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本丸は各審神者によって与えられる場所や時代が多少異なっている。
審神者として選ばれる人間はブレることもなく一つの政府の、或いは政府が管理している機関から正規の検査・手続き等諸々が処されるのだが何しろ審神者の数は少なくはない。誰かが全体数を知っている訳でもなかったが審神者になるには相当の霊力なるもの、精神的な強さ、そして”もしも万が一何かの事件に合い生命の危機に陥ったとしても審神者の本来いた時代には何ら支障もない”ことであることが挙げられる。一度審神者になった者は政府の望む本来あるべき姿となるまで普通の人間の生活をすることを許されてはいない。
そういった訳で審神者も一時的に本来自分のいた時代に戻ることは認められていたが審神者業についた以上は特別な事情がない限り家や身内、親族に友人恋人と会うことは基本的に禁じられている。
男士達はそれらを聞かずとも、何となく知っていた。だからこそ彼女の時代の話は聞こうともしないし、それでいて彼女の事を知りたいとは思っているので彼女自らがそういう話をすると喜々として聞くのだ。
「海って…俺達入っていいのかな」
「さあ。まあ身の危険を感じたら戻ってきていいよって言われたし良いんじゃない?」
「錆にならないことを祈らなくっちゃね!」
彼女は何かと季節的なイベントを大事にしている節がある。春は桜の前で花見を、梅雨には紫陽花を見ながら部屋で遊べる遊びを。ではこの時期は何かと言えば海に行って遊びにいきなさいという任務が言い付けられていた。
最初は加州だって驚いたものだ。
これまでは見える範囲で、とのことで少し視線を巡らせれば本丸の屋根が見えていたのに今回は随分と遠い。これではもし万が一敵襲がきた場合、助けに行くこともできないではないか。一応そういう旨で断ってみたものの結局それを翻すことはできずに今に至る。
「この水着は」
「溜めた小判で買ってきたんだって。今は部屋から出なくてもツーハンってのがあるみたい。便利な世の中だよね」
1つや2つではないこれらに一体幾らかけたのか。男士達は審神者である律がどれだけの貯蓄があるのかは知らなかった。しかし一応政府からの任務もイベントなるものも卒なくこなしてきているのも知っているのである程度の報酬は受け取っているはずだった。
もっともほとんどが整理のできる状態ではなく箱詰めされ律の部屋や外の廊下に並べられているのだが。
「進捗状況は?」
「全く」
「…うーん、結構長いね」
燭台切の感想は当然と言えば当然だろう。初期刀である加州、初期鍛刀である長谷部、そして割りと早い内からこの本丸に馴染んでいる彼は彼女の変化を見てきた一振りでもあった。
元々彼女がそういう性格で、そういう趣味であるのならば誰も文句は言うまい。
しかし決してそうではないと知っているからこそ心配なのだ。
彼女はある一つの事を達成する為に、今も尚、一人で戦っている。
それは自分達では何も出来ないのだ。何も手助けすることは敵わない。戦闘であれば付喪神である自分達の方が強いし彼女を守ることだって可能だろう。しかしこの1件に限っては運と、…それから彼女の力なしでは遂げることは出来ないのである。
あからさまに話そうとせずその話題に触れようものならばひらりひらりと交わす律のことだ、きっとそれが叶ったときもそれまでの努力を誰にも言うことはないだろう。彼女はそういう人間であった。
「そろそろ報われてもいいと思うんだけどね」
「当然だ、主がどれだけ身を削っておられるか」
加州に長谷部、そして燭台切。後知っているのは三条の男士達か。一部勘が鋭い者もそろそろ気付き始めている可能性もあるが敢えて聞いてくることはない。
