任務はたった数時間で終えた。
 元々幹部が出ていくような任務と言えば大体は仕上げ、敵の殲滅と言っても差し支えはない。それを探してくるのが幹部抜きの精鋭部隊の輩であったりする。己の血一つ流すことなくあっさりと全員の首を掻ききったベルフェゴールの残忍さに慄いた者も居たが今日はそれだけではなかった。
 異端者はもう一人、居る。
 行きとは違い帰りには晴れて脱一般人を華麗にやってのけた蜜柑に対し若干怯えているような人間も見てとれたが彼女はそれらを全く気にすることはない。どうせ聞かずとも分かる、この女の頭の中はこれから会うXANXUSのことでいっぱいなのだ。

 確かにXANXUSにはそういう力がある。
 スクアーロだってそうだったし、幹部の人間はボスたる彼に異質、異様なほどに魅了されて今も尚ここにいる。個々の力、性格でいえば間違いなく結束力なんてものは殆どと言っていいほどになかったし基本的には私欲を最優先とするどうしようもない奴らの集まりだ。面白くもない、強くもない上なんて不要。そんな人間に傅く彼らではない。
 そんな勝手気儘な幹部達を統率することが可能なのはこの世においてXANXUS以外居るまい。

 兎にも角にも約束通り3人。
 ベルが元々弱らせた敵ばかりであったが息の根を止めたのはこの女だ。それに関しては何の手伝いもしていないしさせてもいない。一般人から暗殺者の一歩を踏み出したにしてはあまりに無感情ではあったがこれは今後化けるに違いない。


「…なあ、初殺しってどんな感覚?」
「漫画やアニメで見ているよりは断然、力がいりましたね」

 これは力も鍛えなければならないですね、と訥々と語るその言葉。どうやら骨を断ち切ろうとしたことが今回苦戦した原因であるという事にも気付いていたらしい。近年稀に見る逸材とまでは到底いかないが一般人卒にしては異質すぎた。
 ベルはそのにべもない感想に「そうだな」とだけ笑い目の前の大きな扉をノックする。


 XANXUSが出向くほどのものとあれば基本的にはボンゴレの本部からの依頼のものであったが最近はとんとそんな話題もない。
 ならばたまには気を紛らわせるために任務でも出るかと思うのだがそれをするには書類業務が滞りすぎていた。これこそ誰かにやらせるのも手なのではあるが仕事を任せられる程の人材は居らず、結局は自分一人で目を通しXANXUSが見るまでもなかったような書類から重要機密までを一人で事細かに分けるという繊細かつ膨大な量の書類を片付ける七面倒臭い作業をしなければならないという日々に大層飽きていたことも違いなかった。幹部の人間は確かに使えたのだがそれは現地業務、つまり生粋の暗殺業向きな輩ばかりである。

 ならばXANXUSは、と言われれば自分とて頭より身体を動かす方が性格的には合っていることは自覚もある。事務作業を得意とする人間は誰ひとりとしてXANXUSの前に現れることはないままでいるのも一つの問題か。そういうプロフェッショナルを今更集うのも煩わしいことこの上ない。
 過去にスクアーロにもやらせた経験はあるがあの男も相当忙しい。上から下からと追われに負われ、最終的には青筋立ててもうやってられるか!とブチ切れて一人任務に行ってしまったことも記憶にある。一応努力はしたようだがこれもまた及第点には程遠い。やはり人間にも向き不向きというものはあり、仕方がないとはあるのだがこの量はどうしてくれよう。判子押しなんざ誰でもやれるというのにそんな事を任せられる人間すら居ないことは流石にかったるい。
 次にこの部屋にやって来た人間に押し付けてやろうかとすら思えるレベルの山積み書類を目にしながら酒を呷ったその時であった。


「ボスー今いい?」
「…何だ」

 ドアの外に気配がふたつ。ノックの後にひょっこりと顔を出したのは紛れもなくベルであったがXANXUSの部屋にやってくるとは何と珍しいことか。
 そもそも幹部がこの部屋に直接やってくるということは早々ない。任務を終え報告書を持ってくるスクアーロぐらいだろうか。他に用事があれば通信機器なり食事の時なりについでに言ってしまうもので、それ以外に彼らが自分の前に姿を現すということは基本的になかった。

