日辻真人という少年は私の近所に住んでいて黒曜中学に通う『たっくん』についてお話をした初めてのお友達だったという認識。いやいや5年も前の記憶を詳細に覚えているのだからこれは褒められても可笑しくないと思う。
 残念ながら今は見る影も無く凄惨にやられてしまっていて、こういった怪我なんかは職業柄見慣れている筈の私だってつい目を背けたくなるようなものなのだからこれは本当に平和な日本なのかと小首を傾げざるを得ない。
 酷いねえと真人くんの痛々しい傷を見ていれば不安そうに私の事を見返していて、恐らく先程のことを聞きたいのだろうけど助けられた側である彼に聞く事は容易くないだろうと心中笑いながら声をかける。

「黒曜、悪い噂しか聞かないよ」
「…」
「仕方無いね。どんなものもいつかは枯れちゃうもんね」

 ここに辿り着く前に聞いた商店街で買い物をする主婦達の言葉は悲惨たるものだった。
 昔の面影はもう無いとキッパリ言い切ってしまう彼女達は今は近くに出来た私立の中学校へ子供を入学させようと躍起になっているらしい。
 朽ち果てたものを再生する方法よりは、そちらの方が賢い選択なのだろうと私も思う。
 それでも真人くんはここへ、入学した。それに関しては少しだけ嬉しいとも、思う。

「それで、真人くんは戦ったんだよね?」
「…」
「違うの?」
「‥違う」

 嘘をつくのが下手なのは昔からで、真人くんはやっぱり私の記憶通りに黙りこくって視線をそらした。
 正義感が強くて力も本当は強かったりして、なのにそれを他人に振るうことはしなかった優しい真人くんは『たっくん』の次に私の憧れのお兄さんだった。
 だけどね、

「お稽古にしても、これは有り得ないよね」

 そう言って真人くんの大きな手をとった。
 私の小さな手とは違って、男の子の手をした真人くんはどういった5年間をすごしてきたのかしら。そんな事を思いながら、訳の分からない真人くんの顔を見て私は続ける。

「これは、何かを殴らないと出来ない傷だよね」

 例えば喧嘩慣れした人が出来るような手の甲の辺りの傷の数々、堅くなった手。
 真人くんはお稽古にあまりやる気が無さそうだっし、人に暴力を振るうのが何よりも嫌いだったのだからこつこつ練習してる訳がないし。ということは実践に使ったってことかなと私は思った訳で。
 視線を合わせることなく唇を振るわせた真人くんは私の回答について言葉を選びかねているという感じだった。

「…それは、」
「あれれー羊さんが何してんれすかー?」

 不意に明るい声が聞こえ、それと同時に真人くんがギクリと身体を更に縮ませてしまったので私は何となく分かった。ああこの声の人がきっと真人くんを怖がらせているのかもしれないなあと。
 振り向くと昔は憧れだった黒曜制服を緩く着崩した男の子がいて、そして私がさっき倒した男の子達を遠慮無く踏んづけて私が真人くんにしたのと同じように笑顔を浮かべ私に向かって手を伸ばした。

「お前のこと、迎えに来たんらびょん」

 真人くんに向けてではなく、私に向けて、だった。勿論、私の今の勇気ある行為は日本に戻ってきて初めて行使したのであって他の何処ででも見せた覚えはない。つまり、今の動きをどこかで見られていたということだ。気がつかなかったのは真人くんとの再会に気をとられていたのか、相手の方が上だったのか。

「私は高くつくわよ」
「ユウ…この人達は」

 真人くんが恐怖に顔を引きつらせながら、私の腕を引っ張る。
 …そう、貴方をここまで変えてしまったのは彼と、彼「達」なのね。別に真人くんを守ろうだなんて正義のヒーローぶった考えを持ったわけでも無いけれど、目の前の人は危険だと判断した。自分の身は自分で守れと教わってきたものだからかばわないといけないという義理はないけれど、実力も分からない内に真人くんを後ろにして戦うのも、ちょっと。
 そんな事を思っているといきなりその目の前の男子生徒は私に向かって低く構え走ってきた。さすがの私もこれにはびっくり!ガルル、なあんて頭の悪い鳴き声に思わずクスリ。

