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 ケーキを食べたところまでは記憶にある。食べ慣れたその味を噛み締め、喉を通り、その瞬間ぐらりと身体が揺らいで椅子ごと倒れ顔を床にぶつけたというのにその痛みにすら鈍感になっていた。

「…っ、く」

 心臓が大きな音を立て、呼吸が浅くなる。ひゅう、ひゅうと漏れ出る私の息。何とか呼吸をしようと酸素を取り入れ大きく肩で息をしながらも驚きを隠すことができなかった。何で、今この現象が。

 ―――Morte frettolosa。
 一時的に飛躍的な戦闘能力を得る代わりに使用者の生命を蝕む劇薬。
 最近の使用は先日の骸さんとの手合わせの時に彼にかけられた幻術で私の記憶から読み取られナイフと共に幻覚として現れたあの日と、それから昨日のスクアーロとの手合わせで現物を飲んだ時。あれを飲んでいる最中からやってくる身体にはしる強烈な痛みという副作用で苦しめば、その後こうやって痛みが蘇ることなんてなかったのに。

 何か盛られたというの。考えられるのはそれだけだった。さっきもらったあのケーキに何かが入っていたとしか思えないこのタイミング。例えこれが猛毒だったとしてもこれほど早い症状には陥らないだろう。
 例の薬を飲んだ時と同じような副作用が起きて…少し違うか。今はこの痛みと共に湧き上がるはずの力がない。ただただ痛みと、それから意識が闇にゆっくりと飲まれる感覚だけが私を支配していた。

「い、…っ、」

 不思議とそれは死ぬ感覚ではないと分かっていた。けれど、まるで私の意識だというのに誰かが被さってくるような、乗っ取られるような、ずるりずるりと這いつくばりながら、まるで自分の身体が自分のものではないような。そんなよく分からない感覚が容赦なく襲う。
 危険だと頭の中で警鐘が鳴り響く。これは私じゃどうにもならないのも同時に分かった。助けを呼ばなきゃ。…でも、誰に?

「        」

 口を開いても発せられることのない声なき声。私だって何を言葉にしようとしたのか分からない。
 そんな中でも私の身体は私の意志ではなくゆっくりと立ち上がり気がつけばイタリアに置いてきていた筈のナイフが自分の手の中にあり、………



「ベル」
「…あれが開いたんだって?」

 一足はやく気付いたのはやはりマーモンだった。仕方のないことだ。
 自分にはそういった類の力は持ってはいないのだから。だとしても今この時ほどその力が欲しいと願ったこともないだろう。もし、昔から気付いていたら。昔から識っていたならば。
 思わずぎりりと下唇を噛み締めたがそれもマーモンに見られていたのだろう。彼らしからぬ様子でベルを覗き込んだ。

「…本当に、いいのかい?」
「ししし、マーモンらしくねーじゃん」
「そりゃね。僕だってこうなるとは思ってもみなかったよ」
「…拾った時から覚悟はしてた」

 手元のナイフが唸る。
 先の手合わせの時にユウから1本拝借してきたナイフも今、そこには混ざりこんでいて。

「――枷を、外しに行こうぜ」

 そのナイフに口付けるその様はまるで厳粛な儀式。
 マーモンはそれをしかと見届けると、やがて二人は闇へと身を投じた。


 ガラリと突然教室の扉が開かれおや、と目を細めた。いつかの遊び飽きて捨てた筈の玩具がまた瞳に強き意志を浮かび上がらせて舞い戻ってきたようだ。最近はユウの庇護下に入ったのか新たに刻まれた傷は見当たらない。
 この学校は本当に自分を飽きさせてはくれないようだ。そう思うとクフフ、と笑みが自然と漏れ出てしまう。それでも、彼は怯える様子も見せずこの学校の支配者へと足を運び声をかけた。

「樺根…いや、六道骸」
「これはこれは僕達のスケープゴート。君から出向くなんて珍しい」

 生憎一度捨てた玩具に用はない。が、厄介なことにこの人間は彼女の友人関係にあたる。今日一日は見逃しましょう。口には出さず笑みを浮かべると骸は要件を促した。

「…君に頼みたいことがある」

 その言葉を告げるのに、どれぐらいの力が必要だっただろうか。日辻真人は決意を秘めた目で、かつて己を陥れた相手を見据えたのだった。

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