 それが別に恐れられているからではない、ということも当然知っている。
 用事がなくてもやってくるような媚びへつらいなどXANXUSが最も嫌っていることであるし、そう考えればこの長年共にやって来ている連中は一番扱いやすいと言ってもいいだろう。
 そんな一人がこの部屋にやって来たのだ。誰か引き連れてやってきたということはまた最近誰かスカウトでもして来たのだろうか。そう言えば先日はスクアーロが敵方に良い剣士がいたということで連れてきたがあまりにも殺気を出していたものでその場で殺してしまったこともまだ記憶に新しい。


――…そう言えばレヴィも誰か連れてくると言っていたな。

 かろうじて覚えがあるのはそれぐらいだった。
 連れて来たい者がいるとあのレヴィが許可を得に来たのは正直珍しかったしなかなか熱も入っていて少し興味を覚えたというところはある。どうせ使えなければ殺してしまえばいいことであったし、そんな事をせずとも無能者は任務中に勝手に死ぬ。
 ベルがやって来たということはソレが嵐の属性を持つ人間だったのだろう。しかしそうであったとしてあのレヴィの言うことを聞いて連れてくるということもなかなか珍しいものでもある。
 ややあって入ってきた2人に対し視線を寄越したのはそういう訳でもあった。


「…女か」

 ところが入ってきた女の、何と普通なことか。
 ベルよりも僅かに低いぐらいだろう女は物静かにただ此方をじっと見据えている。あまりにも真っ直ぐにこちらを見るものだから知り合いかとも思ったが生憎抱いた女の事なんて覚えてもいない上に東洋の女には然程興味はない。熱のこもった、悪くない目をしてやがる。
 なるほど、これがレヴィの呼んだ女。どうやらベルの気に入った女か。

 無言のまま、ベルを見やり顎をしゃくる。話しても構わないという了解を得たとすぐに理解したベルは隣の女を小突き、「挨拶」と小さく命じ女はそこでハッとしたかのように目を開いて背筋を張った。


「蜜柑、です。本日付で嵐隊に配属となりました。宜しくお願いします」

 見てて清々しくなるほどの無駄の無い動き。深い角度に頭を下げ敬礼。このヴァリアーにおいて礼儀なるものはほとんど不要と言っても過言ではなかったがそれでもその態度は悪くはない。しっかり数秒、その後に面を上げこちらを見る目は琥珀の色。その目は、決してXANXUSがどれほどまでに睨めつけようとも怯えが含まれることはなかった。
 気配の隠し方もなっちゃいない、その隊服の血の汚れからしてあまり殺しにも慣れてはいない。だがXANXUSを見るその目と言い、2人の幹部によるお墨付き。

 …なかなか、異質な奴が現れたじゃねえか。
 そう思ったのも随分と久しぶりだろう。


「ベル、こいつは何ができる」
「まだ殺ししかやらせてねーけど、まあ使えんじゃね?って感じかな」

 ベルの審美眼は悪くはない。あまり人を褒めることもないこの男がそう言うのであればコレは化ける可能性もある。時間を持て余したXANXUSにはそんな事を考える余裕すらある。尤もこの膨大な書類を片付けることを最優先すべきなのだが。
 蜜柑。さてこの女、どこまで使えるか。


「じゃーな、蜜柑。お前今日から嵐隊じゃなくて此処勤務だから」
「えっ」
「お前やっぱ運いーよ。ボス直属のヒショって奴。元々社長付け秘書だったつーんだからやること変わんね―しさ」

 じゃーな!と2度目に笑ったかと思えばバンと勢い良く蜜柑の背中を手のひらで叩き、今度は駆け足で楽しげに去っていく怠惰の王子。それをポカンと口を開けながら見届け、そしてその顔を取り繕うこともせず恐る恐るこちらを見る蜜柑。その目は果たして何を思っているのか。
 追いかけることはなかったが兎にも角にも彼女はどうやら説明を求めているようだった。何故こうなったのか。元々そういう流れになっていたのか。否、XANXUSとて元々そういうつもりはなかった。ただベルはそのつもりであっただろうし、たまたまXANXUSが興味を抱いた故に言葉なくこうなってしまったのだが彼女は知る由もない。
 やがて、少し経ってから状況を把握したのか蜜柑はコホン、とひとつ咳き込み姿勢を正す。


「…お仕事、いただけますか」
「……ああ」

 それが蜜柑と出会った日。大した色のなかったXANXUSの世界に鮮やかに舞い落ちた琥珀は、楽しげににっこりと、微笑んだのであった。
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