次の日、颯爽と転入生としての挨拶を終わらせて黒曜中学校の皆様に私という存在を知らしめようとしたら何とびっくり、もう既に話は広まっていた。だけどその内容はというと真人くんの雇った護衛だの、骸さんの手下だの愛人だの、犬くんと渡り合う武力を持つサイボーグなどと言いたいことばかり言ってくれちゃって困っちゃう。
 皆想像力が豊かで楽しそうねと今日も愛しのチョコレートケーキを朝食と昼食に骸さんの横で食べ、犬くんの横で昼寝をし、真人くんを見張った。簡単なことだ。
 真人くんを守りたいなら元凶の横にいたらいいのだ。ああ何て頭が良いのだろう!

 今日も屋上から校門のところに見知らぬ学生2人組がやって来た事に気付いて立ち上がり足を運ぶ。骸さんが不思議そうにこちらを見ていたけどそのあたりは華麗にスルー。


 ――世の中は至極単純にできている。
暴力で支配されてきたこのシステムをどうすればいいか、なんて、少し矛盾しているかもしれないがその作り上げられたシステムに逆らうことなく私も暴力を行使すればいいだけのことで。
 ただし、私の目の前で喧嘩なんてしてみたら両成敗とばかりに攻撃されてしまうと気がついた、人を傷付けることには何も思わないけれど自分の身が痛むことを恐れる彼らはいつの間にか”暴力”を手放しつつあった。

 少しずつ、でも確かに平穏を取り戻しつつあるこの学校の様子に、生徒たちからの暴力に怯えきった教師達なんて涙を浮かべながら私に感謝。有名になるって辛いものね。

 今日も私に用事があってやってきた、目の前で構える男達は私を見ると引きつった笑みを浮かべ箱を寄越した。

「約束の物です」
「ありがとう」

 感謝しているわ と笑顔を返して受け取るとへこへこと私より大きな体がお辞儀をして逃げるように去って行った。…転校してきてから早一週間。私がしていることは至って単純でこの荒んだ学校へ喧嘩を売ってくる近隣の高校生の掃除、真人くんへ攻撃を仕掛ける奴等の排除。
 それだけを徹底していたら勝手に噂だって流れていく。私何にもしていないのにこんな美味しい思いばっかりしちゃっていいのかしら。

「あ、…」
「真人くん!」

 遅刻ね。お昼を過ぎて登校して来た真人くんに駆け寄って、おはようと挨拶をした。
 あれからあまりお話をすることはなくなってしまったけれどそれでも律儀に返答しようとしてくれる真人くんはきっと病院にいったのだろう微かにエタノールの匂いがする。見るに痛々しい真人くんの傷は、でも最近のものじゃない。私が守っている、なんてそんな格好良い筈はないけれど黒曜生が真人くんに一切手を出さなくなったのは確かだ。

「…ユウ」
「ん?」
「今のは」

 と、真人くんは私の手にある白い箱に目をやった。何が言いたいのか大体分かるけれど、真人くんはそれ以上話そうとしない。変わってしまった私を見て、真人くんはどう思ったかは知らない。だけど避けられていたのは確か。
 それが少しだけ寂しくもあったのだけれどそれはそれで仕方のないことなんじゃないかしら。誰だって知らないものは怖いし、力あるものは恐ろしいもの。

「…それは、かつあげ?」
「へ?」

 キョトンとしてしまった。 嗚呼また真人くんの前で変な顔しちゃったわ。
 でも真人くん全然変わっちゃいない。 何て正直者で正義感の強い人なんだろう。そうかそうか、真人くんの目にはそう映ったのね。

「まさか!これは彼からのお礼よ」
「…」
「今の人は、昨日街で不良に絡まれてたのを助けてあげたの。黒曜第二中学2年D組12番田中くん」

 私の目的は単純明快で、お仕えしているあの方の進む道に何も邪魔のないように先に掃除をすまし、そして願わくばあの方の為に死ぬことで、昨日は単に絡まれてた田中くんを助けてあげただけ。
 取り敢えずと掲げた私の第一の目標は六道骸の攻略。その為には私の知名度をあげ信頼させることが優先で、だから助けてあげた。勿論昨日は田中くんも私がその後金銭を要求してきたものと勘違いして財布を寄越そうとしたからそれならケーキをちょうだいとお願いしただけなのだ。

「信じなければ調べれば良いわ。じゃあね、真人くん」
「ユウ!」

 とそこへ真人くんが話し掛けてきた。
 振り向けば、私の知ってる限り最低の笑顔。 皮肉とかそんな訳じゃないの。ただ、真人くんは怪我をしていて笑うととても痛そうに頬が引きつるの。もちろん彼はそんなこと気にしていないと思うけれど。

「ごめん」
「…何のことか分からないわ」
「うん、でも…。お帰り、ユウ」

 たった数年間でとても変わったと思った真人くんは全然変わっちゃいなかった。
 ねえ真人くん。私はあなたを信じていて、そしてこれからも信じていいのよね?そんなことを思いながら私はにっこり笑って、真人くんを見返した。

「ただいま、真人くん」

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