春が来るのはあなたのせいです


 同じ学年とは言え、基本的には普通科とヒーロー科が交わることはない。合同授業が行われることも今のところは聞いていないし、教室だって離れている。そうなると爆豪勝己というある意味問題児の彼と一般人でしかない依里が廊下でバッタリ出くわすこともまあないのである。
 基本的には、だ。
 別に行き来を禁じられているわけではないので、会いに行こうと思えばいつだって会える。ただ、互いに事情というものはある。憎みあっているわけでもないのだが、ヒーロー科に憧れを持つ者もいれば、受験したものの落ちてしまった者もいる。そういういざこざが無きにしも非ずということで、何となく互いの領分には足を運ばない…そう言った雰囲気になっているのであった。───もっともそのようなことは問題児にとって何ら関係のないことなのだろう、とはこれまでの彼の行動からよく見てとれる。

「そういえば糸巻さんって彼と知り合いなんだよね?」
「……彼?」

 ぼんやりとしていたつもりはなかったが、その話題にすぐ返事をすることはできなかった。
 はて、彼とは誰のことだろうか。思わずキョトンとしてしまった依里に怒ることも何ともなく、クラスメイトは窓を指でコツンと叩いて「あの人のことよ」と示す。そのまま流れるように窓の外を見てみると、ちょうど下に爆豪の姿があった。後ろ姿だがある意味有名人の彼は、依里でなくとも同学年にはすぐ分かるようであった。制服を着崩し、どことなく気怠そうに歩く爆豪を一週間ぶりに見た気がする。

「あー、そうね。たぶん、知り合い」
「たぶんなの? 仲良さそうに見えたんだけど」
「そうなのかな…?」

 たまに教室へふらっと立ち寄ったかと思うと依里を呼び出し、二人してどこかへ向かう―――確かに、事情を知らない人から見ればそう見えてもおかしくはないのかもしれない。
 周りにどう思われているかなんて気にしたこともなかったので改めて考えてみると、だ。

(どうなんだろうね……?)

 正直言って自分でもよく分からない。
 自身の個性である『糸』の契約者として、であれば良好な関係を築けていると胸を張って言えるのだが…そもそも爆豪がどんな人間なのかもよく分かっていないし、ついでに言えば仲良しの定義も分からない。未だに連絡する手段もないし、いつだって爆豪が呼び出してきて例の空き教室で話すぐらいでこちらからは話しかけたこともない。あの教室から出れば、もうほとんど他人みたいなものだ。そういう話ならクラスメイト達との方がずっと仲良しだと言えよう。

「最初はあの人が教室に来た時は喧嘩を売りに来たんじゃないかと怖かったんだけどねえ」

 このクラスメイトは彼のことを特に良くも悪くも思っていなさそうである。次いで話してくる内容は年頃の女子らしい恋バナなのだが、如何せんその辺は依里も疎くてよく分からない。そして恋の話と爆豪が絡められ、彼とどう言った関係なのかと言外に問われていることにも依里は気付くことはなかった。
 
(…ある意味喧嘩を売られたと言えば売られていたんだろうけど)

 今はもう懐かしいあの時の話を思い出しながら外を見ていると、ふと爆豪の動きが止まる。こちらの視線に気がついたのだろうか? いや、まさかそんな、と依里はすぐさま頭を振った。さすがにそこまで超人ではない、はずだ。たぶん。彼は色んな意味で注目されているので、特にこのヒーロー科から離れた場所に姿を現したら依里達だけではなく他からも見られているのはどうしようもないことだ。それが好意的なのか否かは別として。ファンもいるかもしれないがその逆も当然ありえるので。と言うかあの性格上、むしろ敵ばかりのように思えなくもないけれど。
 しかし実際、彼は立ち止まる。そして不意にこちらを見上げ、思わず依里も目を丸くしてじっと見返してしまった。

 間違いなく、目が合った。

 視線が絡み合う、などという優しい表現では生温い。こちら側からはともかく、向こうからは敵意というか、それこそ喧嘩を売っているのかと疑いたくなるような目つきだ。
 相変わらずだなあ、とも思う。優しくして欲しいわけじゃないし、期待もしていないけれど勿体ないなと思うのだ。だって彼は優しいのだから。合理的なだけなのかもしれないし、正義感が強いだけなのかもしれないけれど。だけど間違いなく依里は彼のことをとても優しい決断をして救ってくれた恩人だと感じている。だから今日もこうやって穏やかにクラスメイトと休憩時間を過ごせているのだから。
 どうせ窓を開けて話しかけたとして聞こえないだろう。返事もしてくれないに違いない。そう思って手を振ってみるとギンっとさらに視線が強まったが次の瞬間にはふいと視線をそらされ、そのまま爆豪はヒーロー科の棟へと歩いていってしまった。素っ気ないものである。

(…怒らせちゃった?)

 いや、そうでもないかも分かる程度には爆豪のことを理解しているつもりだ。

「!」

 と思えばグンッと引っ張られる指。
 いきなりのことに机に手をぶつけたが、残念ながら文句を言える相手はここには居ない。もちろん犯人は目の前のクラスメイトではないし、彼女はそもそも依里が指を引っ張られたことに気付いていない。
 当然である。これは依里の個性なのだ。

 クイ、クイ、クイ。

 一度目とは違いそこまで強くもない合図。挨拶してくれているようで、依里もちょっとだけ嬉しくなる。何だ、さっきのはやっぱり見えてたんじゃない。それに怒ってだっていなさそうだ。だってこれはまさに秘密の会話。誰にも知られず、ちょっと離れたところでやり取りしているのだから。

「…そうだったら、いいなあ」

 思わず漏れたのはずいぶん前にクラスメイトが話してくれた内容への返事。
 けれど、何かと敏感な彼女は悟ったらしい。あら、と口元に手をやってどことなく嬉しそうに微笑んだのだが、自身の左手を見つめる依里はそれに気がつくことはなかった。


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