの本丸も今では大所帯。一度抱きついた今剣はまだ不満であったが他の男士達の気持ちが分からぬでもないので場所を譲るとあっという間に彼女の姿は周りの太刀や大太刀達によって見えなくなってしまった。
 「ごめんごめん」口々に話しかけた彼らの言葉はわからなかったが律の声だけはよく聞きとることができた。戸惑いと喜びが含まれた、楽しげな声だ。

 彼女の中で何かが変わったのだろうか。思い詰めた表情は一掃され、笑う彼女をまた見る日が来るだなんて正直思ってもおらず。


「格好つかないねえ、我が主は」
「そこが主の、主たるところだ」

 今日ばかりは燭台切も食事が冷めるからと注意しないだろう。
 今日ばかりは長谷部も落ち着けと皆を宥めに入りはしないだろう。

 まだ彼女の努力は実ってはいない。しかしここから始まるものが確かにあるのだと、彼女の努力を知っていた者達は一歩離れその様子を見守っていたのである。

 後ろに控えた男士達はまた違う感想を抱いてるに違いない。また時間を置いた後、こんこんと説教を食らうかもしれないがそれもまた、彼らの想いなのだ。

これさん!

fin?

(ここから始まる物語)
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