「…普通の人じゃないれすよね?」
「君もね」

 彼から繰り出される容赦のない蹴りも紙一重で避ける。その素早さはどうやって手に入れたのかしら。どうやったらそんな風になれるのかしら。ああ教えて欲しい。
世間一般の男子の素早さの認識を改めるべきかしらと、一直線に走ってきた男の子の右足を踏みつけ、膝を後ろに蹴り上げる。止まるついでに膝蓋骨でも骨折してくれればいいのにという私の軽い期待を裏切りすばらしい宙返りを見せて私と距離をとった。
 だんだん自分の顔がにやけてくるのが分かった。仕方無いじゃない、私は一般の女子生徒でありそして

「相手してあげるよ。おいで」

 戦闘マニアといわれていることも、ある。
 相手が体当たりしてくるのを軽くいなして隙だらけの背後を狙う。ただ相手が普通の人じゃないから、強く蹴っても骨の折れる音がしない。
 わあ、すっごく丈夫!こういう喧嘩友達が身近に欲しかったの私!

「ねえ君なんて名前なの?」
「…城島犬」
「犬くんか。ねえ、私とお友達になってよ」

 少しきょとんとしたようだけど私何か変な事でも言ったかしら?未だ戦いながらなんだから緊張感と雰囲気ぶち壊しの台詞だということは何となく分かったんだけど。
 それから犬くんはヒャハハと頭のわるそうな笑い声を出して攻撃を止めた。というよりはきっとこの人は頭が悪いのだ。きっと。恐らく。
 
 そうして、犬くんは私にまた手を伸ばす。

「俺と一緒に来てくれるならいいれすよ」
「ん、行く行く!」

 真人くんと目が合った。不思議そうな顔をするのも仕方ないと思うわ。私は守ってもらってばっかりの子だったんだし、何よりこの展開についていけないに違いない。私は昔とおんなじ、にんまり笑顔を真人くんにむけた。

「真人くんの知ってるユウはあの時、死んだよ」
「な…」

 笑いながらさっき倒した男子生徒達の上を再び踏み付けて、犬くんを引っ張る。
 わけの分からなさそうな犬くんはやっぱり分からないといった表情で私に手を引かれるまま玄関の方へ足を向けて。尻餅をついている真人くん、気絶してる数名の男子生徒、それを背景に私服の私に犬くん。こんなおかしな光景はこれ以降きっと見られることはないだろう。
 真人くん自慢してもいいんだよー私がこうやって笑ってるのに、無傷でいられる力の弱い男の子なんて真人くんだけなんだから。

「ユウ、引越し先に何か‥」
「引越し。ああそういう事で片付けられているのか、私は」

 成程ねえ。そういう事になっているのならば否定はしないでおこう。

「私はもう、あの時のユウじゃないのよ」

 犬くんの手を引っ張って校舎に入った。犬くんは舌をだらしなく垂らしながら「やっちゃ駄目れすか?」って聞いて来るものだから、真人くんに手を出したら殺すわよと脅しておいた。

「ひゃっは、怖いれすね」

 あまりそんな事を思ってる訳でも無いくせにそう言った犬くんは真人くんに対して「助かりましたね、羊さん」と手を振った。…羊?ヒツジ‥日辻‥ああ、ばかな人なのね。分かってないんだわ。
 そう思っていた私の視線に気付いたのか犬くんは「分かってないのはユウれすよ」と言ってきた。

「羊、羊、俺たちの生贄、スケープゴート!そしてユウは羊飼い」
「…」
「そして骸さんは支配者。ユウは支配者に気に入られた哀れな羊飼い」

 何にも分からないままだったけどただ聞き流すにはその言葉は私をあまりにも馬鹿にしてるような気がして、一発手にしてた棒で殴った。
 きゃいん!なんて言ったけどそんなの知らないわ。私は羊飼いなんかじゃないもの。

「支配者も飼ってあげようじゃないの」
「‥変なおんな」
「あんたもね」

 それじゃ犬くんご自慢の飼い主様に会いに行ってやろうではないですか。
 あなたが直接出向かず、犬くんみたいな頭の弱い子にお迎えさせた事を死ぬほど後悔させてあげましょう。

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