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 ―――何をどう言って彼に帰ってもらったのか私も覚えていない。
 愛想のいい彼の名前を聞き忘れてしまったけれど確かに私は彼の顔をどこかで見た事があるとおもった。父さんのやっていた病院の、当時の事務員さんでいつかは医者になりたいと言っていた彼だ。間違いない。

「どういう、ことなの…」

 宮崎医院。
 確かに父さんの働いていた場所ではある。あれから廃業になった筈で私もそこまで調べたことはなかったけれど。
 だって調べるまでもない。5年前、不運にもランチアが絡んだマフィア同士の抗争に巻き込まれて父さんも母さんも死んだのだから。だからその場で生き残った私はベルに救われてヴァリアーに保護されて。

 ――なのに、父さんがいる?そんなまさか。私の動揺が現れてしまったのか、箱が揺れからりとその中に眠っている指輪が音を鳴らした。

 有り得ない、と否定の言葉で脳内が埋まる。でも、本当に?疑う言葉。
 さっきの彼の言い分だと今もまさにあの病院で父さんが働いているようなそんな言い方で。もし何らかの形で父さんが生きていて、それで日本に戻っていたとしたら?子供の私とはまた違って父さんなら何とかできるはずだ。

 これ以上は頭がパンクしそうになって一度落ち着こうとリビングに戻ると、イタリアに渡る前に誰かからもらったチョコレートケーキが残念なことになっていた。流石に常温で2日以上はこの時期的にも不味いだろう。

「どれもこれも、ごっちゃごちゃ」

 ケーキだって、私の頭の中だって。
 前者においてはスクアーロが悪いんだわと彼の所為にしておいて、一つは先に捨てておいた。皆同じお店で買ってくれるんだもの。異様な匂いもまだ出してないけれどそっちを食べてお腹を壊したら意味がないものね。

「…どうしたものかしら」

 さっきの人に嘘をついてしまった。一般人の彼に本当のことを言えるわけはないのだから仕方ないのだけど、母さんはもうこの世にはいないことだけは確かで。
 でも彼の言葉はすべて、どれも放っておけない発言だった。そんなはずはないっていうのに。ケーキの箱を開けながら私は目の前においてある宝石箱の中の指輪を透かし見る。

 もし、父さんがあそこで働いているとして、この家に戻ってこないのはどうしてだろう。いつから日本にいたのだろう。いずれにしろ先程の彼が戻ったとき、もしかしたら私の事を話すかもしれないけれど。

 ―――病院は、私も体調を崩したときぐらいしか行ったことがないけれど少し様子をみてこようかしら。

「…確か、どこかに地図だか何か無かったっけ」

 道も結構おおよそでしか覚えてはいない。車でいつも連れて行ってもらっていたっけ。地域密着型の小さな医院だったけれど確かその地下は父さんの書斎や、仮眠するようなちょっとした生活空間にもなっていたことはかろうじて記憶に残っている。医院の裏は開拓途中の森があって私はよくそこで遊んでいた。地図も恐らく部屋のどこかにあるだろう。後で探さなくちゃ。
 小さい頃の記憶は大体曖昧だけど一つ思い出すと色々とセットになってよみがえってくるみたい。昔の事を思い浮かべ、それと同時にこれからどうするべきかを考えながら箱に入ってあった、母さん用と私用だろう2つのケーキのうちチョコレートの方にフォークを差して、



「――もしもし?ああそうさ。お前の言った通り昔の家の付近に行ったらよォ。いたんだわ、お前んとこの。指輪?ああ、持っているみたいだぜ。そうじゃなかったら俺も気付かねえさ。ご丁寧に高そうな箱に入れて…ああ。
…顔?まーそりゃ、幼いっちゃ幼ねーけどあの頃よりは身体もなかなか成長してたんじゃねーか?母親似だなあれは。将来が楽しみだ。つっても父親の顔は知らねーんだけど。…おいおい何のジョークだお前とは血つながってもねーんだから似てる訳ねーだろ」


「もうすぐ開けるだろう。効果はすぐ現れるってんならここで待ってんだけど。ああ、分かった。じゃあ出てきたら連れて帰る。…分かってるって。ヘマはしねーさ」

 ――プツンッ。
 携帯を切った男はとうとう笑いを堪えることが出来なくなった。全てが自分たちの思い通りになっているのだから面白くない訳がないのだ。

「さあ、ショーの始まりだ」

 目の前の建物を楽しげに見上げたその男の顔は、声は、最早ユウに話しかけた件の助手のものではなかった。

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