律によって鍛刀された男士達は元々の性格があったとしても多少は霊力の元である律に左右される節がある。ならば基本的に己の内を明かさぬ者も多ければ辛抱強く、ひたすら黙っている者も多い。これらが知れたところで彼女が何か不利に陥ることはなかったが間違いなく気まずくなるのは確かなことで、それはある意味救いでもある。
「ねえ清光!」
「ん?」
パラソルの下、暑苦しく3人がひそひそと話している中かけられる元気な声。何事かと振り向けばそこにはにこにこと穏やかな笑顔を浮かべた大和守の姿がある。
加州と視線が合ったかと思うとすぐに駆け足でこちらへと寄ってきて、その手にあったものを3人へと見せつけた。
「主ってどんなお土産だったら喜ぶと思う?」
「…あの人なら何もらっても喜ぶんじゃない」
「ふうん、そっか」
桜貝や瓶詰めにされた浜辺の砂、角の取れた丸い石。この海辺で取れるものを取れるだけとばかりに拾い上げてきた彼は一切水に濡れてはいなかった。つまり遊ぶことよりも彼女にと浜辺でずっとこれらを探していたのだろう。
ハッとその後ろを見ればいつの間にか夕方となっている。遊びたくっていた彼らも帰る時間が近付いてきているのが分かっているのか、どうやら遊ぶだけではなく何かを探しているようにも見えないこともない。
…これは、まさか。
「清光」加州の想像を肯定するように大和守はまた、笑う。
「待つしか無いのは苦手なんだけど、主のことは好きだから仕方ないよね」
「…安定」
彼もまた、勘付いている一人なのだろう。そして具体的な理由を知らぬでも大和守の後ろで何かを探している男士達もそうだ。
彼女の事を誰が嫌いになろうか。例え大事にされているのかと、これから大事にされないかと不安に思ったとしても審神者で唯一の主は律でしかありえないのだから。
ならば説明を受けぬ者は受けぬ者なりの、動きというものがある。小さなカニを捕まえてはしゃぐ者、貝殻を繋いでネックレスにしている者、ワカメを持ち帰ろうとして却下されている者、…全てが律に対するお土産であり、心遣いであり、彼らにとっての感謝や、律への感情なのであった。
そして、律は全てを受け入れ捨てることは決して、ない。それだけは彼らも知っている。それだけで、こうやって行動しようと考えるのだ。元々人を、モノを傷付けるために作られた自分達にそのような感情が生まれたのは不思議な話ではあるのだが。
「皆もお土産いっぱい拾ってるんだよ。清光もいこう!」
「あ、え、ちょっと!」
グイッと手をひかれ突然の眩しさに思わず加州も目を細めた。日焼け止めを塗らなければならないというのにそんな事はお構いなしに大和守はただただ前へ走る。
バシャン!と波飛沫。海の冷たさに悲鳴をあげた加州を皆が笑う。いつしかパラソルの下、火照っていた身体をひんやりと冷ますその海に刀剣である自分が入る日が来るなんて誰が思おう?
律は、こういうことを知れと自分達に言っているのだ。
『折角人の姿になったんだし』 それが彼女の口癖だ。
折角だから。
もったいない。
そういう言葉であれよあれよと本丸にいる男士を全員追い出し、今頃彼女はのんびりと本丸内を歩いているのかもしれないしあの部屋にまだ篭っているのかもしれない。元々人である律よりもエンジョイしているのは申し訳ないという気持ちはもちろんあったが、それよりも彼女の気遣いを台無しにする訳にはいかないか。
加州は頭の良い刀である。それだけの考えに至るほど、律と共に過ごしてきた。すぐに頭を切り替え、潜ったその先で大和守の足首を引っ張り海へと引きずり込むと彼女への土産を探していた男士達もやれ祭りだやれ水かけ戦争だと各々ほっぽりだし夕方の海へと飛び込むのだった。
「…僕達も行こうか」
「同感だな」
残された長谷部と燭台切もそれらを見、目を見合わせてようやくパラソルから出る。
彼女の気遣いを無碍にするわけにはいかぬ。それにいつまで経っても自分達だけでは解決のできない悩みなのだ。ならば今は何ができるかなんて1つに決まっているのだから。
(男士達は知っている)