アジテーター


 ベッドの傍に設置された窓から入る光が眩しい。意識がゆっくりと浮上しているにも関わらず身体が重い。一度目、骸さんと夢で会った時にはこんな重さは感じなかったっていうのに二度目だから、なのかしら。それにしてもこんな離れた場所であるにも関わらず夢で会うなんて非常識的すぎて逆にいっそ清々しい。日にちにして1、2日。それだけ会ってないだけでああも懐かしく思える辺り彼は魅力的なんだわ、きっと。

 そんなことを思いながらいつになっても身体が動く気配がない。身動きしようにも重さが邪魔をして不可能だった。そう、この重みは私の身体自身が重いものじゃない。

「…」

 薄らと目を開くと静かに寝息を立てているスクアーロの顔が目の前にあった。
 流石に驚いて目を見開きながらも状況を把握するためにちらりと視線を動かす。私が憧れてやまない隊服を着たままで、でも中に着ているシャツが少し肌蹴てやけに色っぽい。
 あまり寝ている姿を見た事がなかったけれどこの人って黙っていると結構いい男なのね。本人に聞かせたら怒るだろうな。ふふっと笑いながら次の自分の行動を考えた。

 即ち泣き叫ぶか、何も見なかったことにして寝るか、取り敢えず殴るか。いつもなら迷うことなく2番目を選択してもう一度惰眠をむさぼるところだったけれど。昨日ボスに言われたお使いを無事にこなしてこの部屋に入ってきたってところかしら。此処はスクアーロの部屋ではないというのに。

 …仕方ないわ。少しだけ大目に見てあげましょう。「スクアーロ」と小さく彼の耳元で声をかけ、綺麗な銀髪を指ですきながら目を細める。

「早く起きないと殴るわー」


パチンッ!




「…というわけで殴りました」
「発言後すぐに殴ったのがよーくわかったあ」

 わずかに赤く腫れた頬を擦るスクアーロに対して濡らしたタオルを寄越して彼の横に座る。拳で殴られてないだけ有難いと思って欲しいのに失礼しちゃう。
どうも日本に行きたがってる私を起こそうとしたけど早朝だったってことで気を使ったらしい。それでも私のベッドで一緒に寝るのは許さないわ。だって彼の部屋は隣だもの。

「用意は出来てあるんだろうな?」
「誰かさんのおかげで着の身着のまま帰ってきたからね。何も必要ないわ」
「そりゃ良かったなあ」

 嫌味も嫌味とは受け取ってくれさえしない。それがスクアーロのいいところといわれればそれまでなんだけど。私を強くしてくれた大きな手で私の髪の毛をかき分け額に口付けるとスクアーロは豪快に笑った。

 部屋を出るとすぐに担がれてそのまま外に出るかと思いきやボスの部屋でスクアーロは立ち止まる。ノックを3回。
 その後すぐに聞こえる「入れ」のボスの声。

「おはようございます、ボス」
「ああ」

 こんな早い時間なのにボスが起きてるだなんて珍しい。そう思って部屋を覗き込んだらツンと鼻につくアルコールの匂い。どうにもずっと呑んでいたみたい。
 スクアーロは私を降ろし、私はボスの前に立った。椅子の傍には何本もアルコールの空瓶があってまさかこれを夜通し一人で飲んでたのかと思うと空恐ろしい。

「ボス、行ってきます」
「……ああ」
「あの、」
「…何だ」

 これが今生の別れというわけでもないし、寂しいだとか言ってられない。私はもう子供じゃないのだ。彼は私の家族ではない。上司であり、ボスだ。甘えたことは言ってられない。今回はご飯も一緒に食べれたし、遊んでくれたんだもの。部下として、私は私に任された役割をこなすだけ。それは生命を賭した戦いなんかではない。
 簡単な仕事なのだ。そして、これが終われば私はようやく皆とお揃いの服に袖を通すことが出来る。強くならないと駄目なんだ。甘えの出そうな自分を内心で叱咤し、グッと唇をかみ締めた。

「ユウ」
「はい?」
「…後で指示する日本酒を持って帰ってこい」
「はい!すぐに!戻ってきます!」

 ボスは私に甘いと言った、皆の言葉が少しだけ分かった気がした。真っ赤な瞳が少しだけ和らげられたことはスクアーロも見えているのかしら。
 
 持って帰ってこいって。それを持って、帰ってこいって。嗚呼、私本当にここに来てよかった。浮き足立ってしまったのも仕方ない。
 気分新たに私は元気よく反応して

「さースクアーロいくわよー!それとお腹すいた」
「お前さっきまでのやる気はどこに行ったんだか」

 やれやれ、とスクアーロに例の如く担がれながら笑われる。
 聞こえてるわよ。爪先で腹を蹴るとうぐっとくぐもった声が聞こえた。

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